私たちのお母さんは、可愛い女神様です
「リリエラは初めから服を着てるのね、偉いわ」
「ふん、ヒトには隠さなければならぬところがいっぱいあることぐらい知っておるのじゃ」
「お姉様、私はスライムなので仕方ないのですよ?」
そんなことを話しながら、私たちは白い空間に戻ってくる。
使用武器に設定したことで、無事にリリエラもいっしょに来ることができたようだ。
「ただいま、リリア……あれ、いない?」
降り立った白い空間。
いつもは目の前にリリアがいて、
「おかしいな、どこに行っちゃったんだろ」
リリアがいないことでリリエラが怒りだしてしまわないか、ちらりと隣を確認する。
すると、リリエラは不思議そうな表情を浮かべながら、空を仰いでいた。
「この空間、なんだか懐かしさを感じるのじゃ……ここは、神の庭かの……? いや、そんなはずは……」
判別できないような小さな声で、ぶつぶつと呟くリリエラ。
とりあえず、いきなり「約束が違うのじゃ!」と暴れたりはしなそうだ。
「あっちです、お姉様」
スラリアに腕を引かれるままに振り向く。
白い空間の先、キャンバスに間違えて絵の具を垂らしたみたいに、ぽつんと小さな金色の点が見えた。
なにしてるのかな、あの子……ああ、座っているのか。
あまりに遠くて一瞬なにかもわからなかったが、この空間に存在する金色なんてリリアしかないだろう。
「スラリア、ちょっとリリエラと待っててもらっていい?」
私のお願いに、スラリアは力強く頷いてくれる。
テイムした魔物が増えても、頼もしいパートナーであることは変わりないな。
それにしても、もしかしたらリリアはリリエラと会いたくないのかもしれない。
リリエラを使用武器に設定できたのは、リリアが許可してくれたからだ。
そう思っていたけど、違うのかな?
その場に二人を残して、私はリリアのもとに走った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
小走りではあったが、それなりに時間がかかってたどり着く。
こんなに遠くに、体育座りをして小さくうずくまる女神様がいた。
「リリア、ただいま」
『……おかえりなさい、リリア様』
膝の上に頭を載せたまま、リリアは返事をしてくる。
「どうしたの、こんなところで」
振り返ると、今度はスラリアとリリエラが小さい二つの点に見えた。
スラリアは、ちゃんとリリエラを待たせていられるだろうか。
早く戻ってあげたいところだけれど。
『……ご存じないでしょうが、リリエラと別れるとき、私はかなり格好つけて退場していったのです』
「ふふっ、それで、会うのが恥ずかしい?」
こくりと、小さく頭を動かすリリア。
あんまり聞いたことがない恨みがましい口調と相まって、可愛らしいなぁ、まったくもう。
「でも、リリアが“いいよ”って言ってくれたんじゃないの?」
本来リリエラを使用武器に設定することができないのかどうか、実際のところはわからない。
ただ、リリエラがいっしょに来ることを了承してから設定の黒い画面が現れるまで、若干のタイムラグがあったような気がするのだ。
『いえ、その、どうしようか悩んでいるうちに、
「あの子って?」
設定を変更できるってことは運営側なのかな、誰だろう?
そう思って聞き返したけど、もしかしたら内部情報のようなものだから教えてくれないかもしれない。
でも、いまのリリアは弱っていて口が滑る可能性あり?
