第4話 消えたはずの魔王城

 マテラスの案内を受けて僕らが向かったのは、かつて僕らが「異世界事件」で舞台となった魔王城だ。だけど、目の前にあるそれは当時のままじゃない。元々は石造りの、如何にも魔王城って感じのものだった。こんな黒と白のグラデーションが壁面を波打つような、近未来的な建物じゃ無い。


「本当に、ここでいいんですか?」


「うむ。ベルベロッソ王国の者達の目撃情報では、度々スガワという男が訪れているところを確認されている」


「でも、ここがあいつの本拠地なの?あたし、そういう風には見えないけど・・・・・」


 そう言って、ウサムービットはぺしぺしと城門の横にあるパネルを叩いていた。


「“5,864/10,000”・・・・・・・なんだ?この数字は」


「分数なんて、教科書だけで良いのに」


 デジタル表記でパネルに浮かび上がっていたのは、俊也が口にした分数だった。うーん・・・・勉強嫌いな僕としては、あんまりこう言うのを見続けたくはないなぁ。


「・・・・・・・・・・カウント、か?」


 トーヤが不意に口にした単語。でも、なんか数えるようなものなんてあったっけ・・・・・


「ねえ、カルマ。良くない想像しちゃったんだけど・・・・・」


「私も・・・・・・まさかとは思いますが・・・・・」


「え?なに?」


 何だろう。ウサムービットと華は心当たりあるみたいだけど、僕にはさっぱり解らない。すると、俊也が答えを口にした。


「恐らくだが、じゃないかと俺は思っている。あいつが襲ってきたとき、“こんなとことにも隠れていた”って言って居ただろ?」


「あ、そうだっけ」


 言われてみればそんな気がする。って、ちょっと待って。


「・・・・・・だとしたら、ヤバイと思うんだけど」


「ヤバいどころじゃねぇ。あいつはやっぱり狙ってあんなことをしていたって事になる」


 俊也も自分で言って戦慄している。僕らを狙ってきた時点で解っていたけど、言葉にしてみると須川の行動がいかに恐ろしいか思い知らされる。明確な意思を持って殺しに掛かってくるなんて、とてもじゃないけど人間とは思えない。


「で、お取り込み中のところ申し訳ないが、この城にお客様がいらしているようだ」


 そう言ってトーヤは僕らの背後を向いていた。同じくマテラスもいつでも大剣を抜けるように柄に手をかけている。


「・・・・・・・・・おい、どういうことだ!なんでここに居るんだ!!」


「す、須川?」


 ここにやってきたのは、ちょうど話題に出ていた須川だった。彼は僕らを襲ったときとは全く違い、焦っているような顔で僕らを———————正確に言えばトーヤをにらみつけている。


「なんで、なんでお前がこいつらと一緒に居るんだ!!使能力でもあるのか?」


「使役?何を言っているんだ?」


「あたしたちはこの人のペットじゃ無いわよ!!」


 疑問を口にするマテラスと扱いが気にくわないウサムービット。でも、確かに須川の言葉は何かおかしい気がする。まるで、・・・・・・・・


「クソッ!!そこから離れろ!!」


「マテラス様、ここは彼らを守っていてください」


 ブゥン、というライトセイバーみたいな音を立てて片手剣と拳銃を取り出した須川。それに反応したトーヤが、剣を抜きながら懐に飛び込んだ。速い。瞬きする一瞬だ。


「クッ!!」


 ギャンッ!!という甲高い音を立てて、両者の剣がぶつかり合う。トーヤの方が見て動いているから一手遅れるはずなのに、むしろ先取りしている。


「あっ、危ない———————」


「ところだったぜってか?」


「ガアッ!?」


 鍔迫り合いの間に須川が左手に取った拳銃をトーヤに向けていたけど、その手首をトーヤが蹴り上げた。ゴギン、という生々しい音が僕らの耳にねじ込まれる。


 見ていて思ったけど、トーヤは相手の攻撃の隙を潰すが異常にうまい。普通、剣を使った戦いだと剣だけになりそうだけど、彼は剣だけで無く、時には脚を使った格闘まで交えている。それを使って、次に相手が取ろうとしている行動を阻止しているんだ。


「クソッ!!クソッ!!クソッ!!何なんだよ、お前!!なんで“ステータス”が何も表示されないんだよ!!」


「“ステータス”・・・・・・・?な、何のことですか?」


 華が須川が言った「ステータス」って言葉に困惑している。この単語って、基本ゲームとかでしか使われないから、そうなるよね。


「生憎、俺はそういった類いのモノを受け付けない体質なんでな。おかげでこういうことが出来る」


 そう言うと、トーヤは須川の首をつかんだ。直後、彼の体中から鋭い棘のようなモノが何本も突き出た。それは氷の様に透き通っているけど、何故か真っ赤に染まっている。


「ぎゃぁああああああああああああああああっ!?」


 絶叫する須川。武器を取り落とした彼はそのままトーヤにぶん投げられ、血まみれの体で転がる。なんて言うか、ものすごく痛々しい。


「どうした?全身の血液を凍らされて、それを武器にされるお気持ちを、須川殿。お聞かせくださいませね?」


「ぐ、ぐぅうううううう!!」


 け、血液を凍らせる?!そんな恐ろしいことを、この人はしていたのか!?


