第2話 「転生者殺し」

 まばゆい光に包まれた後、僕らは異世界の先進国家———————ベルベロッソ王国の目の前に着いていた。


「い、今のはもしかして・・・・・・・」


「うん。また僕たち、異世界転移したみたいなんだ」


 そう言って、僕は華たちにレコーダーを見せる。驚いたように皆、目を丸くしている。よかった。最後に銃声が聞こえたから死んだかと思ったけど、寸前のところで脱出に成功したみたいだ。


「確かにそうだ。でも、俺たちはまだテープを手に入れていなかったはずだぞ?」


「たしか、あの機械を回すと出てくるのよね?なんで持っていたの?」


「わかんない。あの時必死にポケットを探っていたら出てきたんだ」


 いくら考えてもわからないものはわからない。とりあえず僕らは先に進むことにした。


「そう言えばここって・・・・・・・」


「ああ、そうか。金剛堂は来たことが無かったんだったか」


 見たことのない西洋風の建築物が並び立つこの場所に困惑する華さんに、俊也が説明した。


 ベルベロッソ王国は僕らが最初に異世界に来た時に訪れた場所である事、そこで織田久太という人物が勇者として我が物顔で振る舞っていたこと、そして彼を倒して改心させた事。何があったのかをできるだけ細かく伝えた。


「そんな事が・・・・・・・大変でしたね」


「そうだね。その時に出会えたマテラスさんが居ると良いんだけど・・・・・・」


 マテラスさんは僕らと同じように、異世界からここに迷い込んできた人だ。炎の魔法と大剣を扱う戦士で、赤い髪が特徴的だ。この世界に渡ったときに、その人に随分お世話になった。


 運良く会えたら・・・・・・・と思いながら門へ向かおうとした時だった。


「—————————済みませんが、少々はお話をよろしいでしょうか?」


「あ、・・・・・・・・え?」


 声を掛けられて振り向いた僕は、見た目と声のギャップに戸惑ってしまった。話しかけてきたのは、女性のようだった。白い生地に金の刺繍が施されたコートを纏った、色あせたような背中ぐらいまでの金髪と氷の様に冷たく蒼い瞳が特徴的だった。年齢は僕らと同じぐらいだろうか。随分白い肌の人だ。


