第26話 ダンジョン☆ミッションインポッシブル3

「なんだよあの鳴き声……」

NO SIGNALとだけ表示された画面を見つめながら、顔を引きつらせ犬飼が言った。真っ黒な防空壕の奥から響き渡ったのは、まるで地獄の奥底から唸り声を上げているような、不気味で、聞くもの全てを恐怖に陥れる咆哮だった。

「熊……じゃないですよね……」

ユリウスはそう漏らしたが、このI県には熊はいない。だとしても、熊とは似ても似つかない恐ろしい鳴き声だった。

「エイリアンじゃんこれ……」

誰かの声が言った。そう。確かに遊星からの何とかのような物がいたら、あんな感じの声なのかもしれない。

「えー。以上が、途絶する前に撮影された映像です。なお、捜索についての立ち入りに関しましては、市の管理部署には報告済みです。ただ、市もこの防空壕から先の構造物の深部について内部構造までは把握しておらず、ほぼ手探り状態での捜索となります。各自、受傷事故、二重遭難には十分に気を付けてください」

黒柳刑事課長が苦々し気に言った。課長として、部下たちを現場へ行かせるのは仕方のない事ではあるが、何らかの危険があり得る場所に送るのは、心情的にも苦いものがあるのだろう。

その後を杉本地域課長が引き継ぐ。

「防空壕の入口については、何か所かありまして、内部捜索の各班、割り当ての入口より入って捜索を開始してください。その際、遭難防止用のロープがありますのでそれを持って行ってください」

捜索の指揮に関しては、黒柳課長が指揮する署内指揮所、杉本地域課長の待機する現場捜索本部に分かれ、警察署内で情報収集をする班、市内捜索班、防空壕内捜索班に細分された。ユリウスは防空壕内捜索班である。

バラバラと各自指定の場所に向かう為に立ち上がった。

「じゃ、行こっか。ユリちゃん」

「はい」

但馬がユリウスを促す。ユリウスとは打って変わって、但馬はいつもの態度を崩さず、飄々としている。顔に不安感が滲み出ていたのか、但馬は笑いながらユリウスの肩を叩いた。

「大丈夫。警察官やってたら怪獣に出くわしたり色々あるって!」

「班長、怪獣じゃなくてドラゴンっすよ」

毒島が突っ込んだ。

「てかドラゴンやら自称勇者やらウチしか扱わないっしょ」

別の刑事課員が振り返った。

「それもそうだ」

但馬たちの会話を聞いていた署員たちがそうだなぁ。そうだそうだ。と笑う。先ほどまで過剰に張りつめていた糸がふ、と緩み、ずっと強張っていたユリウスの身体もなんだか楽になった気がした。

「ドラゴンだって扱ったんだからさ、まあなんとかなるっしょ。おい! 二階級特進とか警察葬とかは勘弁しろよ!面倒臭えんだよアレ!」

但馬の冗談にどっと笑い声が響いた。およそ、今から命の危険がある現場へ赴くような雰囲気ではなかったが、境島署らしいといえばそうかもしれない。全員がポジティブシンキングなのだ。ここで勤務して一年ほどになるが、ユリウスはそんな雰囲気が好きだった。

「よし、さっさとアホども、もとい行方不明者見つけて、連休はきっちり休むぞ!」

「おう!」

但馬の檄に、全員の気持ちが一つになった瞬間であった。


「えー、こちらB班。配置に付きました。どうぞ」

既に太陽は沈み切って、群青色の空が広がっていた。ユリウス達B班は配置先の防空壕入り口で待機し、但馬が本署へ無線を入れている。ライトを照らしてみると、手入れが殆どされていないのか、入口へ至る道は雑草に覆われており、錆びついた金網フェンスにはツタがびっしりと絡みついているのが見えた。日中であればなんともない筈の光景が、宵闇も相まって酷く不気味な光景に思える。

≪了解。捜索本部から指揮所、全捜索班、所定の場所に着きました≫

≪指揮所了解。現時刻18時30分より、捜索開始≫

「よし。行くか」

但馬が無線の応答をしてから静かに言った。先頭のユリウスは小さく深呼吸をすると、「開けます」と入口のフェンスに手をかけた。錆びついていて、力を込めないと動かない。金属が擦れる不快な音が響き、光も吸い込んでいきそうな闇が口を開いていた。

「B班、これより防空壕内にて捜索を開始します」

但馬の声に、ユリウスは意を決して足を進めた。


「さっむ……」

後ろの毒島が言った。外は汗ばむくらいの暖かさだったのに、冷蔵庫に入ったと思うくらいに肌寒い。一際寒さに弱いリザード族の毒島ならなおさらだろう。

「随分気温が違いますね……」

ユリウスも二の腕をさすりながら言った。

「こういう所さ、大気が滞留して有毒ガスが発生する場合もあるんだよな。どう?犬飼ちゃん」

但馬がこの前テレビで見たんだよね、と犬飼を振り返った。犬飼は少しだけ鼻をすんすんと嗅ぐしぐさをすると大丈夫だと頷いた。

「ガスみたいな匂いはしないっすね。とりあえず、くっせえ車の芳香剤やら香水やらの匂いがするんで、何人かがここを通ったのは間違いないと思います」

警察犬の数千倍の嗅覚を持つワーウルフはその個体の分泌物や体臭からあらゆる情報を分析できるのだが、強い香料の類が付着していると使えないという欠点があった。

犬飼が鼻の前を扇ぐようにして顔をしかめた。ユリウスもすんすんと大気を嗅いでみるが、ヒヤリとした空気と土の匂いしかしない。

「犬飼ちゃんが言うなら確定だね! よっしゃ行こ!」

「はい!」

犬飼と但馬の言葉にちょっと希望が湧いてきたユリウスは通路の奥へライトを向ける。

さあっと、前方を黒い影が横切ったのが見えた気がした。

「今の……」

ユリウスは息を飲んだ。思わず後ろを振り返る。

「見ました?」

すぐ後ろの但馬がうん、と神妙な表情で頷いた。その後ろの二人も同じくである。

「行きます」

と先頭のユリウスが影が消えた方をライトで照らしながら足を踏み出した。

「誰かいますか~?」

自分の声が狭い坑内に響き渡る。一呼吸、二呼吸くらいたっぷり置いてから、また呼びかけようと息を吸った。


「ぁヴぁアアアアアアアアああぅぁああ!!」


消えたと思った影が、恐ろしい叫び声を上げながら猛然とこちらへ向かってくるではないか。

思わずユリウスの身体は凍り付いた。

「ぎゃああああ!」

後ろから誰かの悲鳴が聞こえる。

冷や汗が背中を伝った。だがユリウスは恐怖に動かない身体を叱咤してライトをそちらへ向けた。

「うわぁああああん! よかったあああ! 人だぁあああ!」

影はずさぁと彼らの前に転がり込み、ユリウスの足元に縋りついた。うわっ!と後ずさろうとしたが、影の力が意外と強くて動けない。ライトを照らしてよくよく見れば、黒いパーカーを着た若い男だ。その顔はぐしゃぐしゃで涙と鼻水に塗れ、心底ほっとしたのか、ユリウスにしがみついてわんわんと泣き出した。

ユリウスは戸惑ったように、後ろの三人を振り返った。

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