Baby Brother Tale
覚えている範囲の記憶の中では、すでに姉は俺よりも背が低かったように思う。
ただ、やはり二歳の年の差というものは大きく、小さい頃のケンカで姉に勝てた試しはなかった。
あと、母さんの方のおじいちゃんが剣道の師範なのだが、田舎に帰ったときだけ稽古をつけてもらうのだ。
そのときの地稽古でも、姉に勝った覚えがない。
俺が小学校高学年くらいの頃には単純な力では勝っていたはずなのだけれど、こと剣道となるとなぜか勝てなかった。
まあ、俺が中学に上がるぐらいの年からやらなくなってしまった――もしかしたら姉が避けていたのかもしれない――ので、いま試合してみたらどうなるかはわからないが。
なにが言いたいかというと、背が低いという見た目に反して、ずっと姉は姉であったということだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
三、四、五。
見えているだけでも、五体のゴウツクバル・ハイハイエナが森を闊歩していた。
もう少し進むと、あれらの警戒範囲に侵入することになるだろう。
かといって迂回したとしても、また別のチームに出くわす可能性が高い。
ハイハイエナは、少数で群れを形成し散在することによって縄張りを拡大するからだ。
まっすぐ突っ切ることに決めて、駆け出す。
「ブフォッフォ!?」
こちらに気づいて振り返ろうとしていた一体のハイハイエナ、その横面に拳を差し込んだ。
斑点模様をまとった巨体が、宙を舞って消えていく。
現実のハイエナとなると小柄なイメージだが、『テイルズ』ではバッファローとかサイのようなサイズ感である。
「ブフゥブフ……」
さすが、警戒心が強い。
一体がやられたことで気が逸るのではなく、残りの四体は固まって距離を取ろうとする。
「――はっ!」
そこで、距離を詰めた勢いを肘に乗せ、一体を消し飛ばす。
時間をかけていると、他の群れを呼ばれてしまうかもしれない。
早く片付けて、こいつらの縄張りを抜けるのが最善だろう。
「ブァッ!?」
地面に沿って、伸ばした脚を一回転。
残り三体のハイハイエナ、その太い鉄棒のような脚を払う。
「せいっ!」
両手を開いて、空中に舞うハイハイエナのうちの二体に、同時に掌底をねじ込んだ。
そして体勢を整え、最後の一体が地面に着く。
「ブゴォウッ!?」
その直前、横腹に正拳突きをお見舞いする。
吹き飛んだハイハイエナは、地面に落ちる前に光の粒になって消えていった。
ひとつの群れが消えたという異変に気づかれる前に。
大きな音を立てないように、森を進む速度を上げるのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
あれは、俺が小学三年生か四年生の頃だったか。
朝、姉といっしょに学校に向かう途中で「行きたくない、学校」と告げたことがあった。
理由は覚えていないが、友だちとケンカをしたとか隣の席の女の子がイジワルでとか、そんな大したことのない理由だった気がする。
たぶん、その前に母さんか父さんに同じような内容のわがままを言って、「いいから行きなさい」などと叱られた後だったのだろう。
姉に言ってもどうしようもないと理解しつつ、半ば八つ当たりみたいな発言をしたのだ。
「どうして行きたくないの?」
そう聞いてくる姉に、俺はなにも言わなかった。
やっぱりくだらない理由だったから、逆にからかわれるのが嫌だったのだと思う。
「まあ、そういうときもあるよね」
しかし、姉はそう言ったきり、俺の手を引いて学校に向かうのとは違う道を進みはじめた。
どんどん歩いて行って、俺が知らないところまでやってくる。
そろそろ登校時間が過ぎようとしているはずなのに、姉は歩みを止めない。
このときはどうだったかな、真面目であるはずの姉の行動に困惑する気持ちが大きかったか。
それと、学校をサボることができる高揚感なんかも持っていたかもしれない。
まあ、けっきょく姉に連れられていった先は市立図書館で、「学校行かない代わりに」と難しそうな本を選んで読まされたのだから、そこは姉ちゃんらしい。
後から怒られたような記憶はないから、学校に行かなかったことはバレなかったのだろう。
ただ、思い返してみると、姉が学校を休んだことは後にも先にもこのときだけ。
自分のせいで姉の経歴に汚点を残してしまった、なんて大げさなことは考えていないが、忘れられないことであるのは確かだ。
「そろそろか……?」
森にかかる霧は、俺がこれ以上進むことを拒むかのように視界をふさぎつつある。
やっぱり、姉ちゃんはなんらかの条件を満たすことで、この先にいるというホワイトドラゴンと戦うことのできる権利を得たのだろう。
しかし、この森の魔物構成は、おそらくレベル50ダンジョンを超えている。
姉ちゃんに頼まれたからって、どうして俺はこんなところにソロで投入されているのか。
昔から、あのときから、俺は姉ちゃんに逆らうことができないのだ。
もしかしたら、世間一般でいう暴君のような姉であった方が、俺の人生はもう少し楽だったのかもしれない。
まあ、そんな“もしも”を考えたところで意味はないのだが。
さて、姉ちゃんにメッセージを送って――と思った瞬間。
霧の壁を突き破るように、その奥から毛むくじゃらの腕が伸びてきていることに気づく。
回避が間に合わないと判断し、メッセージを送るために持ち上げていた手、それをさらに振り上げて毛むくじゃらの腕にぶつけた。
威力が相殺され、甲高い金属音が辺りに響く。
「ギャララルルォッ!」
いまの攻防で霧が少し晴れると、そこには巨大な熊の魔物が立っていた。
顔に般若のような真っ赤なお面が着けられている以外は、身体もなにもかも真っ白だ。
こんな森の中に、シロクマ?
でも、その白い体毛のせいで霧に潜むことができていたのか。
見たことない種類だが、体格のよい巨体は筋骨隆々みたいでかなり強そうだ。
「お前みたいなのを残してたら、姉ちゃんに怒られるだろうがっ!」
「ギャルッ! ギャラッ! ギャルォッ!」
がむしゃらに振り下ろされる、毛むくじゃらの白い腕。
それらを避けずに、一撃ずつカウンターの拳を打ち込むことで相殺していく。
先ほどと同じ金属音が、霧の森にこだまする。
ファイターがグレードアップしたジョブ『カラテカ』は、使用武器になにも設定しないことによって真価を発揮する。
身体強化系のスキル性能、そして武器を使わずに繰り出すスキルの威力が飛躍的に上昇するのだ。
これは姉ちゃんの前では絶対に言えないが、身長によるリーチがあるからこそ活きるジョブ選択だっただろう。
「二十三回、溜めさせてくれてありがとな――!」
「グギャロォッ!?」
軽く跳ねてから空中で身体をひねり、シロクマの側頭部に後ろ回し蹴りをぶち込んだ。
般若のお面が砕けて、辺りに飛び散った赤い欠片が輝きを放つ。
相手の攻撃にジャストタイミングでカウンターを繰り返すことで、後の一撃の威力を上げるスキル。
二十三回分の威力が上乗せされた一撃は、白い巨体を一瞬で視界の外、霧の向こうへと消し去っていった。
「……いいかな?」
少しその場で待ったが、もう魔物が襲ってくることはなさそうだ。
あらためて、姉ちゃんにメッセージを送る。
それにしても、ゲームというものはたくさん遊んでおいて損はしないものだ。
いまのマーシャルアーツだって、他のVRゲームで得た経験によって成り立っているのである。
いやぁ、昔のゲームだけどやっててよかったなぁ、『大激闘アタックファミリーズ』。
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