第8話 アリオの目覚め

「記憶が、無い?」


「面目ない。詳しい話はもう一人の隊員から聞いてくれって、AGIのホムンクルス? のお姉ちゃんに言われてさ、キミのことでいいんだよね」


 彼は丼を置いて続ける。


「初めまして、忘れてるけど、俺はどうやらアリオって言う名前らしい。生体年齢は17歳、行動記憶や一般的な常識程度の記憶は残ってるから、意志疎通は問題ないって聞いてる。キミの言語も理解できるし、飯の名前も分かるからホッとしてる」


 僕より少しお兄さんらしい、短髪で精悍な顔つき、常識人っぽい受け答え、優しそうな笑顔が印象的だ。

 先輩って呼びたくなる。

 

「こちらこそ初めまして、僕はキョウって言います。目覚めてから一か月ほどです。よろしくお願いします」


「そっか、キョウ先輩って呼んでいいかい?」


「キョウでいいです。僕は15歳くらいだそうなので」


 彼のユーモアに慌てて手を振り否定を返す。

 メロン以外とコミュニケーションを取るのは初めてだから緊張するな。


「俺のこともアリオでいいよ。分からないことだらけだから、いろいろ教えてほしい」


 アリオはそう言って頭を下げる。

 良かった。めっちゃいい人で良かった。

 隊員ガチャ、レア以上が引けたみたいだ。


「僕に教えられる範囲でなら、なにせ僕も記憶を失っていましたから」


「キョウも?」


「ええ、274年連続で眠っていた後遺症みたいですね」


 アリオは顎に手をやり思考する姿勢。


「それは誰にって、あのホムンクルスに聞いたのか? ってそもそもホムンクルスってなに?」


 アリオは苦笑しながら聞いてくる。

 まあそうなるよね。

 必要な情報が無ければ考察だってできないんだ。


「ホムンクルス、人工生命体です。脳は人工脳で高性能なAIが搭載されているらしいです」


 簡単に答え、彼に断り、朝定食を用意して空腹を満たす。

 不本意だったのは、アリオにも納豆にソースはおかしいと指摘された事だ。

 何も知らないくせに生意気だぞ。


 食後、食器を片付けてお茶を飲む。

 僕はホットバニラジュース。

 アリオはブラックコーヒーに蜂蜜をたっぷり入れていた。


 アリオに、起きてからこれまでの話を聞く。

 起きたらベッドの横にメロンが立っていて、主に体調に関わる受け答えをした。

 異常はないか聞かれたので腹が減っていると言ったら、服を渡されて着替えた。

 そのまま居間に連れてこられて、フードコンソールの使い方を教わり、好きなだけ食えと放置され、彼女は居間の奥に消えて行ったそうだ。


 分からないことだらけだったけど、空腹を満たす欲求が勝り、幸せに浸っていたら僕がやってきた。


「僕らの存在や、ここがどこか、何を目的としているか、聞いてないの?」


「ああ、聞いたかもしれないけど、意識が明瞭になったのはこの部屋に来てっからだな」


 腕を組み、うんうんと頷くアリオ。


 メロンさん、完全に丸投げですね?

 さてどう説明するべきか……そりゃ全部だよね、はぁ。


 僕はため息を吐いて、ジュースを口に含み、長い説明を始める。


―――――


「じゃあ復唱してください」


「いやちょっと待って、情報量が多すぎて困る。テキストとか映像データとか無いの?」


 アリオは目を白黒させている。


「ありません、でも必要最低限の知識だけあれば今はいいと思います。テラだの移民船団だの先遣隊だのはどうでもいいです。船のAIが壊れてる。メロンがその代行をしてる。戦って経験値を積んでレベルを上げてポイントを使って……」


「ちょ、ちょっと待って、とりあえずそこを重点に復習させてほしい」


 やっぱり男の子、戦いが好きなのだろうか。


「戦うのなら実戦が一番ですけど、僕は昨日戦ったばかりなんで、もし出るのならお一人で行ってもらうことになります」


「いやべつに戦いたくないっていうか、それが仕事だって言うなら異論はないけど、まずは座学で頼む。そもそも、なんで戦うんだっけ?」


「この星の先住生物を駆逐するんだそうですよ。人が移住するために」


 言いながら若干の嫌悪感。

 確かに、多脚の桃色爆弾とか住んでてゾッとするけどさ。


「……駆逐って、俺たちって余所者だよな、侵略ってことか?」


「侵略の是非が気になります? まあ、人間レベルの知的生命体は存在していないみたいですけど」


「そっか、ならいいのかな?」


 皮肉だよ。気付け。

 とは言え、この辺りの価値観をぶつけあっても仕方ない。

 僕だって記憶っていう後ろ盾が無いんだ。

 ひょっとしたら侵略大好きっ子だった可能性だってある。

 記憶が戻った時、価値観が真逆だった場合、僕のパラダイムはどっちに振れるのかな。


「侵略の是非は何とも言えませんが、この立場に属している以上選択肢はありませんけどね」


「キョウは侵略に反対とか? 倫理的に」


「その辺は考えても仕方なくないですか? それに外に出ればわかりますけど、僕らが共存したいと思っても、向こうは違いますからね。全力で排除しようと襲い掛かってきますから、否応なしです」


 僕は態度保留を苦笑と状況論でごまかす。


「そうか、とりあえず身を守るって考えればいいのか……で、戦うと経験値を得る?」


「はい、行動や倒した生物の強さに応じて対価となるポイントが溜まります。一定数溜まるとレベルアップして、この船の設備を使えたり交換可能装備が増えたりするそうです」


「設備っていうのは?」


「娯楽室、工作室、格納庫、操縦室とからしいです。はっきりと明示されているのはレベル2で娯楽室が解放できるとか」


「ポイントは経験値なんだよな、いろんな武器とかがあってポイントを使って取得する。レベルを上げたければポイントを使わずに溜める……どっちがいいんだ?」


「僕は初期装備、最初に支給される装備だけで今のところなんとかなってますが、たぶんきっとこの先はそれじゃ済まないと思います」


 004(桃色爆弾)や005(鳥)はヒヤリとしたんだ。

 ただ戦力が増えたことで戦略の幅は広がるだろうし、なにより共闘できる仲間が増えるのは好ましい。

 戦闘時の判断で、自分が正しいなんて自信を持ったことはないからね。

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