第12話 すれ違う心
僕らはトーヤの率いる部隊の人たちの助けを借りながら何とか地上に降りた。どうやらトーヤがヘルの能力で落ちてくる建物を止めて、その間にこの空飛ぶ騎士達が助けに来てくれたみたいだ。道理で外に出たとき全然風が無かった訳だ。
「俊也、大丈夫?」
「・・・・・・・・・・・・」
高所恐怖症の俊也は青い顔をしてその場にうずくまっていた。確かに、あの高さから生身で外に出ていたら流石に堪える。僕も結構怖かった。
一方の空飛ぶ騎士の一人がトーヤと話していた。兜を取った彼は藍色の長い髪の男性だった。トーヤよりも男らしい顔つきと体格だけど、どこか似ている雰囲気がする。
「・・・・・・・・総隊長殿、コイツはどうするか?」
「そうだな・・・・・・・本当は処刑してしまいたいが、今コイツは“力”を無くしている。暴れ出す危険があればそうするが」
「あの、トーヤさん・・・・・・・その方をどうされるのですか?」
華がトーヤに恐る恐る尋ねた。
「ああ。コイツは元々俺たち“対転生者特別防衛機関”が追っていた奴だからな。一度本部に連行して事情聴取を行い、どうするかを決める」
「・・・・・・・・・・・・・」
須川は申し訳なさそうにうつむいていた。彼の両手は金属の手枷でつながれている。
「どうするかってのは、そいつを処刑するかって事か?」
「「!!」」
俊也の言葉に須川と華が反応した。
「お願いだ!!殺さないでくれ!!頼む!!」
「黙れ」
トーヤは命乞いをする須川を切り捨てた。
「処刑するかどうかは、向こうで決める。一応俺たちの世界での法律に則って裁きたいところだが、今回はお前達の世界まで関わっている。そうなると法律が適用されない可能性もあるがな」
「須川を助ける方法は無いの?」
「助ける?」
ウサムービットは切実な声で訴えている。けど、トーヤは余りいい気はしないみたいだ。
「だって、こいつだってあのエリスって女神の言いなりになっていただけなのよ?それなのに—————————」
「お前、何か勘違いしているな」
トーヤは鞘に収めたままウサムービットに剣を突きつけた。
「“女神の言いなりになっていたから”?そんなことを言っていたら、“転生者”共の大半が許される事になる。だが、実際どうだ?奴らはどんなことをして居ると思う?」
「でも、そんな風に言うことは無いんじゃ無いかな」
僕は一歩前に出た。
「確かに彼は多くの人を殺した。エリスに騙されていたけど、それは事実だと思う。けど、だからといって切り捨てるんじゃ無くて、ちゃんと現実と向き合う時間を————————」
「だから、オマエらは勘違いしているんだ」
トーヤの口調の棘が鋭くなる。
「この際はっきり言っておく。俺たちにとって、コイツらは人間じゃ無い。ただの災害だ。いくら害意が無くとも、コイツらが行動する度に何かが起きる。それも常識を越えた規模の何かが。それを黙って享受するほど、俺たちは心が広くない」
「災害、だって・・・・・・・・?」
流石に僕は衝撃を隠せなかった。異世界転移者は確かに現実から目を背けたいがために転移してきて、わがままに振る舞っている。少なくとも僕には織田やメイドはそう見えていた。
だけど、それでも彼らはれっきとした人なんだ。
「コイツらの思惑なんて関係無い。要はどんなことをしでかしてくれたかだ。何を考えようが考えまいが、俺たちの生活圏内で被害が出れば取り締まらなければならない。たとえ抵抗されて、その場で“執行”する羽目になってもな」
「てめぇ、いい加減に———————ぐあっ!?」
俊也が怒りの余りトーヤの胸ぐらをつかもうとしたけど、トーヤは素早く身を翻して躱し、逆に俊也に足払いを掛けて転がした。
「お前達は知らないだろう?コイツらが戦争を終わらせたとき、戦争を起こしていた国プラス近隣の国々が滅んだことを。経済や商業を発展させたのと引き換えに、大量に職にあぶれた人間がふえたことを。魔王を倒すために呼び寄せた勇者が、辺境の村娘から一国の王女まで見境無く女を食い物にしてきたのを。そしてそんな奴らが毎日やってくるってことを」
