Tale23:舞い踊る舞台、その袖で機をうかがいます

『あの子からの攻撃をまったく受けずに無傷で、という考えは楽観的すぎるでしょう』


 そろそろホワイトドラゴンが森を出てしまう段になって、私たちは戦いに備えて最後の確認を行っていた。

 リリアは、いまの私たちができる最高の状態、それをどのくらい維持できるのかを試算してくれている。


『おそらく、保って1分といったところではないでしょうか』


「どこかのヒーローでも3分は戦っていられるのに……」


 それしか時間がないということは、攻撃のチャンスはあまり多くないだろう。

 下手をすると、ドラゴンの攻撃を食らってさらに制限時間が短くなるかもしれないのだ。


『ふふっ、もしあの子にわからせてあげることができたら、たとえ1分しか戦えなくても、リリア様は私のヒーローということになりますね』


「えっ? なにそれ、超がんばる……」


 ヒーローだと任命されることが、どういう意味を持つのかはわからない。

 それでも、リリアが微笑んでくれていればそれは私にとって十分に良いことである。

 この女神様は、私のモチベーションの上げ方を知りすぎているようだ。


 私が悦に入っている隣から、スラリアが元気よくリリアに問いかける。


「女神様っ、私は? あいつに勝ったら私もヒーローですか?」


『うーん、じゃあスラリアちゃんはヒロインね』


「やったぁ! がんばりますっ」


 女神の微笑みをともなって、リリアはスラリアの頭を優しく撫でた。

 その様子を見て、撫でてもらえるならヒロインがいいな、なんて現金なことを私は思うのだ。


 さて、無事にスラリアのやる気もぷにぷにになったことで、私とスラリアの準備は完了する。


 あらためて思い返してみると、私たちに与えられた再戦までの時間は、ホワイトドラゴンが強者を求めて移動し続けるためにわずかで。

 そのわずかな時間のほとんどを、私たちはリリアとの戦闘サポートに費やした。


 身体強化の弊害のひとつが、敏捷の上昇によって身体制御が難しくなることだ。

 現実の場合で考えてみてほしい。

 例えば、力の強さが二倍になるのと動きの速さが二倍になるのだったら、確実に後者の方が生活が困難になるだろう。

 よーし歩こうと思って足を踏み出したら、想定よりも格段に早く足が地面に着いているのだ。

 慌ててもう片方の足を出したら、そっちもすでに地面に着いている。


 そんな感じで、身体の動きに合わせて思考の速度も上げなければいけない。

 人によると思うが、私にはこれ以上の高速戦闘は不可能だと断言できる。

 それぐらい、脳が擦り切れるような情報処理が必要な速さなのだ。


『それにしても、キャロ様が作成した装備、破格の性能ですね』


 私の身体を眺めながら、感嘆するように頷くリリア。

 あんまり見ないでほしい、恥ずかしいから。


『物理防御の30パーセントを下げる代わりに、物理攻撃と魔力を10パーセント上昇させる――固定値ではなく割合で変動させる装備は、なかなか作成できるものではありません。いい腕をお持ちですね、キャロ様は』


「いや、まあ……そうだと思うけど……」


 別に寒いわけではないが、そのように身体を抱く。

 うーむ、なんとなく落ち着かない。


 この装備は、“蝶のように舞い蜂のように刺す”がコンセプトだそうだ。

 詳しくは知らないが、昔のボクサーのスタイルを表現した言葉で、“軽やかに動いて鋭く打ち込む”という意味らしい。


 頭上から説明すると、髪型はポニーテールにしていた。

 その根元は蝶を模したヘアゴムでまとめられている。

 これはこだわりのようで、「絶対にひとつ結びにしてくださいね」とキャロちゃんに念を押されたのだ。


 そして、装備の形としてはハイウエストのミニスカートにノースリーブシャツ、蝶のようなバックリボン。

 ぴたっとしている細身のシルエットがかっこいい。

 ただ、綺麗なみ空色の蝶のはねが透けている感じを再現しているシャツの方が、少し心許ないのだ。

 もちろん完全に透けていることはないのだが、身体に張りつく生地だからちょっと気になっちゃう。

 ミニスカートは濃い青色で、翅脈が広がるような黒いラインが全体を引き締める。


 これらが蝶を表した部分で、薄黄色の下地に黒い横線が数本入れられた、膝下丈のロングブーツが蜂を思わせる部分だ。

 そして最後に、同じ色づかいのアームカバーが右腕だけに着けられている。


「なんかこの装備って、うーん、なんて言えばいいんだろ……」


 性能は私の希望通りであるから、なんの不満もない。

 だから、やっぱりこの見た目が。


『エロティック?』


 首を傾げながらつぶやくリリア。

 その艶やかな単語を聞き取って、ようやく合点がいった。


「ああ、それすごく当てはまる。“えっち”ではないのよね、“エロティック”だ」


 セッチさんのお店ので、えっちな服を着ることに対する抵抗は小さくなっていた。

 しかし、この装備みたいな大人の色香が漂うものには、どうしても居心地の悪さを感じてしまうのだろう。


『確かに煽情的ではありますが、かっこいいとも思います。よくお似合いですよ、リリア様』


「えー、そう……?」


 かっこいいなんて褒め方をされた覚えがないから、もしお世辞だったとしても口がもにょもにょする。

 リリアが似合ってるって言ってくれるなら、まあ、ちょっとぐらい恥ずかしくてもいいかな、えへへっ。

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