 だけど、声は女性と言うには低く、まるで女の人の姿なのに声だけが男みたいだ。しかも目つきも鋭く、女の人にしては少々男性的な印象を受ける。


「旅の中かと思われますが、少々お伺いしたいことが・・・・・・」


「あんまり詳しくは教えられないかもしれないけれどいい?」


「おい、いいのか?安請け合いして」


「でも、頼まれたら断るわけには行かないし・・・・・」


「それは、肯定と受け取ってよろしいのでしょうか・・・・・?」


 俊也は二つ返事で答えたのが気がかりらしい。でも、やっぱり頼まれたら断るわけには行かないと思うんだ。目の前の女性?は心配そうにこっちの様子をうかがっている。


「まあいいわ!あたしが一番詳しいから、教えてあげる!!」


「ありがとうございます。では・・・・・・・・・」


 と、女性?はコートの内側から紙を取り出して僕らに見せた。









「この男をご存じないですか?」


 そこには、先ほど僕らを攻撃してきた男の顔が描かれていた。









「——————————え?」


「こいつってもしかして・・・・・・」


「ああ。あの野郎だ」


「こ、こんなところに・・・・・・?」


「何がおきているん・・・・・ですの?」


 僕らは互いに見つめ合った。どこからどう見ても、あの時の男だ。僕らの住む町に光の矢を降らして、さらに近未来的な装備で僕らを殺そうとした、あの男。


「もしかして、何か知っていることが・・・・・・・」


「知って要るも何も、目の前で起きたからな・・・・・・・」


「教えてください。できるだけ細かく」


 僕らがこの男のことを知っているようなそぶりを見て感づいたのか、女性?は一層険しい顔つきで僕らを見つめてくる。


「まず、何が起きたか話そうか。僕らは元々この世界じゃ無くて、別の世界から——————」


 と、言いかけたとき、女性?がバッ!!と後ろに飛んで長剣を抜いた。その顔つきが「険しい」から完全に「敵意むき出し」に変わっている。


「ひっ!?」


 あまりの空気の変わりように、華が短く悲鳴を上げる。


「別の世界って事は・・・・・・・?」


「え?」


 女性?の口調が、人に何かを伺う敬語から敵意を露わにした荒い口調に変わる。「転生者」って言う単語から、何かしらの事情があるんだろうか?


「教えろ。オマエらとこの野郎にどんな関わりがある?返答次第では、テメェらもぶった切らなければならない」


「ち、違うって!!僕らはこいつの仲間じゃ無いよ!!」


「あたしたちだって、こいつに偉い目に遭わされたんだから!!」


「・・・・・・・・・・」


 女性はしばらくの間にらみつけてきたけど、少し落ち着いたのか、ふう、とため息を吐いて剣を納めた。


「・・・・・・・・まあ、とりあえずお前達は大丈夫だろう。申し訳なかった。つい“別の世界から”って言葉に反応しちまった」


「“転生者”、ですか」


「そうだ。・・・・・・・・・・そう言えば名乗っていなかったな」


 華の口にした単語に若干眉間に皺を寄せつつも、その人は自分の名を口にした。









「俺はトーヤ・グラシアルケイプ。お前達と同じように別の世界から来た人間で、“対転生者特別防衛機関たいてんせいしゃとくべつぼうえいきかん”の執行部隊隊長を務めている」









「たい・・・・・・・?」


「“対転生者特別防衛機関”って言って居た。その感じだと、俺たちみたいな異世界から来た人間相手に何かしているんだな?」


「ご名答」


 トーヤさんはこちらに近づいてきたけど、一定の距離を保ったまま冷ややかな視線を向けている。なんか、トーヤって名前、日本人っぽいな。


「俺たち“対転生者特別防衛機関”は“転生者殺し”とも呼ばれていて、簡単に言えばお前達異世界人を取り締まる機関だ。その中でも俺はそいつらを相手取って捕縛ないし処刑する部署の隊長を務めている」


「しょっ・・・・・・・・・!?」


 金剛堂さんが顔を覆って絶句していた。うん。僕もそうする気持ちはすごくわかる。そりゃ「転生者”殺し”」って言われるわけだよ。


「なるほどね。それであたしたちが別の世界から来たって言ったときに、すごい警戒していた訳ね」


「・・・・・・・・・まあ、そういうことだ。職業病の一種なんだろうが——————」


 ウサムービットの言葉にトーヤさんははあ、と頭を抱えている。


「何分、その取り締まる相手である“異世界人”に、図らずとも自分がなってしまっていてな・・・・・・・・正直混乱しているし、仮にこの世界にも俺たちみたいな組織があるのなら、彼らの処罰対象にも鳴りかねない。一刻も早く元の世界に戻りたい」


「ああ、なるほどな・・・・・・・・・」


 トーヤさんの心情を察した俊也が同情の目で見ていた。


「だが、悪いがお前達とは一線を置かせてもらう。その上で話をするが・・・・・・オマエらは奴の事をどれほど知っている?」


「仲間とは思ってくれないんだね」


「当たり前だ。いくらお前達自身が敵意が無くても、奴の仲間では無いという保証はどこにも無いからな」


 トーヤさんは随分警戒心が強い。まあ、彼女?の仕事を考えれば当然と言えば当然かもしれない。


「わかった。知っていることを全て話そう」


 僕はさっき元の世界で起こった一部始終を話した。突然空から光の矢の雨が降り注いで、多くの人が死んだこと、その元凶と思しき人物と目が合い殺されかけたこと、そして手に持っていたレコーダーとカセットでこっちの世界に来たと言うこと。