「そんな・・・・・・・・」
華も絶句していた。彼らの世界では、ひょっとしたら僕ら以上に異世界転移者が社会問題になっているかもしれない。
「それにオマエらはコイツを構成させようとしていたが、はっきり言って時間の無駄だ」
「なんで?」
「多分コイツ、お前達の世界では死んでいる」
「死んで・・・・・・・・・」
「嘘だろ・・・・・・・・?」
ウサムービットは口を覆って青ざめていた。その傍らで、須川が呆然とした顔をしている。
「こっちの独自の調査を行ったことで発覚したんだが、コイツのように実在するゲームの世界を模した形でやってきた奴は、大抵エリスに死んだことや存在を消された事になるらしい。だとすると、恐らくコイツには元の世界に居場所はないかもしれない」
「なあ、ふざけんなよ!!今もこうして俺はここに居るだろ?!」
「それはお前があのクソ女神に無理矢理連れてこられたからだ。今、お前は俺たちの世界に紐付けされている状態だが、その状態では居て欲しくない。世界が崩壊するからだ」
「世界が・・・・・・崩壊?」
「何だよそれ・・・・・」
俊也の言葉通りだ。意味がわからない。
「パラレルワールドって知っているか?感じにすれば平行世界って書く。様は過去に“もしも○○だったら”って考えたときに想像する世界だ。俺たちの世界は、お前達からすれば“もしも魔法があったら”っていう仮定の下に生まれた平行世界だ。そして肝心なのは———————お前達と俺たちの世界には、互いに同じ存在がいるってことだ」
「ええと・・・・・よくわからないんだけど」
「つまり、例えば私達の世界に“私”は居ますけど、トーヤさんの世界にも“金剛堂華”にあたる人物がいる、そしてこの世界にも“金剛堂華”がいるってことですか?」
「アンタはつくづく物わかりが良いな・・・・・概ねその通りだ」
そして、と言いながらトーヤは須川を指さす。
「コイツのようにエリスに寄越された“転生者”共も、元々俺たちの世界にも同じ存在が居る。それってつまり、片方の世界に同じ人物がいることにならないか?」
「あー、なるほど・・・・・・」
「ねえ、どういうことなの?」
訳がわからないので、僕は俊也に助け船を求めた。
「トーヤが言いたいのは、あんまりこいつみたいな異世界転移者が増えちまうと、片方の世界に同じ存在が偏っていって、宇宙の法則が乱れるとか、そんな感じじゃ無いか?」
「その認識で問題ない」
「ってことは・・・・・・・・・」
「お察しの通りだよ。お前はどのみち俺たちの世界からは出て行ってもらう。何の害も無ければ少しはとどまれたかもしれないが・・・・・・俺たちの世界で好き勝手暴れた以上、その分の代償は払ってもらうぞ」
「そんな・・・・・・・・・・」
須川はその場にがっくりとうなだれた。
「話は逸れたが、肝心の須川は元の世界では死んだことになっている可能性がある。仮にそうだとすると、俺たちが追い返したところで記憶を保っていられるとも限らない。エリスの手引きで、また“転生”するかもしれない。都合の悪い記憶を消した上で。せっかく時間を掛けてコイツに教えてやっても、それが全部無駄になるかもしれない。だったら、そんな事をしても無駄だろう?」
「そんなことないかもしれないじゃないか!!」
「俺はそうとは思わないな。その証拠に、今もこうして傍若無人に振る舞っていた須川がいただろう?」
トーヤに言われて、須川はうっと体を震わせた。
「お前達の世界には、“異世界がある”っていう漠然とした情報だけ回っていて、肝心の“向こうで何があるか”なんて欠片も知らないだろう?膨大な魔力にかまけてポンポンポンポン地面を穴ぼこにしたり、女を惑わせる力で誘拐しまくったらどんなことになるか、その結果どうなるかについて“ライトノベル”で触れられているか?」
「え、いや・・・・・・・・・・・」
触れられているって言われても、僕らは何も解らない。そもそも「ライトノベル」って何だ?
