第11話 ソラトブキシ
トーヤがエリスのカプセルを蹴り壊すと、エリスを格納していた機械は電源が切れたように停止した。部屋の中を駆け巡っていた光のラインも消え、無機質な空間が広がる。
そんな部屋の真ん中には、一人取り残された須川がいた。僕は俊也と、ウサムービットは華の肩を借りながら彼の元へ歩いた。
「俺、は・・・・・・またあの日々に戻るのか」
須川はその場にへたり込んでブツブツ何かを言っていて、僕らが近づくと怯えたように後ずさった。
「ひ、ひぃっ!!許してくれ!!すまない!!」
「須川・・・・・・お前」
「俺はただ、解放されて嬉しかったんだ!!あんな、家畜も同然な生活から・・・・・」
「家畜?」
鬼の形相の俊也だったけど、須川が言っている「家畜」って言葉を聞いて掴みかかろうとするのを止めた。
「俺はブラック企業に勤めてたんだ・・・・・毎日毎日残業ばかりで、終電に間に合えばいい方、家に帰っても飯食って寝るくらいしか出来なかった・・・・・・そんな日常からSNFOが救ってくれたと思っていたんだ!!だけど、まさかあのバイラス共が人間だったなんて、俺は思いもしなかったんだ!!あのエリスって奴に、俺は・・・・・・・・」
「成る程な。知らなかったから、騙されたから、俺は悪くないと。そんな言い訳が通用すると思うなよ」
だけど、威圧感を放ちながらトーヤが須川の前に立ち塞がった。
「見た感じ、確かにあのクソ女神に騙されて動いていた感は否めない。だが、間接的にとは言えお前が人を殺して回ったのは事実だ。俺の世界でも多数のモンスターが犠牲になった。その事実は消えないって事は理解しておけ」
「トーヤさん、彼は————————」
「オマエら、“特定外来生物”って言葉、知っているか?」
「とくてい・・・・・・?」
「要するにアライグマみたいな奴らってことだよ」
俊也が例を挙げてくれたおかげで、僕は理解することが出来た。確かアライグマは「害獣」なんて呼ばれていて、見つけたらすぐに駆除しなくてはいけないんだったと思う。
「奴らは畑の作物を荒らす。そうなると自分たちが困るから駆除する。それと同じだ。コイツらの思惑なんか関係無い。最終的には俺たちは降りかかる火の粉を振り払うだけだ。だからコイツが意図的だろうが故意だろうが、俺たちに害を及ぼした以上は対処しなければならない」
「そ、そんな・・・・・・・・・・・」
「それに、テメェはそうやって嘆いていて何をしたんだ?」
「何を・・・・・・・?」
「ブラック企業に勤めていたから、何だ?そんなに労働環境が良くないのなら、辞めれば良かったんじゃないか?」
「辞めるって・・・・・・・・・」
「・・・・・・トーヤが言いたいのは、ただ待っているだけじゃ無くて、自分で行動したらってことなんじゃないかな」
「自分で、行動?」
須川は僕に聞き返してきた。
「さっき、トーヤが言っていたよね?差し伸べられた手を取ることさえしてないとか、そんなことを言ってたと思う。だから働いていて納得できないんなら、辞めて新しい就職先を探すなりして、変えていかなきゃ行けないって事なんだと思う」
「・・・・・・・・けど」
「ネトゲに課金する暇があったら、転職先でも探せば良かったんだ」
「おまっ、いつの間に!?」
須川はトーヤが手にしていたノートを見てギョッとしていた。
「何だ。お前、食って寝るだけとか言っておきながら、ちゃんとネトゲをエンジョイしてんじゃねーか。やれ期間限定のスキンが手に入るだとか、やれアップデートで新バイラスが追加されたとか、そんなことが書いてあるぞ。—————————ったく、そんな暇があるなら、なおさら何か出来ただろ」
「けど、SNFOは、俺のよりどころだったんだ!!それさえ辞めちまったら、俺は・・・・・・」
「バーカ。お前はその一時の安寧のためにわざわざ家畜みたいな生活しているのか?」
もう話にならん、とトーヤはため息を吐いていた。
「兎に角、お前が色々しでかした事は事実だ。それを受け止めるために、一度俺たちと来てもらうぞ」
「・・・・・・・・・・ああ」
そう言って立ち上がる須川。だけどその直後、ぐらぐらと足下が揺れ始めた。