「成る程。向こうでも似たようなことをしているのか・・・・・・・・・」


「その感じだと、あんたのところも偉いことになって居るみたいだな」


「幸いちょうど俺たちが組織改革を進めているところで、警戒態勢をとっていたところだったから、そっちほど被害は大きくは無かったが・・・・・・」


 トーヤさんの方でも何が起こったのか聞いていた。彼女?の世界では無差別にモンスターが大量殺戮されると言う事件があり、その原因を探っていたところ、その男—————須川良太スガワリョウタに遭遇したそうだ。トーヤさんは現行犯としてすぐに須川を殺そうとしたけど、須川はそのままこの世界に逃げ込んで、その移動に巻き込まれる形でここにたどり着いた。その後も一騎打ちで戦って意は居たものの、再度世界を移ったときに逃してしまい、戦場となった平原で痕跡を調べていた。そして手詰まりになったので、この世界に手がかりが無いかと彷徨っていたところに僕らに出会ったということだ。


「って、ちょっとまってください。痕跡の調査って・・・・・・・」


 華が手を上げて質問をする。多分華は異世界関係で聞き慣れない「痕跡」とか「調査」って単語が気になったんだろう。


「ああ。俺たち“転生者殺し”は文字通り“異世界人”を専門的に取り締まる機関だからな。奴らに対しては徹底的に対策を練る。そのためには、まだ世の中には出回っていないような技術も豊富にある。下手をしたら、お前達の世界よりもよっぽど最先端を行っている可能性すらある」


 そう言って、トーヤさんは懐から双眼鏡のようなものを取り出した。ごちゃごちゃと歯車やらなんやらが取り付けられていて、ぱっと見では何が何だかわからない。


 でも、これだけは確実に言える。トーヤさんのところでは、かなり進歩した技術があるって事だ。「お前達の世界よりも最先端を行っている」って言葉は、決して誇張では無い。と、思う。


「本当はこう言うのは機密だから他人に見せるわけには行かないが、論より証拠だ。これは様々なモノにこびりついた魔力を検知・分析する装置だ。って言っても、これはあまりにも簡易的すぎるから細かい分析には向いていないがな。それぞれ魔力の属性や濃度を可視化することが出来る程度だ」


「通じるかわかりませんが、“サーモグラフィー“みたいなものですか?」


「ああ、そうそう。それで通じるから大丈夫だ。本格的に分析する場合は、データーベースに個人の魔力の波長を登録しておいて、採取したサンプルから専用の分析器に掛けることで、誰の魔力なのかを割り出すことが出来るんだ」


「それなら、こっちの世界にも似たようなものがあります。“DNA鑑定”って言うのですけれども————————」


「血液とかをサンプルする奴だろう?こっちも知っている。ある意味その認識は正しくて、この分析の方法はそもそも———————」


「「「????」」」


 何やら華とトーヤさんが話に花を咲かせ始めてしまった。なるほど、トーヤさんは結構技術的にも詳しいらしい。こう言うタイプって、話が通じる人と一緒になると、途端に長くなるんだよな・・・・・・・


「いいから話を進めるぞ」


「・・・・・・・失礼。思わず話し込んでしまった」


 しびれを切らした俊也が苛立ち気味に口を開くと、こほん、とトーヤさんは咳払いをする。


「兎に角、だ。その須川って奴について少しでも情報が知りたい。噂程度でも良い。お前達の手も借りたい」


「わかったわ!!あたしたちも、須川をぎゃふんと言わせてやりたいしね!!」


「俺も同感だ。人の命を何だと思っていやがる!!」


「私も賛成です!!」


 勿論、僕も同感だ。ウサムービットも華も「異世界事件」を通じてその恐ろしさを身をもって味わっているし、俊也に至っては———————










こうして、僕らはベルベロッソ王国へ脚を踏み入れることにした。

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