第2話 キョウの日常1

「ただいま」


 音声に反応して岩石に偽装された出入り口が開き、中に入ると入口が閉まる。

 前後閉鎖された通路がそのまま洗浄室として機能し、数種類のシャワーを浴びたあと、外した装備を洗浄口に投入し、全裸でまたシャワーを浴びる。

 乾燥後、壁から衣類の載ったテーブルが伸び、それに着替える。

 下着と、ラフな半袖シャツと短パン。

 足元は洗浄済みのサンダルを履く。


 奥に向かう扉が開き通路を進む。

 左右には二つずつの大扉。

 まだ開かずの扉だ。


 突き当りの扉が開き、居間に入る。

 20畳ほどの空間に4人掛けのソファーが左右に二つ並び、間には透明なテーブル。

 左右と奥に扉が四つ、簡素な部屋だ。


「お帰りなさい」


 奥につながる扉がスライドし、メイド服のメロンが居間に入って来る。


「ただいま、腹減った。なんか頼む」


 僕はソファに身を沈めながら、心底疲れた声を出す。

 実際、疲れてる。

 初めての連戦だったからな。


「ワタシ、メイドじゃないんですけど?」


 メイド服の、メイドっぽい立場のAGIを装備した人造人間ホムンクルスは、腰に両手を当て、憤慨してますという顔を振って、先端を白いリボンで一本に結んだ黒髪を背中に流す。

 僕と同じ十代中盤の容姿、本人曰く汎用性の高い美貌を備えたモデルだそうだが、確かに学校というコミュニティの中で一、二を争う程度の客観的な可愛らしさは備わっている。

 と、学校なんて行ったこともない僕が、知っている知識のみで語ってみる。


「僕のバイタルを管理するのも仕事じゃなかった?」


「拡大解釈ですね。あなたの空腹を満たすことと、あなたの管理は同義ではありません」


「ちなみに忙しい?」


「いえ、ちっとも」


 不毛な会話を続けても問題は解決できない。

 僕はソファから身を起こし、壁に設置されているフードコンソールに向かう。


 モニターのメニューから「チーズハンバーガーセット」を選ぶ。


「あ、ワタシもそれで」


 ソファに座ったメロンからの声掛けに、理不尽さを覚えながら個数を2にする。


 10秒も待たずに配膳扉が開き、二つのトレーが出てくる。

 加熱調理されたハンバーガーから、肉肉しさとチーズや香辛料、付け合せのフライドオニオンやポテトの香りが漂う。

 トレーをテーブルに置きながら聞く。


「飲み物は? おじょうさん」


「アイス昆布茶」


 いつもと同じ答え。

 でも聞かずに出した時「今日はとろろ昆布茶の気分」って言われたのがちょっとトラウマ。

 僕は争いは好まないし、こいつに従わないと生きて行けないのも現実だ。


 フードコンソールで、アイス昆布茶とコーラを受け取りテーブルに戻る。


「またホットコーラ? 味覚と感性大丈夫です?」


「いろいろと試したい年頃なんだ。なにせ経験値がまったく足りていない」


 メロンの対面に座りながらコーラを飲む。


「にもかかわらず、夕食はいつも大体ハンバーガーとホットコーラって何です? 管理するワタシの身になってほしいんですけど」


 メロンは不満そうな内容を口にしながら、幸せそうにハンバーガーにかぶりつく。

 個人的な趣味だけど、女の子のこういう食べ方は大好きだ。


「何食べたって必要栄養素は別腹じゃんか、食で栄養バランス取るなんていつの時代の話だよ」


 食が純然たる嗜好行動に変わったのは何世紀前だったか。


「起きた時はそんなことすら忘れて、誰が教えてあげたんでちゅかね?」


 ポテトの塩気が付いた指を舐めながら上目使いでメロンが言う。

 童顔フェイスのくせに生意気だぞ。


「つーかさ、いつになったら船のAIって直るの? いつまで僕は非効率な勉強方法を続ければいいのさ」


 視覚や聴覚を駆使した情報収集方法はすごく非効率だってことぐらい理解してる。

 船のAIなら情報や必要技能の習得は一瞬でできるはずだ。


「こんなポンコツに頼らなくても、ワタシがいるじゃないですか」


 メロンは天井を指さしながら言う。

 この船のAIは屋根裏に住んでいるのだろうか。


「ポンコツ論争はどうでもいいよ、いつ直るの?」


「自己診断機能によると9000時間くらいかかりそうですよ。ざっと一年」


「……この前は半年くらいって言ってなかったか?」


「だからポンコツなのです。自覚すらできないんだから」


 メロンはアイス昆布茶を飲み、カランと氷の音をたてながら涼しそうに言い放つ。


「だとすると二人目の方が先に目覚める?」


 まさか、僕が教育担当?

 あ、でも僕の場合は記憶を失っていたけど、他の隊員は大丈夫なのかな?


「ねえ知ってます? 学びや知識が効率的に身に着く方法」


「ブレインスタンプ」


 記憶領域への明記なんて外科手術だっていらない。

 その設備を掌握するAIが故障中なだけだ。


「その方法が使えない場合は?」


 メロンがニッコリした顔で聞く。


「……」


「そう、想像通りです。誰かに教えるってのが一番効果的。と言うわけで復習しておいてくださいね? ワタシたちの目的と現状について」


「メロンが教えればいいじゃんか、僕のときみたいに」


「情報伝達能力の実践も経験値のポイントに該当します」


「伝言ゲームなんて非効率過ぎるだろうに……」


「あら、パラレルリンクで情報伝達の類似性が93%を超えると個体差が極端に減って自律行動時の危機回避に致命的なエラーが出るんですよ? 差異や個性はある方がいいのですから、やっぱり五感を使った伝達が一番ですって」


 問題に直面した際、ある一定の知能や判断力を持った集団は確率論で同じ答えに収斂するって言うからな。


「個性ね……方針決定の阻害要因に繋がらなきゃいいけど」


 論理的じゃない感情論で決まる多数決を想像してげんなりする。


「個性豊かな集団の方が汎用性が高いんですよ」


 メロンは遠くを見るような表情で、そう言って笑った。

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