「おい、俺たちの居るところ、落ち始めて居るぞ!!」
「そうだった・・・・・ここって空中に浮いているんだった」
「どうするの?!このままじゃあたしたち、ぺっちゃんこになっちゃうわよ!!」
ウサムービットの言うとおり、このままじゃ地面に落ちてしまう。いくらこの建物が頑丈そうでも、多分持たないと思う。
「仕方が無い!!強引に出口まで急ぐぞ!!ヘル!!」
トーヤはヘルを呼び出すと、もう一度時間を止めた。一瞬にして世界から色が抜ける。
「出口って、どこだ?!この建物に出口なんて・・・・・・・」
「あの機械竜が居た場所があるだろう?そこなら少なくとも外へ出ることは出来る」
「そっか、あそこがあったわね!!」
僕らは必死に走った。時折パリンと音がして色が戻り振動が襲ってきたけど、その度にトーヤが時間を止めてくれた。
だけど、どうしてもクールタイムがあるらしくて、完全に時間を止め続けることは出来なかったみたいだ。僅か10秒ほどずつだけど、その間にどんどん建物が傾いていく。足場が斜めになって、とても走りづらい。
そして、どうにかして僕らは展望台の真上まで来た。僕らが通ってきたリフトがそのままハッチになっていて、これさえ抜ければ外に出られる。
「トーヤ、ここを開けてくれ。そうすれば出られる」
「・・・・・・・・・・・」
だけど、トーヤはなぜか開けようとしてくれなかった。
「トーヤさん、どうして・・・・・・」
「まだ、開けられない」
ゴゴゴゴ・・・・・と振動を受けながら、僕らはハッチの近くの手すりに掴まっていた。
「いくらここから出られるって言っても、あまりに高度が高すぎると外に出ても降りる方法が無い。それに激しい乱気流が起こっているはずだ。そんなところに生身で出るのは自殺行為だ。流石に俺は人を4人と1匹を抱えて飛ぶことは出来ない」
「1匹って・・・・・・・・・・」
「そこのウサギ、人間の真似をして居るだろう?さっき言って居た“生命探知”の応用だ。他の奴らの目は騙せても、俺は騙せない」
まさかウサムービットの正体を看破していたなんて・・・・・本当に一体、この人はどんな環境に身を置いているんだろう?
「でも、このまま待っていたらいつか・・・・・・」
「そうなる前に、タイミングを見計らって出る。安心しろ。策はある」
そう言って、トーヤは片手を耳元に当てて目を瞑った。何か耳を澄ませて居るみたいだ。もう僕らは床に立っていられないほど建物は傾いていて、いつ落ちてしまうのか解らなかった。
「トーヤ、さん、このままでは・・・・・・・」
恐怖に耐えかねた華がトーヤに訴えかけると、ちょうどその時にトーヤが動き出した。
「—————————今だ、外に出ろ!!」
トーヤは時を止めるとヘルを身に纏い、思いっきりハッチハッチを踏み抜きながら外に出た。だけど、トーヤが言っていた乱気流が襲ってこない。
「何が起きているんだろう」
そう思って僕は顔を出すと、
「・・・・・・・・“対転生者特別防衛機関”重機動部隊だ。お前たちを保護に来た」
甲冑を着込んだ騎士が、空を飛んでいた。
「え・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・ガキ、いいから掴まれ」
戸惑っているうちに僕は男性に抱えられて、外に運び出された。彼以外にも何人もの騎士が空を飛んでいて、俊也たちを運び出している。
「・・・・・・・・・こちらクルトアイス、保護対象の確保を確認。中には首謀者の須川と思われる人物もいる・・・・・・・・わかった。このまま迅速に地表へ向かう」
多分通信か何かをしていたんだろう。クルトアイスと名乗っていた騎士は僕を抱えたまま、キィイイイイイ・・・・・・・と空を飛び始めた。横目で見て解ったけど、彼らの背中にはブースターみたいなものが背中にあって、それで飛んでいるんだ。
空飛ぶ騎士に抱えられた僕らは、背後でズガァアアアアアン・・・・・と腹の底に響くような轟音を聞いていた。
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