「もう止めておけ!!そんな事をしたら、そいつが・・・・・・・・」


「死ぬってか?安心しろ。殺しはしない。こいつがやったことを全て吐かせる。その上で、———————」


 とトーヤがしゃべっているとき、カチャン、カチャンという音が聞こえてきた。


「おい!!何なんだこいつら!!」


「こいつ、モンスターなの!?」


 いつの間にか、ロボットのような何かが僕らの近くに沸いていた。首と胴体が一体化した猫背気味な人型って言うのは共通しているけど、皆バラバラな武装をしている。須川みたいな剣を持っている者、左腕が砲台みたいになっている者、下半身がUFOみたいになっていて滑るように動く者。だけども共通して、外装の継ぎ目に水色のラインが入っていて、近未来的な印象を与えてくる。


 って、このカラーリングって・・・・・


「“バイラス”共、増えやがった!!“討伐数”を稼ぎたいが、これ以上は戦えねぇ・・・・・仕方ない!!」


 そう言って、須川は掌を付き合わせて六角形のエネルギー体を作り出した。そして・・・・・・


「“緊急離脱スペースジャンプ”!!」


 そう叫ぶや否や、須川はピュン、と虚空に消えてしまった。


「チッ、また逃げられたか・・・・・・・・・・・」


「嘆くのは後だ、トーヤ君。まずはこの妙なモンスターを倒すのが先だ」


「カルマ!!ぼーっとしてんじゃねぇ!!」


「早く、この者達を撃退しましょう!!」


「あ、うん!!」


 危ない危ない。思わず呆気にとられてしまった。


「皆、行こう!!ジアース!!」


「マーズ!!」


「ムーン!!」


「ヴィーナス!!」


 僕らは「ヌース」の力を解放した。それぞれの精神と魂の具現たる存在「ヌース」。その力を僕らは授かっている。


 僕のジアースは「大地」。三本の角の生えた黒い仮面を付けた、クリーム色の剣を持つ精霊。僕の動きを模倣するように、ジアースは剣を振るい大地を隆起させる。


 俊也のマーズは「炎」。テンガロンハットを被ったその頭は時計板、胴体は歯車で出来ていて、チェーンのように長針と短針でつながれた大剣と炎を自在に操る。


 ウサムービットのムーンは「光」。ウサギの獣人のような姿のそれはハンマーを掲げると僕らをいやしてくれる。さらにムーン自体がハンマーの姿になることが出来、ウサムービットの武器になる。


 華のヴィーナスは「雷」。ハーピーの様な女の子が操る6つのキューブ型のピットを駆使して、複雑な軌道で電撃を放つことが出来る。


 僕らはこれらの力を駆使して、目の前のロボットのようなモンスターを殲滅していく。彼らは岩石に穿たれ、炎に焼かれ、剣に切り裂かれ、ハンマーでひしゃげ、雷撃に撃たれ、次々に数を減らしていく。


