Extra Tale:神の庭に響く子守唄
リリア様がログアウトしていき、残ったリリエラは私の膝を枕にしていて。
スラリアちゃんは私の背中に寄りかかるように、ぷにゅぷにゅ眠っています。
『やあ、姉さん。なんだか賑やかになったね』
ふいに、私たちの隣に男の子が座っていました。
いや、私にとってはまったく不意ではないのですが。
少年は快活そうでいて、どことなくチャラさが垣間見えます。
金色の短髪とじゃらじゃらのピアスが原因でしょう。
『賑やかか、確かにそうね』
下を向くとリリエラ、首だけで振り向くとスラリアちゃん。
独りであることに比べると、最低でも三倍は賑やかです。
『でも、他のプレイヤーを担当している私には、ちょっと申し訳ないかな』
ログイン状況にもよるのですが、基本的に一人のプレイヤーに対して一人の私が配置されています。
ほとんど仕事がなくて暇だと感じている私も存在していることを踏まえると、この私は恵まれていると言えるでしょう。
『どうして? 経験は定期的に統合処理が行われるから、さして気にすることでもないと思うけど』
首を傾げつつ、少年は情緒のないことを口にします。
『他の私が経験したことって、あとからアルバムを見ているようなものだから。楽しい思い出だとしても、なんだか少し寂しいじゃない?』
私も小首を傾げようとして、背中にスラリアちゃんが寄り添っているのを思い出して止めました。
『ふーん、僕にはわからないけど、そういうものなのかな』
『ちょっと、他人事みたいに言うんじゃありません。あなたもこの状況になるように加担していたでしょ?』
じろりと睨むと、少年は呆れるように両手を広げます。
こういう大げさな仕草は、中二病ってやつなのでしょうか。
まったく、身内として恥ずかしいことです。
『加担って、なんだか悪いことみたいに。リリエラがあの子を認めた時点で、遅かれ早かれこうなることは決まっていたんだよ』
『そうなんだけど、私にも心の準備をする時間が……』
もう少し時間があれば、あんな風にみっともない時間稼ぎをしないで済んだのに。
思い出したら、また恥ずかしくなってきました。
この少年のことと合わせて、恥ずかしさの二乗です。
『あはは、深呼吸でもするの? それとも無意味に部屋を掃除する?』
『むぅ、あいかわらずいじわるなんだから。それで? なにしに来たの?』
こうやって私をからかいはじめるのは、別の話がしたいか単純にその話題に飽きたかといった場合が多いのです。
私としても、さっさと次の話題を促した方がイライラしなくて済むのでお得です。
『あの子、危ういね』
少年の表情は笑っていましたが、声音は真剣でした。
ふむ、わざわざここに来たことからわかっていましたが、リリア様の話のようです。
『まあ、あなたの立場からするとかなり厄介な存在でしょうね。リリエラをテイムしたことで、キャラクターの性能に関しては高レベルのトッププレイヤーを軽く超えるんじゃないかしら』
それに、ゲームの世界では頭で考えるままに身体を動かせるから、その点においてもリリア様は優れているし。
『本当にね、戦うのが怖い……いや、違う違う、強さじゃない』
納得するように頷きを繰り返していた少年でしたが、次の瞬間にはぶんぶんと首を振ります。
『そうじゃなくて、危ういって言ったのは優しすぎることの方だよ』
『……ああ、なるほどね』
どうやら、リリア様を褒められたと思って早合点してしまっていたようです。
私も危惧していたことではあったので、少年が本当に言いたいことはすぐに理解できました。
『前から言ってたじゃない、僕らが本当の神様になったらダメだって』
『それは、わかってるけど……』
この世界は、あくまでゲーム。
現実と変わらないクオリティは追い求めても、現実とすり替わってはいけない。
制作者だからこそ、『テイルズ・オンライン』の危険性も把握しているつもりではあります。
『あんまり入れ込みすぎるとよくないよ。まあ、もう遅いかな、あの子のスライムの体験をこっそり借りてるぐらいだもんね』
少年が、突然意味のわからないことを言ってきました。
いや、意味はわかるのですが、話の脈絡が原因で理解が及びません。
リリア様に熱を上げすぎるなという指摘はもっともです、自覚しています。
でも、そのことと後半が関係ある?
『スラリアちゃんの、体験……? それって……ぇぁっ――!?』
思い至った衝撃によって、リリエラもスラリアちゃんもふるい落としてしまうところでした。
浮かしかけていた腰を下ろし、後ろ手でスラリアちゃんを支えます。
『誤解しないでほしいけど、別に覗くつもりはなくて偶然気づいちゃっただけだから』
そう言いながら、少年は立ち上がって
ちくしょう、この子たちがいなければ逃がさないのに。
『殺す』
『いやぁ、寂しいのは誰だって話なんだよね』
どうすれば、記憶を消すことができるでしょうか。
もちろん辱めを受けた自分ではなく、目の前の生意気なクソガキの記憶です。
『なにもしないから戻ってきて、ね?』
『戦闘サポート受けるのも怖いし、僕はドロンさせてもらうよ。じゃあ、姉さん、ほどほどにね』
精いっぱいの優しい声音で呼びかけましたが、少年に届くことはなく。
言ったとおり、少年はぱっと消えるようにこの空間から移動していきました。
『くっ、くぅうう……――!』
リリエラとスラリアちゃんが起きてしまうから、地団駄を踏むこともできません。
白い空間には、ちょっとした好奇心に負けた不埒なNPCと、無邪気な寝顔を見せるドラゴンとスライムが残され。
蚊の鳴くようにかすかな、悔しさを押し殺すうめき声がしばらく響いていたのでした。
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