第3話 「戦い」のプロと「殺し」のプロ

 あの須川という男の情報を探りにベルベロッソ王国に脚を踏み入れた僕ら。すると案の定というか、マテラスが居た。


「久しぶりだな。トクチカルマ、ヒヤマシュンヤ、ウサムービット君。そして・・・・・・・そちらお嬢さんがた二人は?」


「え?あ、ああ」


 お嬢さんがた、といわれたトーヤは、やや面食らったように戸惑った後、華の背中をさりげなく押して促した。


「あ、はい。私、金剛堂華コンゴウドウハナと申します」


「私、トーヤ・グラシアルケイプと申します。金剛堂は彼ら徳地と火山たちと同じ世界から来られたそうです」


「コンゴウドウ、ハナ・・・・・・に、トーヤ君ね」


 やや華の名前を言いにくそうにして居たマテラス。確かに、ちょっと言いにくいかもしれない。


「しかし君たちも難儀だな。何度もこっちの世界に来る羽目になるとは」


「ああ。それに関して聞きたいことがあるんだが」


「もしかして、あの妙な格好の・・・・・・何やら目に痛い服を着ていた者のことか?」


「ピカピカした服・・・・・・・」


 多分、僕らの頭に浮かんでいるものとマテラスの口にしていることは、微妙にかみ合っていないようだ。言わんとすることは解るけど・・・・・


 すると、トーヤがあの似顔絵—————って言うにはやけに詳細だけど—————を取り出してマテラスに見せる。


「私達は、この男のことについて調査しております。何かご存じないでしょうか?」


「どれどれ・・・・・・・ああ。この男か。ちょうどこの辺りでも話題になっている奴だ」


「知っているのね!!流石!!」


 ぴょんぴょんと跳ねながら喜んでいるウサムービット。なんて都合が良いんだろう!!


「うーむ、このまま教えても良いが・・・・・・・・」


「ん?え?」


 マテラスは思わせぶりしながら、トーヤの方をじっと見ていた。視線を感じるトーヤは、なんだか嫌そうな顔をしている。


「済まない。少々・・・・・・・」


「な、なんですか・・・・・・・・」


 マテラスはトーヤの周囲をぐるぐる回りながら、頭のてっぺんからつま先まで、くまなく視線を巡らせている。


「ふむ、見たところ、貴様は相当腕が立つようだ」


「え?」


「そんなにわかるものなのか?」


 俊也の疑問ももっともだ。いくら僕らが素人とはいえ、見ただけでわかるとはいいがたい。確かにトーヤは「対転生者なんとか」っていう組織のリーダー?らしいんだけど、それがどれだけの実力を持つのかわからない。


「交換条件だ。トーヤ君。俺は貴様に試合を申し込む。もしも君が勝ったら、その男のことを教えよう。それでいいかね?」


「交換条件って・・・・・」


「んもー!!なんですぐに教えてくれないのよ!!」


 困ったような顔をする華とぷんぷんと起こっているウサムービット。だけど、マテラスは面白そうに笑っていた。


「騎士教官として、是非とも手合わせ願いたい」










「さあ、よってらっしゃい、見てらっしゃい!!あのマテラスさんと、旅人の真剣勝負!!見てって損はさせないよー!!」


「(あの野郎・・・・・・ふざけんじゃねぇよ・・・・・・)」


「あんたも災難だな」


 はあ、と盛大に頭を抱えるトーヤに、同情するように肩に手を置く俊也。これはあれだ。マテラスに稽古を兼ねた演習をやらされた時を思い出させられる。


「まあ、真剣じゃ無いだけマシか・・・・・・」


「それでも、当たると痛そうですね」


 華が不安そうに見つめるのは、木製の模造剣だ。一方は大剣型、もう一方は長剣型だ。一見、打ち合うには向かなそうな組み合わせだけど・・・・・・・


「それでは、始めるか!」


「解りました—————————お手合わせ願います」


 マテラスが拳を、トーヤは掌を胸の前に置いて敬礼をする。トーヤはマテラスに向き合った途端、纏っている雰囲気が変わった。なんて言うか、冷たく鋭い空気が彼女?の周囲に漂い始める。


 いつの間にか周囲には人だかりが出来ていた。


「それでは・・・・・・・始め!!」


 審判が合図すると同時に、両者動き出した。まず仕掛けたのは、マテラスだ。


「速い!!」


「木製とは言え、あんなに大きな剣を・・・・・・」


 一瞬で距離を詰めたマテラスは、大剣を横薙ぎに振り回した。トーヤはそれを後ろに跳んで回避する。


「まだだ!!」


「・・・・・・・・・・・・」


 マテラスは更に連続して大剣を振るう。ブォン、ブォンと空気をかき乱す音が鳴り響く。トーヤはそれを身を翻して躱し続ける。


「どうだ!!守ってばかりでは剣が泣くぞ!!」


「・・・・・・解りました。そろそろ仕掛けますね」


 そう檄を飛ばすマテラス。するとそれに触発されたのか、トーヤがついに動き出す。マテラスが先ほどよりも大ぶりで、だけど更に速い横降りがトーヤに襲いかかる。するとトーヤは、それを屈んで避けて見せた。


