金色の羊毛と忘却のアルゴナウタイ

K-enterprise

Argonautai

amnion

第1話 キョウのお仕事

 ゴーグルの内側に映し出される、射軸と同期した十字線の中心に標的を合わせる。

 標的は、猿と犬を混ぜたような生き物。

 記録にある絵本データに載っていた「コボルト」って奴に似ているのかな?


 ターゲットに付けられている呼称は「E―003」

 この地で遭遇した三種類目の敵性存在を表している。


 視線トリガーで実体弾を撃ち出す。

 直径60ミリ、全長800ミリの円筒形の電磁砲から放たれた、消音に特化された弾丸は、弾速こそ控えめだけど、200メートル離れた「E―003」の生体活動を一瞬で停止させるだけの威力は備わっている。


『お疲れ様です』


 ゴーグルと一体化したヘッドセットから労いの声。


「目的のためとはいえ、なんだか空しいな……意味が見出せなくて辛い」


 僕は岩の上で伏せ撃ちの姿勢を解き、胡坐をかきながらゴーグルを上げる。


『意味とは? 食、娯楽、鍛練、脅威排除、オレTUEEEEEのどれかに該当するということですか?』


「いや、まあどれにも該当しないけどさ……」


 長距離からの一方的な殺戮に脅威排除も鍛練もあるもんか。


『経験としか説明のしようがありませんね』


「僕の経験のためだけに殺される彼らが不憫でならない」


『じゃ、殺戮に意味を持たせるために食べます?』


「……食えるの?」


『食えますが、味覚臭覚情報で分析した結果、とても腐敗臭がスパイシー』


「別のアプローチにしよう。使えそうな素材とかある?」


『あなたは生死をかけた戦いを行うときに、最新の兵器と、死体の骨で作った棍棒のどちらを選ぶのです?』


「彼らが生まれてきた意味ってなんなんだろうね……」


 僕はゴーグルを着け直し、倒れ伏して動かない「E―003」を眺める。


『そんなもん、ワタシにもあなたにもありませんよ? 強いて言うなら「生まれた以上は、死ぬまで最も長く生き続ける」ことが意味でしょうかね』


 岩の上に立ち上がり周囲を見渡す。

 数メートルサイズの岩がごろごろしている起伏の激しい荒れ地が地平線まで続く。


「こんな場所で、生きられるだけ生き続ける?」


『実際、あなた一人なら数百年生きられる設備はありますからね……約44度方向に敵性体の反応確認。距離1万メートル』


 指示された方向を見ると、ズームされた視界の中にぶよぶよしたピンク色の肉塊が見えた。


「……キモい、なんだあれ?」


『データベースにありません。E―004に登録します。索敵ドローン直上、スキャン開始……通常弾では100メートル以内まで接敵する必要がありますね』


「なんか、撃ったら破裂しそうなボディじゃないかい?」


『ご明察、攻撃を受けると内圧が高まり、酸性の体液を半径100メートル圏内にばらまくと予想されます』


「ちょっ! 危機管理能力が仕事してないぞ!」


 デスゾーンまで接敵しろとか殺す気か!


『現状の権限で使える武装がそれだけなのですから仕方ありません。ですから四の五の言ってないでさっさと経験値を上げて、使える装備を増やしてください。そうすればあんなの、レーザー銃でこの距離からバーンですよ』


「こっそり使わせてくれればいいだろうが! 僕が死んだらどうすんだよ!」


『まだ五体残ってますからね、規則を曲げてまであなたに拘る必要は無いのですよ』


「この腐れAIが!」


『ですからただのAIじゃないっていつも言ってるじゃないですか。AGI(Artificial General Intelligence)のメロンちゃんです』


 汎用人工知能って言い張るのが気に入らない。

 恐らく、汎用的な人間である僕に対する皮肉なんだろう。

 ドジだし忘れるし理解できないフリをするし、平気で僕を危険に突き落すし、なんなんだあいつは。


 そんなやり取りをしている間にピンクのブヨはこちらに近づいてくる。

 僕の位置に向かって真っすぐに。


「あいつ、僕を捕捉していないか?」


『匂いを検知しているみたいですね、お風呂の大切さがわかるでしょ?』


「10キロ離れた場所の匂いを拾えるなら、風呂に入るかどうかなんて関係ないだろ? それにシャワーは毎日浴びてるぞ?」


『最後にお風呂に入ったのいつです?』


「……ロングスリープ以前だから、覚えてない」


『274年前ですね、もう垢の方が多いんじゃないです?』


「生後活動時間は15年だろうが、起きてからは一か月だし……ていうかアイツ速くないか?」


 ゴーグルに映るブヨブヨの輪郭がぼやけている。

 僕の身長の倍、約三メートルほどの巨体が恐ろしい速度で近づく。


『転がってるわけじゃないですね、触手っぽい脚が大量にウネウネしてますね』


「なあ、頼むから何か助言をもらえないか?」


 わさわさと動く多脚と色に、生理的嫌悪感を覚え背筋がさっきからゾクゾクしっぱなしだ。


『約20秒後、指定位置をフルバーストしてください』


 ちくしょう、策があるくせに僕から聞かなきゃ言わないつもりだったぞ、こいつ。

 でも頼るしかないのが現状だ。

 ゴーグル内に固定された十字線は、岩が乗る崖の端を示す。

 なるほど落石で潰すのか。

 提示された案はシンプルで、冷静さを保っていれば僕にも辿り着けたはず。

 要は、これが経験ってやつで、当面の僕の仕事はこれを積み増しすること。


 カウントダウン3秒前で数字が赤に。

 0と共に撃ち出した銃弾の群れは指定された崖の先端を崩し、10メートルほどの巨石を落下させる。

 「E―004」は体液を散らすことなく岩の下で長い睡眠に入る。


 僕と違って目覚めない眠りだけどね。

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