第13話 アリオと帰還
船に戻り、帰還時のルールを説明する。
「出入り口が閉まるとこの通路が洗浄室になるんだ。装備もそのまま持ってて」
言い終わる前に洗浄液が噴出。
僕はアリオから少し距離を取る。
大気成分や微生物の類を持ち込まないことと、単純に汚れた体を綺麗にする目的だ。
とはいえ病気という概念も無いのだからもう少し省いてもいい気がする。
数秒の洗浄が終わりモニターが装備の着脱を指示する。
「そしたら装備と服を洗浄口に放り込んで、今度は全裸でもう一度洗浄」
僕はスーツの内側に着脱補助のエアーを入れ、風船のように膨らませて脱衣する。
アリオも同じように脱衣する。
それにしても、着衣の時にも思ったけど、デカいなこいつ。
「怪我とかしてた場合ってどうなるんだ?」
今までそんな機会も無かったから疑問にも思わなかった。
「いや、どうなんだろう? 後でメロンに聞いてみよう」
場合によっては命に関わるような怪我だってあるかも。
そんなときにのんびり洗浄、なんてしてられるのか?
「ん、キョウ、さっきの戦闘で怪我でもしたのか?」
アリオは僕の胸元を指さし聞いてくる。
視線の先、赤い痣の様な……。
「なななななんでもない、虫に刺されたんだよ!」
「はあ、虫ねぇ」
アリオはニヤニヤしながら居間の方向を見る。
メロンめ、わざとやりやがったな。
念入りな自動洗浄でも、その内出血は消えなかった。
清潔な室内着に着替え居間に戻る。
「ただいま」
メロンはいない。
「普段はこれからどうするんだ?」
アリオはプロテイン系の飲み物を取り出しながら聞いてくる。
「そうだね、僕も午前中でノルマが終わるのは初めてだから、お昼食べたら昼寝かな」
僕一人の時は、午前と午後に分けてのんびり出撃していた。
飲み物を調合しアリオの対面に座る。
「なあ、それって何?」
「これ? オニオンピーチシェイク。玉ねぎと桃をミキサーして……」
「あ、いいです」
アリオは手のひらを僕に向け説明を遮る。
なんだよ、うまいんだよ? ベーシックメニューに無いからカスタマイズしたんだけどさ。
「アリオはどうするの?」
「ん? そうだな、知らなきゃいけないコモンデータはまだまだあるんだけど、それを知ったところで何が変わるわけでもないしな」
両手を頭の後ろで反り返り、天井の発光パネルを見上げる。
「戦闘は一日一回だからね」
念を押しておく。
今日だってもう限界の4時間、たっぷりキルマシーンになってきたんだ。
「分かってるよ。そうだな、ポイントで武器でも交換するかな」
「実物は出撃時じゃないと受け取れないから練習できないけどね」
各種装備は船内に持ち込めない。船内の備品も外に持ち出せない。
生身の体と、左腕に装着しているウェラブルデバイスだけが船の中と外を行き来できる。
「イメージトレーニングでもしておくさ」
アリオの中ではどんどん戦術データが更新されているみたいだ。
僕はこういった変化は乏しかった。
長距離から電磁砲で倒す。
どの相手も同じやり方で、効率もへったくれもない、ただの作業だった。
彼との共闘は僕にとってメリットになるのか、それとも……。
ま、いいか、目的に近づけるのは賛成だ。
なにせ、目的に対し時間軸が追加された。
さっさと終わらせて移民船団本体に帰ろう。
そして、ホムンクルスの材料を確保する。
僕の中に追加された目的のせいか、これまで忌避していた戦闘に対する苦手意識が薄まっていた。
強くなろう、そう思った。
僕らは昼食を摂った後、自室に戻る。
アリオは新装備入手に対する検討。
僕は昼寝だ。
いつものように、いつの間にか交換された清潔な寝具に横たわると、あっという間に眠りに落ちる。
気が付くと左わきに温かく柔らかい肉体。
ただ、お互いに服を着ているから事後ではないんだろう。
すぅすぅと静かな寝息。
伏せた横顔、長い睫。
精巧な表皮は産毛すら完璧に再現され、構成要素や構成情報すらも人間と相違ないと判断できる。
温感、痛点、汗腺なども同じだけあって、筋力や骨格といった駆動系と臓器や脳の構成が違うんだっけ。
僕は至近距離でメロンの寝顔を見続ける。
寝息が僕の肌を撫で、くすぐったいけど、時間も忘れてそのままでいた。
突然パチっと音が出るように眼が開き、僕と視線を絡めたメロンは掌底をかましてきた。
「ぐあぁぁぁぁ!」
顔面にヒットした彼女の掌は、僕の眼球を激しく殴打した。
「女の子の寝顔を見るなんてひどすぎますよ」
「お前の攻撃はひどくないのかよ!」
「そんなことより」
そんなことだ? と痛む瞼を開いてみると、メロンがうつぶせになっている。
「……なんだよ」
「やくそくの履行を果たしてもらおうと」
約束だぁ? ……なんだっけ。
「ん」
両肩を揺するように動かすメロン。
あぁ、そういうことか。
僕はメイド服の背中にあるジッパーを探り、開こうとする。
「ちょっ!」
メロンの肘が僕のおでこにヒットする。
「ぐあぁぁぁぁぁぁ!!」
「違うでしょ! 肩、揉んでもらうやくそく!」
「紛らわしい! ちゃんと口で言えよ!」
「……視覚や聴覚以外の情報、たくさんあるんだからね」
メロンはそう言って、ぽすんと顔をシーツに埋めた。
察してよ。そういうことかな?
そもそも、汎用人工知能であり人工生命体のお前がなんで重要ミッション中の隊員の奉仕を受けようとするんだ? 逆だろ!
頭はそんなことを思いつつも、彼女の腰の両側に膝を置き、体重をかけないようにしながら両肩に手を伸ばす。
ふにゃふにゃの肩。
これが凝っている肩だと?
「おい、ほぐれる凝った肉なんて存在しないぞ」
それでも両手指を使ったマッサージを続けていると、メロンが言う。
「ほぐれるのは、体だけじゃないから……」そう言って息を吐く。
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