「なっ!?」


 それだけじゃ無い。なんとトーヤは屈みながら滑るように一歩前に出て、マテラスの懐に潜り込んだのだ。そして・・・・・・・


ッ!!」


「ぬぅっ!?」


 派手に飛び上がりながら、ファンッ!!という甲高い音とともに長剣を振り上げた。マテラスはとっさに躱すが、一瞬見えた表情は余裕が無かった。


「セヤァアアッ!!」


 空中に飛び上がったトーヤを、マテラスが更に剣を振ってたたき落とそうとする。それをトーヤは身をひねりながら長剣で打ち付け、軌道をそらした。


「クッ・・・・・・・・」


「まだ行くぞ!!」


 ザザザッ、と地面をこすりながら着地するトーヤ。そこにマテラスは大剣を大きく振りかぶる。そこにトーヤが横薙ぎの一閃しようとしたとき————————なぜか、ビタッと動きが止まった。


「うおおおおおおっ!!」


「・・・・・・・・・ッ!!」


 苦虫をかみつぶしたような顔をしながら、トーヤはそれを横っ飛びで躱す—————が、それだけじゃ無い。比喩では無く瞬きする間にマテラスの背後を取った。マテラスはぐるんと身を翻して、攻撃をすかさず受ける体勢に入る。だが、踏み込む寸前にトーヤは踏みとどまり、そのままマテラスの頭上に飛び上がる。


「なっ・・・・・・・・・・」


 マテラスは思わず身をかがめると、さっきまで頭があったところを模造剣がすごい勢いで通過していった。


「なんなの、あのトーヤって人・・・・・・」


「戦い慣れているって次元じゃねぇな・・・・・・」


「な、何が起こっているんですか・・・・・・?」


 ウサムービットも、俊也も華も、二人の戦い振りに呆気にとられていた。三人だけじゃ無くて、他の観客も呆然としている。歓声が巻き起こることも無く、その場には両者が激しく地面を蹴ったりこすったりする音と、模造剣が空気を引き裂く音がせわしなく聞こえるだけだった。


 そして、


「フッ!!」


「ハアッ!!」


 トーヤとマテラスが同時に剣を振るった。両者の武器がぶつかると、パキャン!!という乾いた音を立てて、大きめの木の破片が打ち上がった。


「はあ、はあ、はぁ・・・・・・・・・」


「ゼェ、ハァ、ゼェ、ハァ・・・・・・・」


 激しく肩で息をする両者。その間に打ち上がった木片がカラン、と落ちてきた。それはトーヤが手にしていた、長剣型の模造剣の先端だった。


「勝者、マテラスさん!!息もつかせない試合を繰り広げた二人に、拍手を!!」


「「「ワァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」」」


 まるで堰を切ったように、大歓声と拍手が巻き起こった。マテラスとトーヤは死甘えと同じように、対戦相手への敬意を表わした。










「—————————済まなかった」


「いや、随分トーヤは頑張ったと思うよ」


「すごい戦い振りでした・・・・・・」


「息もつかせないって、ああいうのを言うんだ・・・・・・」


 僕らの元に戻ってきたトーヤは頭を下げた。確かに試合には負けてしまったけど、あんなにすごい試合を繰り広げたんだ。そりゃねぎらいの言葉くらいかけるよ。


「だが、どうするんだ?これじゃ須田の情報が得られないじゃねぇか」


 俊也はただ一人、不満そうにしている。元々マテラスに勝ったら須田の情報を教えて貰える約束だったから、これでは当然、教えて貰えないことになる。


 だけど、マテラスは満足そうに拍手しながら告げた。


「いや、トーヤ君の戦い振りに敬意を表して、情報を提供しよう」


「え?いいの?」


「ああ。単純に俺が手合わせしたかったからと言うこともある。だから正直な話、どちらが勝とうが情報は教えるつもりだった」


「良かったわね、卯月!!」


「ええ!!これで須田の奴を懲らしめてやりましょう!!」


 まるでクレーンゲームで景品を手に入れた女子のように喜ぶウサムービットと華。


「それに———————俺は試合には勝っていたが、戦いには負けていた」


「どういうこと?」


 マテラスは自分の首に親指を突き立てて








「本来ならあの試合中に、俺は死んでいた」


 自分の首を親指で掻ききる動作をした。









 一瞬で空気が凍り付いていた。


「————————なにをご冗談を」


「冗談では無い。あれが試合では無く戦いだったら、俺は確実に首を撥ね飛ばされていた」


 ふう、とマテラスはため息を吐いていた。


「あの時、貴様は動きを止めていただろう?もしも貴様が剣を振っていたら、俺の首はすでに無かった。それだけではない。貴様が空中に飛び出したとき、私の剣を横から弾いていただろう?あんな状態で出来る芸当では無い」


「やはりばれていましたか」


 トーヤはその場にへたり込みながら肯定した。確かにあの時、不自然に動きが止まっていたように見えたけど、僕の目の錯覚じゃ無かったって事か・・・・・・


「それだけではない。要所要所で貴様の太刀筋が、あまりにも鋭すぎる。俺への急所への攻撃に、一切の躊躇が無い。一体、どんな鍛え方をしているんだ?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 しらを切るように視線を泳がせるトーヤ。そこに俊也が口を挟んだ。


「・・・・・・・・・・“殺す”戦い方か」


 余計なことを、と言わんばかりに舌打ちするトーヤ。


「考えてみればあんた、“転生者”なんて呼ばれている組織に所属しているんだもんな。そりゃあんな異次元な動きが出来るわけだ」


「”転生者”・・・・・・成る程。貴様も彼らと同じ———————」


「————————ご明察」


「成る程。だったら、余計に奴の事を教えなければならなかったな」


 視線を落としたマテラスに、観念したようなトーヤ。ああ。これ、完全にばれたな。









「悪いが、少し休憩してからで問題ないか?すこし・・・・・・・・疲れた」

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