第10話 アリオの疑念

 机に仕込まれたモニターの説明を続ける。


 娯楽用の各種映像メディアは恐ろしいほど大量の動画や音楽が存在している。


「おお、すげえな二次元媒体の動画とか、音声のみの音楽とかマニアックすぎるだろ」


 アリオは興奮してる。


「娯楽作品って言われてもさ、ありすぎて何を選んでいいか分からないんだよね」


 僕はドキュメンタリーを好んで見ている。

 どこかの惑星上で撮られた動物たちの営みを見るのが好きだ。

 人の物語は、舞台となる年代や地域によって、文化や技術設定の幅が広すぎて、史実なのか歴史なのか創作なのかよく分からないから、あまり見ていない。


「それにしても、なに、この目で見て楽しむの?」


「ここでの暮らしは五感活用がメインだよ。ブレインインターフェイスが無いからね」


 僕は備え付けのVRゴーグルをアリオに渡す。


「え、なにこれも直接見るタイプなの?」


「船外活動するときの初期装備のゴーグルも同じようなものだから慣れておいたほうがいいよ」


「はあ、そう言えば俺たち外科手術痕や外部接続ポートも無いもんな」


 彼は後頭部や首回りを撫で回し呟く。


「聞いた話だけど、生体改造なんて必要ないみたいだよ、脳には非接触で直接アクセスできる」


「でも船のAIが壊れてて、その設備が使えないってことか」


「実際、昔のことを覚えてないから違和感も困ることもないけどね、この一か月で慣れちゃったしさ」


「そりゃそうか、俺だって知識はあっても、今だって別に困ってないからな。それに相手を見ながら、話して、聞く。その方が会話を楽しむってこともできるんだし」


 僕に向けたアリオの笑みは柔らかく、優しくてドキリとした。

 いかんいかん、僕の性癖はノーマルなはずだぞ。


 その後、個人ステータスとしての生体情報と、標準装備や交換可能ポイントリストの説明を済ます。

 彼の経験値は当然ながら、LV1:0Pだ。


 一人で情報を整理したり確認したりするというアリオを置いて居間に戻る。

 メロンがソファに座ってお茶を飲んでいた。


「アリオとは仲良くできそうですか?」


 そんな保護者みたいな問いかけに違和感を抱く。

 でもまあ僕に対する質問だから、僕を基準にした質問ということか。


「常識的な好青年って感じ。頼りになりそう」


 僕はホットマンゴージュースを取出しチョコレートソースを振りかけメロンの向かいに座る。

 メロンは僕の持つグラスを嫌そうな顔で見つめている。


「あなたの常識も補正されるといいのですが……」


 失礼なヤツめ。

 僕はグビリとドリンクを一口飲み、実に美味いという満足顔を見せつける。


「そんなことより、そっちの居住区で何してんの?」


「三人目の準備です」


「聞いてないんだけど」


「言ってませんでしたからね」


 メロンは涼しそうな顔で、アイス梅こぶ茶らしき液体が入ったグラスを傾ける。


「メロンがさ、僕に教える情報ってどんな判断で開示してるの?」


 聞いたってとぼけることがある以上、彼女にとって情報の提示は隊員からの質問を優先していないことを示してる。

 なんらかのフィルター、禁則事項とやらがあるんだろう。


「気分の問題」


「……お前の存在理由を明確にしたいんだけど」


 気分で動く人工生命体だと? しかも船の管理権限を持つ? アホか。


「あなたや、他の隊員のおはようからおやすみまでを見つめている働き者のAGIでありホムンクルスのメロンちゃんですけど? もっと労ったり感謝したり肩を揉んだりしてもいいのですよ」


 そう言って右肩を、ぐいっと僕の前にひねり出す。

 その際にメロンの右耳に見慣れない装着物が見えた。


「イヤホン?」


「インターコムです。忙しくても誰かさんの応援要請に応えなければいけませんので。そんな献身的なワタシに労いをどうぞ」


「……後でな、それより三人目と残りの隊員の情報がほしい」


「やくそくですよ? おほん、三人目はこの三日間の内に。四、五人目も続くでしょう。六人目は起床情報が返ってきません。最悪の状況も視野にいれておいてください」


「死ぬってこと?」


「眠り続けるってことです」


「その違いってなに?」


「……夢の中でずっと生き続けていられるということです」


 それはなんとなく幸せなことのように感じた。



 夕飯は三人で食べた。

 僕の正面にアリオ。

 僕の右にメロン。

 フィッシュバーガーと照りタマバーガーセット。

 鉄火丼とウニ丼のセット。

 ホットケーキプレート。

 がテーブルの上に並ぶ。

 僕がフィッシュバーガーにメイプルシロップを振りかける時だけ、メロンとアリオは憐れむような顔をシンクロさせていた。

 

「というわけで三人目が起きるんだって」アリオに向かって言う。


「俺たちはなにか準備することがある?」


 アリオは鉄火丼とウニ丼を一口ずつ交互に食べながら聞く。


「なんか手伝うことある?」僕もメロンに問いかける。


「ありませんから経験値を溜めてきてください。二人なら討伐も捗るでしょ? ワタシの予測より十日、30%ほど遅延してるんですから」


 ナイフとフォークで五段のホットケーキを優雅に食べながらすまし顔で皮肉を言って来るメロン。

 それにしても遅延? 初めて聞いたぞ。


「遅延してると、なにか問題でも?」


「移民船団本体から粛清されるかもしれませんね」


「なあ、思ったんだけどさ、この星の生物を駆逐するんだろ? 俺たちの戦闘能力を底上げしたり、使える武装をだんだん増やすって効率悪くない? あるんだろ強い武器」


 アリオが割って聞いてくる。


「ありますよ。中性子爆弾とか惑星大気燃焼爆弾とか」


「じゃあそれで……」


「却下だ却下!」アホかお前ら。


「あのですね、そういった武器を使用する場合、心中するつもりがなければ「アルゴー号」は当然、この惑星から飛べる状態で、あなたがたが過ぎた力を手に入れ、それを移民船団本体に悪用しない保証はあるのですか?」


 確かに、このミッションに対する忠義心だって薄いからな、反逆はさておき、何もかも捨てて逃げられるってなったら逃げちゃうかもな。


「それならなんで俺たちには自由な自我があるんだ? 全部意志の無い機械にでもやらせればいいんじゃないか? それこそ遠方から中性子爆弾とやらを落とすとかさ」


 アリオの疑念は、もっともな話なんだよな。

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