第24話 ダンジョン☆ミッションインポッシブル1

「ハイどーも! G‘zチャンネルで~す!」


四人の若者が、一人が掲げたスマートフォンに向けて陽気にポーズをとった。背後には、『立ち入り禁止』『境島市管理第××号防空壕跡地』という錆びた看板がどこか禍々しく掲げられている。その更に後ろに、真っ暗な洞窟の入口が口を開けていた。


「今からぁ、境島市で見つかったダンジョンの中に入ってみようと思いま~す!」


リーダー各らしきニット帽にスカジャンの若者がスマートフォンに手を振る。他の三人がイェーイ!と声を上げた。別の若者が持つスマホには配信の画面が映されており、そこには夥しいコメントがイワシの群れのように流れていく。

『おおおおおお』

『888888』

『そこヤバくない? 大丈夫?』

『地元で草』

といったコメントがずらずらと流れ、それを見た若者がにやにやと笑った。


「じゃ、行ってみます! 今回は伝説回になるぜ!」


と意気込みながら、若者たちは防空壕跡地の中へ入っていった。


ユリウス・フォン・ガーランド巡査は疲れ切った表情でパトカーを降りた。色白で整った顔には酷い隈を作り、みるからに憔悴していた。今回の勤務は殺人的に忙しかったからだ。

朝九時にパトカーに乗って巡回に行って五分。侵入盗が発生し臨場。それを刑事に引き継いで、直ぐに人身事故。昼飯も食う暇もなく次から次へと事案が入り、ようやく署に戻れたのは十七時。相勤者であるワーウルフの犬飼巡査部長も疲れ切ったように、大柄の身体を引きずっている。


「あ”ーー、つっかれたーー」


犬飼が大きくため息を吐きながらそう言った。人間よりも圧倒的にフィジカルが強いワーウルフも流石に疲労は隠せないようだ。


「ホント疲れましたね。今日は……」

ユリウスが運転席を降りた犬飼に言った。

「今日みたいなのは中々ないけどね~。流石に飯も食えないのは疲れたわ~」

ぎゅるる、とユリウスの腹が鳴る。疲れすぎて空腹すらも感じない。

「やっと明日から休みですね。久しぶりに連休だ~」

そう、明日からはゴールデンウィークなのだ。警察官は三交代勤務以外は基本はカレンダー通りなのだが、その中で日当直勤務もあり、連休というのはかなりレアなのである。

「ユリちゃんはどうするの?」

「僕は……実家に帰りますかね~。一応久しぶりの長期休暇なんで」

「えらーい。俺も暫く帰ってねえや」

「まぁ、帰ってもやる事ないんですけどね。一応顔だけ出す感じで」

と言っても、過剰なほどに過保護な兄王アレキアスがそうやすやすと帰してくれるとは思わないが。

「犬飼部長はどうするんですか。連休」

ユリウスが犬飼に振ると、犬飼は何やらニヤニヤとして人差し指を立てた。

「ふふん。俺はね。ビーストロベリーのライブ。めっちゃ粘ってやっと当てたの!」

ビーストロベリーとは、最近売り出した新進気鋭のガールズメタルバンドで、動画サイトや海外などでかなりの評価を得ているバンドというのは、芸能方面に疎いユリウスでも知っている。また、メンバー全員が女性獣人族で、そういうところでも話題を攫っていた。

「すごい!今は中々当たらないんですよね? 確か!」

「そうよ! 販売開始と同時に粘った甲斐があったわ~」

楽しみだなぁ~!とリズミカルに身体を揺する犬飼を微笑ましく思いながら「楽しんできてくださいね」とユリウスは言った。

庁舎に当たるオレンジ色の陽光はだいぶ傾いていて、春も半ばではあるが夕方はまだ肌寒い。もう一度ぐう、とユリウスの腹が鳴った。

「も~定時だし帰ろお? 腹減ったぁ」

犬飼が大きく伸びをする。ユリウスも同意だった。

庁舎の裏口から入って事務室へ向かう。犬飼が「帰りましたぁ~」と地域課のデスクにてピンと背筋を伸ばしてパソコンに向かう地域課長、杉本に声をかけた。

「お疲れさまでした」

と労りを滲ませて杉本が言う。流石に朝っぱらから出ずっぱりの部下を気にしていたようだ。

「報告書と勤務日誌は連休明けでもいいですよ。今日はもう上がってください」

慈悲深い杉本の言葉にふたりの表情がぱあっと明るくなる。その時、110番通報を報せるアラートが事務室中に響いた。

当直長である刑事課長、黒柳が通信室の端末を見る。普段から警察官に到底見えない強面の眉間に更に皺を深くしてから「全員! 帰るな!!!」と吼えた。その場にいた署員が凍り付く。

「MS(行方不明)事案だ。未成年四名。場所は××号防空壕跡地。待機員全員呼びますが、いいですか。副署長」

帰り支度をしていた副署長、川嶋がその手を止め、重々しく口を開いた。

「待機員だけじゃなく、全勤務員呼べ。全署員招集だ」

終わった……。その場にいた勤務員が絶望の表情を浮かべた。行方不明事案。通称MS事案は厄介なことに対象者が見つかるまで捜索は続く。それが翌日連休であってもである。

困惑するユリウスの隣にいた犬飼が膝から崩れ落ちた。「どうして……」という慟哭をただただ棒立ちで聞くことしかできなかった。


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