第25話 ダンジョン☆ミッションインポッシブル2

「どうして……」

犬飼が力なく崩れ落ちたのを気の毒に思う余裕はユリウスには無く、すぐに黒柳の署内アナウンスがあたりに響いた。

『えー。MS事案入りました。繰り返します。MS事案入りました。対応する署員は待機願います』

はぁああ……というため息がそこかしこから聞こえてくる。ユリウスもその一人だ。行方不明事案。通称MS事案は文字通り人が行方不明になったという通報である。ふらりと出かけたまま帰ってこないなど、高齢者が圧倒的に多いのが現状であるが、ごくまれに未成年の場合もある。その時は待機員のみならず全署員を招集して見つかるまで捜索する。未成年が四名となるとかなり大事である。

「すみませんが、地域課の皆さんはこちらで待機をお願いします。それと、今いる方々は地域課全員に連絡をお願いします」

地域課長の杉本が手を上げて事務室全体に声をかける。バタバタと二階から刑事課や生活安全課員が駆け下りてきた。


副署長と話していた刑事課長が事務室全体を睨みつけて言った。

「○○地内××号防空壕跡に四名の未成年とみられる、あー、動画配信者が防空壕内に入った後、連絡が途絶えたそうだ。当時、リアルタイム配信をしており、その視聴者から通報があった」

もう一度ため息が響く。もしかしたら境島の管内じゃないのではないかという期待は脆くも崩れ去った。

「配信が途切れるとき、何者かに襲われたかのような悲鳴が聞こえ、何かから逃げているようだったとあり、重犯罪者、もしくは未知の害獣などの可能性も考えられ、受傷事故等に十分に気を付けるようにだとよ。ったく。本部も他人事だよなぁ。簡単に言いやがって!」

黒柳が本部からの指令をそのまま読み、悪態をついた。いつも最前線で危険な目に遭うのは一線署の署員だと黒柳は十二分に分かっているからだろう。

「四人一班で捜索します。今から班分けしますので、それから資機材等の準備をお願いします」

杉本が手を挙げて署員たちに声を張り上げる。ユリウスは犬飼と、呼び出された毒島、但馬と組むことになった。結局、いつもの面子である。

「もぉ~。最ッッッ悪のタイミングじゃん~。連休前とかさ~! 勘弁してよ~!」

但馬が耐刃防護衣を装着しながら文句を言った。

「それ、犬飼に大ダメージなんで禁句っすよ」

毒島が隣で帯革を付けてから犬飼を見た。非常に楽しみにしていたライブに行けなくなるかもしれないという事態にメンタルがすでに限界の犬飼が、どんよりと淀んだ目で「ははは、もう慣れっこっすよ」と笑った。

但馬がそれを見て即「うん。ごめん」と謝る。

「犬飼部長、こういうこと前にもあったんですか?」

ユリウスが犬飼に聞こえないように毒島に小声で聞いた。

「ああ、前は別のアイドルのカウントダウンライブ直前でMS事案(行方不明事案)が入って、予定全部ダメになってあいつマジで泣いてたな……その後も何回か重大事案入ってその度に……」

「う……気の毒に……」

犬飼がライブに当選すると何がしかが起こるのではないか?とユリウスは思わないでもなかったが、犬飼のあまりにもしょぼくれた背中と尻尾を見ていると気の毒すぎて、喉元まで出かかった言葉を呑み込んだ。

「まぁ、あいつがライブ当選すると何かが起こるって事だな!ハハハ!」

毒島が、せっかくユリウスが呑み込んだ言葉を無邪気に言い放つ。

「ちょっとォ! やめてくださいよ先輩!」

犬飼が半泣きで訴えると、毒島が悪い悪い。と一つも悪くなさそうに謝った。


「班長は装備資機材等の確認をお願いします!」

杉本が珍しく何度も声を張り上げる。ユリウスたちの班では一番の年長者で階級が上の但馬が四人の装備を確認する。

「はい、拳銃に……手錠、警棒、無線に警笛は~あるね」

ユリウス達が自分の装備をもう一度確認しつつ頷く。

「あとは~、警杖が一本」

「一本!? 一班にですか!?」

犬飼が素っ頓狂な声を上げた。

「警杖、大盾、懐中電灯、ネットランチャーは一班一つだってさ」

確かに、それらの備品は数が限られている。それにしても未知の何かがいる場所に赴くというのに、あまりにも心もとない装備だとユリウスだけではなく全員が思ってはいたが、何か言ったところで状況は変わりはしない。

「じゃ、装備の担当はこれでいいかな」

但馬が装備資機材を担当に渡しながら言った。


ユリウス……懐中電灯

毒島……大盾

犬飼……警杖

但馬……ネットランチャー


毒島が機動隊払下げの凹んだジュラルミンの大盾を持ち上げながら、「班長、これ、中入りますかね?」と言う。防空壕の通路内は狭い場所もある為、入らなければ何処かに置いて行くしかないかもしれない。

「こんな木の棒でさぁ~、やべえ怪物に遭ったらどうすんだよ~。絶対無理じゃん」

犬飼が木の棒、もとい警杖を持って情けない声を上げた。

「文句言わない! 俺なんか一発撃ったらもう終わりなんだぞ!」

但馬のネットランチャーは一発こっきりの代物である。外したらそれは死を意味するとでも過言ではないだろう。

「ユリちゃんなんか攻撃力皆無の懐中電灯だし」

ユリウスの持つ懐中電灯は大型の強力なものであるが、基本的に周りを照らす以外に用途は無い。

「えっ! じゃあ、何かあったら皆さんの後ろに隠れます……」

つい本音がユリウスの口から漏れ出てしまった。その言葉にほかの三人は「正直者~!」と笑っていたのでよしとしようか。


「捜索要員は、全員一階ロビーに集合してください。これより刑事課長のほうから指示があります」

杉本のアナウンスに、地域、刑事課、生安などの捜査員が一階ロビーに集合する。耐刃防護衣、警備靴、警杖など、皆物々しい装備である。

当直室から今宵の当直長である黒柳刑事課長がロビーに集まる捜査員たちを鋭い目で見回して言った。

「えー、今回のMS事案(行方不明事案)ですが、○○地内××号防空壕跡に入り、行方不明となった未成年者四名の捜索となります。直前までリアルタイムで動画配信をしていた所、悲鳴とともに画像が乱れ、配信が途絶したとのことです。これが、途絶する直前の動画となります」

隣の杉本がパソコンをロビーのテレビに接続し、画面を共有した。一人は動画を撮影しているのだろう、三名の若者が防空壕内に入るところが映っていた。全員、Tシャツなどの軽装で、懐中電灯すら持っておらず、スマホのライトで暗闇を照らしているようだ。


――結構寒いな。しかも暗すぎ。なんも映んねえ。

――だから懐中電灯持ってこうって言ったろ。

――ねえ、ここどっち行けばいいかな?

――左でいいんじゃね? 結構広そうだし。

――じゃあ左。リスナーさんたち覚えててね~。

――おい、なんか聞こえない?

――なに?

――おい、おい! やばいって何だよあれ!

――逃げろ!(謎の咆哮とともに映像途絶)


「最後の……一体、何の鳴き声だよ……」

隣の犬飼が顔を引きつらせて呟いた。ユリウスも同じ表情で真っ黒になった画面を見つめていた。

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