「ほう。あれが話に聞いていた“ヌース”か」


「貴様も聞いていたのだな」


「ええ。彼らの経緯は全て聞いていたので」


 言葉を交わしながら、二人は各々の得物を振るってロボット達を次々になぎ倒す。


属性転化エレメント・プラス獄炎覇神閃ごくえんはじんせん!!」


 マテラスが大剣に青い炎を纏わせて、横薙ぎに振るう。少しでも目に入れると視覚が焼かれてしまいそうな輝きが辺りを塗りつぶした。


「凍れ」


 その直後、その炎の上から塗りつぶすように、強烈な冷気が巻き起こった。氷はすぐに砕けたけど、超高温から極低温まで急激に冷やされたロボット達は無惨にも砕けていった。


 やがて辺り一帯には、不思議なロボット兵の残骸が散乱していた。僕らも「ヌース」が使えるとは言え、やはりマテラスとトーヤはすごい。


「すごい!!トーヤって魔法も使えたのね!!」


「うむ。俺も様々な騎士を見てきたが、単独であれほどまでの規模の魔法を、詠唱無しに繰り出せるなど見たことがなかった」


「そんな事は御座いませんよ」


 トーヤは気まずそうに視線をそらす。なんでこんなに人目を気にしているんだろう。


「今のはマテラス様の魔法で拡散した魔力を、私の方で乗っ取らせていただいただけです。今の私は、常人の半分ほどしかないので・・・・・・」


「なにか、力を振るえない事情でもあるのか?」


 俊也が尋ねると、トーヤは左の手の甲を見せてきた。そこにはうっすらと、氷の結晶を模したような跡が見える。


「本来は“絶氷の龍紋”なる力を授かっているのですが、この世界では何故か使えなくなってしまいまして・・・・・・」


「と言うことは、本来のトーヤはもっと魔法を自在に使えるって事?」


「まあ・・・・・・自分で言うのも何だが・・・・・・・」


 ウサムービットの言葉に、トーヤはうなずいた。僕からすれば、他人の魔力を利用する事が出来る時点ですごいと思うんだけど・・・・・


「まあ、力を取り戻す方法は後で考えるとしよう。しかし、此奴らは一体何者だ?」


 マテラスはロボット兵の残骸の一つをごそごそとまさぐると、何か赤い水晶玉の欠片のような物を取り出した。


「これは・・・・・・コア、でしょうか?」


「こっちにもあったぞ。こっちはかなり綺麗な状態だ」


 俊也も同じように残骸を探ると、やはり赤い水晶玉が出てくる。何だろう。見ているとなんか、不安になってくる。


「そうみたいですね。一体何なのでしょうか・・・・・・・あっ」


 と、華が破片で手を切らないように恐る恐るまさぐっていたとき、何かを見つけたらしい。


「これは“金板”!!なぜ、こんなところに・・・・・・」


「解らんが、貴様らはここで一旦帰った方がいい、と言うことだろう」


「そうかもしれない。でも、トーヤはどうするの?」


「ああ。それをこれから探るんだが———————」


 と言いかけたとき、バキッという音がして頭上の空間にヒビが入って、その奥の空間が露わになった。ヒビの中は宇宙空間みたいに真っ暗な闇が広がっていて、紫色の光が星のように瞬いていた。さらに驚くべき事に、そこからヌーっと巨大なカプセルが降りてきた。人一人分は乗れそうな大きさだ。


 そして、トーヤが何かを察知したらしく、ポケットをまさぐって耳元に金属の板をかざしていた。


「ああ。俺だ——————そうか。仕事が速くて助かる。ついでにこっちでも収穫を得られた。もしかしたら————————ッハハッ、狙い澄ましたようなタイミングだったよ」


「もしかして、あれって・・・・・・」


「まるで携帯だな。あんな魔法があるなんて、正直驚いた」


「すごいな。もしかしたら、本当に僕らの世界なんかよりも文明が発達しているんじゃない?」


 どんな創作物でも、あんな携帯を模倣したような魔法なんて、ましてやスマホみたいな物なんか見たことがなかった。話を聞く限りだと、ああいう技術も異世界—————つまり、僕らの居る世界なんかからやってきた人たちから得られたものらしい。いくらそういう下地があるとはいえ、独自にそんな技術を確立しているなんて、なんて素晴らしいんだろう。


 やがて通話が終わったトーヤは金属板を仕舞うと、こっちに歩いてきた。


「たった今、私の同僚がこっちの世界へつなぐ経路を解析し終えた様です。一度私はこれらのサンプルを持ち帰り、解析に回そうかと思っております」


「・・・・・・・・・・さらっととんでもない事をやってのけるな」


「・・・・・・・・・・生憎、うちは普通では無いんでな。特にうちの天才は、出来ないことが無いんじゃ無いかと思うぐらいだ」


 あきれ果てたような俊也に、同じく呆れたようなトーヤ。彼の同僚は学者さんなのかな?随分頭が切れる人らしい。彼はロボット兵の残骸と、彼らのコアと思しきものを回収している。


「それじゃあ、一度ここで解散だ。貴様らも元の世界に戻るが良い。君たちの親君も心配しているだろう」


「うん・・・・・・・・」


 またあの惨状を見なければならないのか・・・・・気が気じゃないな。学校に行かなくて済むのは良いけど、そう言う問題じゃ無いのは解っている。


「それでは、カルマさん。帰りましょうか」


「それが良いわよ!!海香さんも心配しているわ!!」


「ああ。さっさと帰ろうぜ。向こうでも何か出来ることはあるはずだ」


「うん。僕らの世界に帰ろう」











そして、僕は華が手に取った金板に手を触れた。

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