第16話 エフテに説明

 赫赫云々かくかくしかじか


「というわけなんだけど、理解できた?」


 エフテは中指でメガネをくいっと持ち上げる。

 メガネはすぐに元の位置にずり下がる。

 それ、サイズ合ってないよね?


「理解できたか、と聞かれると、そうね、理解できる範囲は理解できたってとこだけど、キョウの説明内容に不足が無いか、意図的な隠ぺい情報の有無も分からないからなんとも言えない」


 めんどくせぇな。


「とりあえず質問は?」


「ありすぎて困る。正直、目が覚めたばかりで、まだ頭の中がふわふわしてるの。視界もぼやけるし」


「つーかさ、メガネ? ファッションや防具じゃなきゃ視力矯正する道具だよね? どういうこと?」


 メガネという道具の成り立ちや仕様は理解してる。

 それを利用する必要は存在しないはずだ。


「俺も記録映像やマニアック動画でしか見た事ないな」


「趣味や性癖じゃないわよ。ロングスリープの影響みたい、近視症状が出てるんだって、メロンが言ってた」


「治療すればいいんじゃ?」


 エフテは膝の上に両肘を付け、手のひらに顎を乗せ少し憮然とした顔をする。


「船のAIが治らないとメロンの外科手術なんだって」


「なるほど、じゃあメガネ一択だね」


 別にメロンを信じてないわけじゃないけど、なんとなく一番やっちゃいけないタイミングでミスをする気がするんだよな。


「すぐにメガネをくれたから別に困ってないし、違和感もないからいいんだけどね」


「ああ、似合ってるからな」


 アリオがさらりと言うと、エフテの頬がわずかに赤くなった。


「ありがと。で、少し休んでまた聞いてもいい?」


「もちろん。今日でも明日あすでもいつでもいいよ」


「明日つっても、朝から昼までは経験値稼ぎだけどな」


 隣の戦闘狂はそう言って力こぶを見せる。

 エフテは少し引いた顔をする。


「二人の空いてる時間に合わせるわ、それじゃゴメンね、失礼します」


 きちんと腰を曲げて挨拶をして居住区へ去って行くエフテを、お若いのにしっかりしてるなぁ、と感慨深く見送る。

 

「結局、左居住区が女性エリアってことでいいのかな」


 彼女が消えた扉を見ながら口にする。


「メロンからの説明は無いけど、そうなんだろ。左居住区は女性、右居住区は男、それぞれ立ち入り禁止ってことで、風紀も保たれるだろ」


「アリオはエフテに風紀を乱される懸念があるの?」


「いや、同じベッドで寝てもスイッチが入らない自信があるな」


 アリオは腕を組んで目を閉じ、うんうんと頷いている。


 そうだな、可愛らしさってのは感じるけど、それでどうこうってのは無いな。

 そういった肉欲みたいなものを抑えられているのかもしれないけど、メロンとの夜を思い出すと体が疼くから、単純に趣味嗜好によるものか。

 つーかメロンだってグラマラスってわけじゃなく、どっちかって言うと小児性愛に近い?

 あ、でも僕も少年ボディだし、倫理的には問題ないのか。

 精神年齢は知らん。


 その後、昼食を摂った後、自室に戻る。

 アリオは、レベルアップで増えた交換可能装備の検討。

 僕はエフテから飛んでくるであろう質問に対し、きちんと答えられるようにコモンデータを再確認しておく。

 もっとも、彼女の自室でアクセスできるコモンデータに差異がなければ、わざわざ僕に聞く必要もないだろうけど。

 そう考えると真剣に準備するのがバカバカしくなり、疲れに任せゴロンとベッドに横たわる。


 アリオが目覚めてから、普通の毎日が激変した。

 あらためて、自分のペースでは過ごせないことを自覚し、少し面倒に感じる。

 でも、三年以内に「金色の羊毛」を確保すればいいんだろ?

 こっちはわずか一日で10000ポイントを稼ぐヤツがいるんだぜ?

 調べてみたら、レベルを最大の10にするには9万ポイント。

 確かに、LV1で100ポイントのホーンラビットは、LVが上がるごとに取得ポイントは下がり、一定レベル以上では0ポイントになるらしいけど、隊員が増えれば戦闘効率も上がるだろう。

 さっさとLV10にして最強兵装とやらを手に入れて目的を果たそう。

 共同生活の煩わしさなんて、三年間の辛抱だ。

 余計なことは考えず、とにかく、だいじなことを……なにがだいじなんだっけ?

 

 まあいいさ……きょうとみらいがあればいい……


―――――


「……すぅ……すぅ」


 左の胸元に湿った吐息、左腕に頭部の重みを感じ目が覚める。

 メイド服のメロンは僕の腕を枕に、心地よさそうな寝顔。

 目の位置にかかる前髪を耳の上に流し、長い睫と閉ざされた瞼を眺める。


「……ん、うーん……」


 身じろぎするメロンに、慌てて目を瞑っておく。

 黙って見てるとまた殴られるからな。


 起きた気配がする。

 頭を少し上げて、僕をじっと見ている?

 なんだろう、怖いぞ。


 少し経って、メロンはぽすんと僕の胸に顔を落とす。


「……キョウ」


 唇の動きが、くすぐったかった。


―――――


 朝だ。

 腕のデバイスの時刻表示は6:10。

 ベッドには一人。

 相変わらず気怠いカラダ。

 ……なんだろう、僕は疲労限界にでもチャレンジさせられているのだろうか?

 これで船外活動時間が増えたら、身が保たなくなる予想しかないのだが。

 でもメロンに聞いても「バイタルは管理してる」の一点張りなんだろうけどさ。


 出撃予定時刻は8時だからまだまだ時間はある。

 二度寝をしゃれ込もうとするが眠気は覚めているので、大人しくシャワーを浴びて栄養ドリンクを飲んで部屋を出る。

 アリオの部屋は空っぽだった。

 がっつり朝からどんぶり三昧なんだろう。


「で、朝からたっぷり抜かれたわけよ」


 扉が開きながら、居間からアリオの声が流れてくる。


「わたしも、夜中にたっぷり抜かれたわ。あ、おはようキョウ」


 奥側のソファ、こちら向きのエフテが僕に挨拶をする。


「おはよ。……どした? 目の下、クマがすごいぞ」


 こちらを振り返ったアリオが僕を気遣う。

 それより、なに? 何を抜かれたって?


「おはよ……何かあったの?」


「聞いてくれよ、メロンのヤツ、朝からたっぷりヌイていきやがって」


 医療行為、だと?

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