Tale29:さあ、お人形遊びをはじめましょう?
ぷにゅ、ぷにゅん。
ん? 私、ホワイトドラゴンの攻撃を受けて、どうなった?
ふんぬっと身体を動かそうとするがびくともしない……って、こりゃひどいやっ!
私の身体は、手も足も、頭すらも消え去って、ただの大福みたいにまん丸になっていた。
手も足も出ないとは、まさにこのことである。
――お姉様。
うわっ、びっくりした。
意識の中に、ぱっとスラリアの声が映り込んできたのだ。
いままでこんなことなかったけど、やっぱりあの世に逝っちゃったのかな?
――違いますっ、お姉様は死んでいません!
あら、そうなの?
じゃあ、このつるぷに大福ボディは、いったいなに?
――お姉様、なるべく丸くなってあいつの攻撃を受けきろうとしましたよね?
うん、と頷こうとすると、その代わりに私の身体はぷにょんと揺れた。
――差し出がましいかとも思ったのですが、丸くなるのはスライムの得意分野です。なので、お姉様に替わって“丸くなる”形態変化を行いました。けっきょく、私の魔力で修復しながら耐えた結果、外側は大きく削られてしまいましたが中心部は無事でした。いまは、あいつからは見えないでこぼこの陰に隠れている状態です。
なるほど、大福かと思ったら実は中身の餡子だけになっていたということか。
ふふっ、ありがとう、スラリア。
あなたが機転を利かせなかったら、きっと負けていた。
――えへへっ、お姉様のお役に立てたのなら、なによりです。
戻ったら、もちもちウィスプ餅を買ってあげるからね。
――わーいっ、追いクリームしてもいいですか?
ううむ、クリームの追加か……作り手が一番美味しいと思う状態で提供されているはず、と考えると邪道ではあるのだが。
いいよ、どうせならウィスプをクリームまみれにしてやろう。
――やたっ、お姉様、絶対に勝ってくださいね!
スラリアがそう言った瞬間、なにかが切り替わるような感覚を得る。
どうやら、身体の主導権が私に移ったようだ。
このままの姿も可愛いけれど、ちょっと戦いづらいかな。
人間の姿をイメージすると、まん丸の身体はうにょんと膨れ上がり元の身体に戻った。
キャロちゃんに作ってもらった装備、そして控えめな胸の膨らみも、やれやれまったく元通りだ。
近くに落ちていたローゼン・ソードを手に取り、隠れていた隆起の陰から踏み出していく。
「なんじゃ、そこにおったのか」
頭上から、ホワイトドラゴンの声が降ってくる。
見上げると、私が普通に跳んでも届かなそうな高度で浮かんでいた。
確かに、空中にいる方が奇襲などの心配はなさそうだからな。
「ねえ、そろそろ止めてもいいかしら?」
あとからぐちぐち言われたくないから、いちおうお伺いは立てておくことにしよう。
ホワイトドラゴンは、私の曖昧な問いかけに対して少し考えた後。
「ふははっ、なるほど、ようやく身の程をわきまえることができたようじゃな。いいのじゃ、その剣を置いていけば、わらわはそれ以上の手出しはせん」
そう、見当違いな答えを返してきた。
勝つことを諦めた私が、降参したと思ったのだろう。
「なにか勘違いしているんじゃない?」
面白いのはこれからだと、教えてあげたではないか。
あなたは、強いやつと戦いたいんでしょ?
不可解ゆえかもしくは不快ゆえか、押し黙るホワイトドラゴン。
理由がどちらでも関係ないので、私は告げる。
「私が止めるのは、手加減よ」
時が止まったかのように、ホワイトドラゴンは微動だにしない。
勘違いしたことが恥ずかしかったのかなぁ?
大丈夫だよ、誰にでも間違いはあるから。
少しの時間が経ち、ようやく口を開いたホワイトドラゴン。
その声色は、怒りを抑えているような静けさを持っていた。
「……ふん、笑えもしないくだらない冗談じゃ、わらわを前に手加減をする理由がどこにある」
まあ、そうだよね。
あなたは絶対的な強者で、私は挑戦する資格があるかも疑わしい羽虫。
普通に考えると、それは間違ってはいないのでしょうね。
でも、そんな“普通”を、私は面白いと思わない。
「だって、すぐに戦いが終わっちゃったら、私の物語の読者が物足りなさを感じちゃうでしょ?」
「なにを、意味のわからんことを……」
呆れて言葉も出ないといった様子で、ホワイトドラゴンは口を閉ざす。
代わりに、新たに複数の光球を生じさせ、周囲の空間を埋め尽くすように配置していった。
そうだ、もう言葉はいらないだろう。
戦ってみればいい。
「すぐにわかるわ、魔力解放――ローズドール・マリオネット」
宣言し、ローゼン・ソードに魔力を注ぐ。
その分だけ、
じわじわと私の腕を、身体を、脚を、薔薇は侵していった。
ところどころ、薔薇の棘が皮膚を裂き、露出している。
締めくくりに、両の手の甲、足の甲、そして後頭部に、それぞれ一輪の薔薇が咲いた。
そんな私の変身など気にも留めないのか、ホワイトドラゴンが仕掛けてくる。
「避けることは叶わん、ホーリー・フレ――アッ!?」
おそらく、なにかスキルを放とうとしたのだろう。
全ての光球が光線に変わる瞬間を見たから、間違いない。
しかし、それよりも速く。
私は、ホワイトドラゴンの鼻面に膝を叩き入れていた。
背後で、踏み込んだ地面に遅れて亀裂が走る音が聞こえる。
「ぅくっ、な、なんじゃ――!」
続けて、空中で前転するように身体を縦に回す。
回転した勢いを利用して、ローゼン・ソードを振り下ろした。
体勢が整っていないホワイトドラゴン、その首筋を目掛けて。
殺ったか。
そう思った瞬間、剣とドラゴンの白い鱗が並ぶ首の間に、ガラスのような光の障壁が生じるのが見てとれた。
構わず、というか、振り下ろすのを止めることはできず。
私は、光の障壁にローゼン・ソードを叩きつけた。
瞬間的に発生した甲高い金属音が、私の耳を強く叩き返してくる。
分厚い一枚なのか幾十も重なっているのかは定かでないが、かなり強固なつくりになっている障壁を、完全に破ることはできなかった。
「くそっ、羽虫がっ……!」
しかし、振り下ろした剣の勢いまでは、打ち消せていない。
障壁で守られたホワイトドラゴンは、それごと地面に激しく墜ちたのだった。
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