第17話 エフテの質問

「で、あなたもずいぶんやつれた顔だけど」


「あ、大丈夫だ。こっちは別口だから」アリオは僕を親指で示しながら言う。


「……なんのこと?」怪訝な顔をするエフテ。


「血を抜かれるのは俺たちだけってな」


 ニヤリと笑って食事に戻るアリオ。

 血かよ……このやろう、知ってていじってきやがる。


 冷静な顔でフードコンソールに向かい「和定食B」を選ぶ。

 生卵、ハム、焼き海苔、酢の物、冷奴、ほかほかご飯となめこの味噌汁。

 テーブルの上を見ると、焼き魚が数種類と、丼が数種類。


 味噌汁に甘酢をじゃばじゃばとかけ回し、テーブルに移動する。


「あなた味覚大丈夫?」


 僕の味噌汁をすっぱそうな目でにらみつけながらエフテは言う。


「エフテの方こそ、何それ魚ばっかり。米は、味噌汁は?」


「いいじゃない好きなんだから」


 サンマやサバ、あれはカレイだろうか。

 五つの皿に五つの焼き魚を、器用に小骨を取りながら順番に、美味そうに食べるエフテ。


「その魚って本物なの?」


「知らないし、どっちでもいい。美味しいモノを食べたければ厨房は覗くなって言うでしょ?」


 その例えはよく分からんが、そりゃそうか。

 嗜好品であり娯楽だもんな、出自なんか気にしてたら、オーダーからあっという間に調理済みで出てくる食事なんか普通は食えないだろうからね。


「体調、良さそうだね」


 エフテの血色はいいし、声にも張りがある。


「たっぷり寝たからね。夜中、メロンに起こされて採血とかされたけど」


「採血、だけ?」


 あいつが両刀かどうか確認しておく。


「問診や眼球のチェック、口内粘膜組織採取もあったわよ。あなたたちもいつもあんな時間に起こされるの?」


「俺いつも早朝だな。寝てる間に乱暴される」


 は、と、にのところを強調するアリオ。

 他意がありすぎるんじゃないのか。


「キョウは?」


「僕も似たようなものだね。否応なし」


 そこは嘘じゃない。

 内容が違うにしてもさ。


「ふうん、で、メロンて何者?」


「何者って、ホムンクルスだよ。僕らのサポートをする」


「それって誰の情報? コモンデータにはわたしたちの歴史や過去の情報といった一般常識的な記録はあるけど、この船や隊員に対するパーソナルデータって無かったんだけど」


 食事を中断し、僕の目を見て聞くエフテ。


「僕も、メロンに聞いただけだよ」


「自己申告ってわけね。で、テラとか移民船団とかって情報が正しいかどうか、証明ってどうするの? あなたたちがそれを正しいと判断する根拠は?」


「根拠って……だって僕らは、船もあるし、外に出れば……そう、見たこともないような幻想生物がいて、そいつらを倒してるよ? なあ」


 僕はアリオに助けを請う。


「ああ、もっとポイント貯めて、もっと歯ごたえのある敵がいる場所に行こうぜ」


 米粒にまみれて、ニカっと笑うアリオ。

 くそ、この脳筋頭め! 空気読めよ。


「船……確かにわたしはまだ外に出ていない。この生活エリアだけで考えれば、とても宇宙船だなんて思えない。それに舞台装置だけ揃えて、且つ記憶の操作なんてことができればね「世界五分前仮説」も成り立つのよ」


 なんだそれ。

 僕はアリオと目で会話するが、二人とも理解できていない。


「要するにね、記憶の改ざんができれば、この世界が五分前に始まった可能性もあるってこと。逆に、世界が五分前から始まってないことを証明できますか? って話なんだけど、知らない?」


 知らない。

 僕は再びアリオと目で会話する。アリオは応対を僕に委ねるジェスチャーをする。


「僕らは、昨日もその前もちゃんと記憶があるんだけど」


「だから、それも全部創られた記憶かもしれないってこと。何十年分の記憶を植え付けられて、出来たばかりの世界で暮らす。それを証明する手立ては無い」


 確か、娯楽用の映画というメディアにあったな。

 僕が観たのは、現実と仮想空間の境目、どっちが本当の世界か分からなくなったという物語だったけど。


「でもさ、それ言い始めたらキリがなくないか? 別の真実ってヤツがあったとして、それを知ったところで何もできなければ、結局は今のままじゃないのか?」


 もりもりと食い続けながらアリオが言う。

 だからどうした。それがどうした、と。


「証明できないんならさ、現状の情報だけで判断するしかないと僕も思う。それに宇宙船かどうかはレベルを上げて操縦室の使用権限を得ればいいんだし、そうやって疑問は一つずつ解消していけばいいんじゃないかな?」


 アリオが能天気過ぎるから、僕もそんな風に笑って言えた。

 エフテは一つ小さなため息を吐いて答える。


「残念ながら、その通りよ。どんな記憶があろうが無かろうが、この状況を認識している以上、自らの観測結果を足していくしかないのよね。そして、明日の朝になって、昨日までの経験も植え付けられた記憶かもしれないって疑念を抱きながら、ね」


「そんな面倒な生き方しなくてもいいんじゃない?」


「記憶が無いって状況、わたしにとっては大きいの。自分がどんな経験をしてこの人格を得たか、判断基準を獲得したか、あなたは気にならない?」


 僕は食事を再開しながら考える。


「人格や判断基準って常に固定されてる必要、あるの?」


 普通に思いついた疑問を投げる。

 別に辿り着いたなんて考えなくても、成長途上って思えばいいじゃん。

 あなたのカラダみたいに。なんて言えないけど。


「なるほど……失ったアイデンティティの補完に拘り過ぎて、柔軟な思考を放棄していたってことかしらね」


 思案顔のエフテ。


「ま、細かいことはいいんじゃないか? 敵を倒し、ポイント積んで、新しい武器を得て、船に帰って美味いメシを食って、たっぷり寝る。俺はまだ数日だけどさ、めっちゃ満ち足りてるぞ」


 そんな、むふーっとドヤ顔のアリオを呆けた顔で見たエフテは


「それ、知的生命体として思考が機能してないじゃない」


 そう言って笑った。

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