『まだ表に出ていませんが、私以外の管理者権限を持ったNPCです。普段はサボってばかりなのに、私が嫌がることだけレスポンスが速いんだから……!』
頭を抱えて、足をジタバタさせるリリア。
NPC同士がどんな関係なのかも気になるが、普段と異なるリリアの様子が可愛すぎてどうでもよくなっちゃうな。
「えいっ」
『ひゃっ!?』
可愛すぎるリリアに、後ろからタックルして襲いかかる。
覆いかぶさりながら下から手を回して、羽交い締めにした。
こいつ、柔らかいな。
『な、なにをするのですかっ、リリア様!』
「どうする? こうやって引きずられていって、リリエラに会う? それって“ママ”としてはかっこ悪いと思うけど」
慌てるリリアの耳に顔を寄せて、囁くように脅してあげた。
逃れようと動いていた身体が、おとなしくなる。
『……リリア“ママ”は厳しいのですね、スパルタです』
私を振り返り、リリアは苦笑いを浮かべてつぶやいた。
唇が触れ合うぐらいの距離で、目と目が合う。
リリアが自分で立ち上がろうとする素振りを見せたので、押さえていた手を離した。
「しっかりしているように見えて、意外と手のかかる子だからね」
ゆっくりと立ち上がり、振り返ったリリア。
その視線の先にリリエラを捉えたのだろうか、ほっとするように目を細めた。
『あの、手だけ、繋いでいてもらっていいですか?』
しかし、リリアにとっては逃げ出したくなるほど恥ずかしいことなのは変わらないようだ。
返事を待たずに私の指に触れていることからも、余裕がないことがわかる。
「いいよ」
ぎゅっと、リリアが逃げられないようにその手を強く掴む。
繋げられた私たちの手をじっと眺めてから、リリアはリリエラに向かって歩き出した。
手を繋いだまま、私はその少し後ろについていく。
そして、途方もなく長くか、それともあっという間か。
リリアと手を繋いでいると他のことが考えられないから、定かではないけれど。
私たちは、リリエラたちのところまで戻っていた。
「本当に、ママなのじゃ……でも、どうして……?」
リリエラはリリアを前にして、喜びよりも戸惑いが先になったようだ。
その表情は、泣き出す一歩手前に見える。
『うーん、それはあとで説明しようかな。それよりも、リリエラ、強くなったのね』
ことさらに明るいリリアの口調は、リリエラを泣かせないようにしているような印象だった。
「見てくれていたのじゃ? でも、さっきこやつに負けたのじゃけど……」
こやつ、と指さされた。
可愛いから許すというか、可愛いから怒りすら湧いてこない。
でも、呼ばれ方は考えておかなければいけないな。
『それをちゃんと認められたから、あなたは消えることなく、こうして私に元気な姿を見せてくれている――』
私の手を離し、リリアはリリエラを抱きしめる。
一瞬だけ寂しく思ってしまったのは、リリアの手が柔らかすぎるのが悪いのだ。
『――また会えて良かった、リリエラ』
リリエラの顔を覗きこむように、言葉を紡ぐリリア。
同じぐらいの背丈のはずなのだが、リリアよりもリリエラの方がずっと小さく見える。
「わ、わらわも、ぅっ、ぅう……ママに、また会える、ぅぐっ、ぅあぁ――!」
言葉とともに溢れてくる感情を抑えきれず、リリエラは、ただリリアにしがみついていた。
生意気な態度は、強くあらねばならないという想いがはみ出したもの。
身体は大きくても、その心に背負うにしては過ぎていたのだ。
泣き続けるリリエラの頭を撫でながら、きょろきょろと辺りを見回すリリア。
なにか探しているのかと思ったその視線が、私に定まる。
もしかして泣いているのかな、リリアも。
『こんなに早く会う予定ではなかったのですが……ありがとうございます、リリア様』
私に向けて発せられた言葉は、いつも通りに凛としているものだが。
なんとなく、努めてそうしているような気がする。
まあ、なんとなくだけどね。
リリエラとリリアの姿を見てしまっていた私は、そのあまりにも大きい感謝を素直に受け取るのが気恥ずかしくて。
曖昧に微笑んで、向かいにいるスラリアに目線を送るしかできなかった。
意図を汲んでくれたリリアはリリエラを抱えたままぐるりと回って、スラリアに顔を向ける。
『ふふっ、スラリアちゃんも、ありがとう。すごく強かったよ』
私のパートナーは、とっても天真爛漫のぷにぷに娘だ。
リリアからの賛辞をまるっと受け取り。
「えへへっ!」
満面の笑みで、まっすぐに腕を伸ばし。
その細い指を力いっぱい伸ばすように、勝利のピースを掲げるのだった。
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