「華、トーヤの言っているらいとのべる?ってなに?」
「ええと・・・・・・私は少しだけ読んだことがあります。といっても、ちょっと流し読みしたぐらいですが・・・・・・・」
「そうか・・・・・・・まだ知らない奴らもいるのか・・・・・・」
当てが外れたように、トーヤは落胆したため息を吐いた。
「・・・・・・・・・お前達の世界には、“ライトノベル”というものがあるんだが、どうやら昨今では“何らかの要因で死亡した主人公が女神の祝福を受け、超常的な力を宿した上で異世界を冒険する”というのが流行っているそうだ。俺たちの世界では、それを再現したかのように圧倒的な力を持つ“転生者”共が毎日のようにやって来ているんだ」
「と言うことは、私が読んだ様なもの以外にも・・・・・・・」
「そうだ。俺がさっき例に挙げたような事を働く奴らが活躍するようなものを、お前達の世界の奴らは望んでいるんだよ。小説という媒体にして、その願望を吐き出しているんだ。少なくとも、俺たちからはそうとしか受け取れない」
華は手を口に当てて絶句していた。
「もし、俺たちがやっていることがお前達の世界にも届いているなら、多少はそう言う流れが抑制されているハズなんだ。だけど俺たちが知っている限りそういう予兆は見られていない。だから俺たちの訴えは欠片も通じていないんだ」
「でも、それでも諦めたらそれこそ僕らの世界にも届かないんじゃ無いかな」
「・・・・・・・・・・これ以上の問答は無意味なようだな」
トーヤが合図をすると、藍色の長髪の男性が須川を取り押さえた。トーヤ達は僕らに背を向けて、立ち去ろうとする。
「それから、これは警告だ」
「うぉっと」
トーヤは俊也に向かって何かを放り投げた。あれは元の世界に返るための金板だ。
「今回はお前達に力を貸してもらったが、仮に俺らの世界に来た時に、妙な真似はするなよ。その時はオマエらも俺たちの敵“転生者”なんだからな。ガキだろうが何だろうが、容赦はしない。覚悟しとけよ」
「それはお互い様だろうが」
俊也が唸るように反論したけど、ああそうだな、とだけ答えて彼らは去ってしまった。
「———————なかなか彼らも難儀だな」
「マテラス、見ていたのか」
「ああ。貴様たちがあの妙な城に彼らと乗り込んでいるのは見たのだが、生憎俺では足手まといになりかねないと思ってな。」
トーヤ達が去った後、岩の影からマテラスが現われた。
「マテラスは、トーヤ達のことをどれくらい知っていたの?」
「・・・・・・・・・・彼らの詳しい事情は解らないが、概ね貴様たちと同じように行動しているようだ。組織ぐるみで動いているところ、より深刻な事態なのだろうな」
マテラスは腕を組んで唸っていた。
「“対転生者特別防衛機関”、”転生者殺し”・・・・・・・さしずめ“ヴィジターキラー”と言ったところか、異世界人を専門的に相手をする組織の者だ。俺たちよりも数段も上のレベルで戦っている・・・・・いや、外れていると言った方が正しいか」
「そう言えばマテラス、死にかけたって言っていたもんね」
ウサムービットが言って居るのは、トーヤとマテラスが試合をしていたときのことだ。
「ああ。俺は騎士教官として多くの戦場をくぐり抜けていた自信があったが、彼はその全てが死線だったような気迫を帯びていた。彼の太刀筋は明らかにまともな戦い方では身につかな——————」
「えっ!?」
マテラスが語っていたとき、急に華が驚いた。
「む?どうした?」
「彼って、トーヤさんのことですよね?てっきり私、女の人かと・・・・・・・」
「あー・・・・・確かにあれは女に見えるよな。俺は声を聞いて男だってわかったけど、遠目から見たら間違いなく間違える」
「流石に俺も、女相手に本気で斬り合ったりなどはしない」
正直、僕も女の人だと思っていた。ちょっと声の低い女の人だなって思っていた。
「兎に角、彼らは文字通り生きている世界が違う。そう簡単に意思疎通ができるとは思わぬ方がいい」
「そうね。今はそうするしか無いわ」
ウサムービットは疲れたようにその場に座り込んだ。
「貴様らも元の世界に戻ると良い。今回の事件は彼らに任せるべきだ」
「そうだね。なんだか疲れたよ」
「ああ。これ以上は俺たちは関わらなくて良さそうだしな」
そう言って、俊也は僕に金板を手渡してきた。
まばゆい光に包まれ、僕らは元の世界での日常に帰った。
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