Tale30:生意気なドラゴンは、わかってくれました

 大きなカブのお話を知っているだろうか。

 複数の人間がよってたかってカブを地面から引き抜いてやろうとするのだが、あまりに強力に根を張っているためびくともしない――という物語だ。


 それはフィクションじゃないかって?

 まあ、ゲームの世界の事象を語るのだから、フィクションでいいような気はするのだが。

 では、外に出てそこら辺に生えている草を引っこ抜いてみてほしい。

 草が見当たらなければ、街路樹をなぎ倒すとかでもいい。


 どうだろう、どちらも意外と骨が折れる作業だったのではないだろうか。

 骨も筋肉も持たないが、植物のパワーというものはすごいのだ。


「……どこまでも、忌々しい剣なのじゃ」


 岩山の地表にできたクレーターから、ホワイトドラゴンはゆっくりと起き上がった。

 がらがらと、翼や身体に載っていた岩の破片が音を立てて地面に落ちる。

 両の翼を大きく一振りすると、残っていたわずかな破片も辺りに飛び散った。

 白い龍鱗がきらやかに輝く姿は、あまりダメージを受けたようには見えず。

 もしかしたら、ローゼン・ソードを防いだ光の障壁を使って、地面にぶつかった衝撃も和らげたのかもしれない。


 警戒して追撃しなかったのは、正解だったかな。

 隙があるかどうか、わからなかったからね。


「自身に薔薇をめぐらせて、強制的に速さと膂力を引き出す……スライム使いとはいえ、正気の沙汰ではないのじゃ」


 ホワイトドラゴンが言ったように、いまの私の身体強化にはローゼン・ソードで生み出した薔薇が関係している。

 頭の先から足の先まで、薔薇の蔓を骨や筋肉の代わりに配置。

 それぞれの腕に二本、脚に三本を通していた。

 そうすることで、強靱な植物の力でもって身体を動かすことが可能になるのだ。


「あら、やっと私のことを見てくれた。でも、急に褒められてもどんな顔をすればいいかわからないかな」


 軽口、いや意趣返しか。

 さらに、羽虫の能力を考察するなんて面白いのね、という態度を言外に滲ませる。


「ふん、狂っているというくくりではその剣の持ち主と大差ないから好かんのじゃ、別に褒めとらんわ」


 クレーターから一歩踏み出し、ホワイトドラゴンは私の前にそびえ立つ。

 巨体ゆえに近く感じるが、おそらく十数メートルは離れているだろうか。

 まあ、ホワイトドラゴンからしても、私からしても、この距離はあってないようなものだ。

 お互いの首筋に剣の切っ先を突き立てているという事実は変わらない。


「その頭のおかしい強化は、それほど長くは保たんじゃろ?」


 うん、正解。

 骨や筋肉のようにとはいっても、当たり前だが本当にそうであるはずがない。

 薔薇を侵食させている間は、身体を修復し続けなければいけない。

 スラリアと同調していなければ、この薔薇によるダメージだけでデスしていることだろう。

 さらに、先ほどまでのダメージの蓄積を考えると、そろそろ制限時間を迎えてもおかしくない。


「そうよ、だから時間がないんだけど……お喋りで時間をつぶす作戦かしら?」


「そんな卑怯な真似はせん」


 即座に、ホワイトドラゴンは首を振った。

 オージちゃんが言っていた、「ドラゴンたちは実直すぎた」と。

 それは、時間が経った今でも変わらないみたいだ。


「よかった、空を飛んで逃げ回ったりされたら、絶対に勝てないと思っていたのよね」


「ぬかせ、正々堂々と相対して勝たなければ、なんの意味もないのじゃ」


 その言葉に嘘はなく、翼を広げて攻撃の準備をはじめるホワイトドラゴン。

 私の制限時間を気にしてくれているのだと思う。


 それに応えて、私も構える。

 たぶん、次の攻撃が勝敗を決めるものになるだろう。


「奇遇ね、私もそう思うわ。小細工はなし、正面からぶつかって、どちらが勝っても恨みっこ無し」


 ローゼン・ソードの柄を、両手で握る。

 そこに、両手ごと薔薇の蔓がぎちりと巻きつく。

 斬りつけた衝撃を抑えきれず威力が落ちては、斬れるものも斬れないからだ。


「万に一つも、おぬしが勝つ未来などありはせん――ホーリー・メテオリックシュート」


 ホワイトドラゴンに近いところから順に、大中小の環状の光が私をその中心に据えるように現れた。

 こちらから見ると、光の輪をくぐった先にホワイトドラゴンがいるという状況だ。


「それがあなたの、全力全開?」


「おぬしからすれば、そうなるのじゃ」


 その返答からは、まだ余力を残していることが窺える。

 しかし、もうそれについて四の五の言っている時間はなかった。


「本気を出さなかったこと、後悔しなければいいわね」


「ふははっ、おぬしこそ後悔せぬよう、全力で来るのじゃ」


 言葉のやり取りは、ここで終わりだ。

 私は、ぎちぎちに縛り付けた両手に、さらに力を込める。


 永遠を思わせるような、間が置かれて。

 ホワイトドラゴンが発生させていた、光の輪の内側に。

 ステンドグラスに描かれるような幾何学模様が現れた。


 それが光り輝く――刹那。


 気づかれないように、ホワイトドラゴンの背後に忍ばせていた薔薇。

 その蔓を幾本も束ねた縄が跳ね上がり、まさに攻撃しようとした瞬間のホワイトドラゴンの翼にかかった。

 勢いのままに、翼を引き下ろす。


「ぬっ? なんじゃ、小癪な真似をしおって!」


 ただ、いくら束ねているとはいっても、薔薇が与えられる影響はわずかなもので。

 ほんの少しだけ、ホワイトドラゴンの上体を傾けただけだった。


 その傾いた視界の中、ひとつの人影が上空に跳び上がった。

 おそらく、ホワイトドラゴンは、攻撃を避けるために策を弄したのだと思ったことだろう。

 小細工なんてしないと言っていたのに卑怯なやつめ、とも思ったかもしれない。


 しっかりと三本の光輪の先を動かし、上空に逃げた卑怯者に照準を合わせる。

 そして、発光。

 超広範囲の閃光が、瞬く間に一帯を埋め尽くした。

 それが走った跡には、なにも残らない。


 そう、私が薔薇を密集させて作ったローズドールも、一瞬で灰燼と化した。

 ホワイトドラゴンが、ちゃんと狙いを上に逸らしてくれてよかったな。

 あの範囲の攻撃であれば、別にそのまま撃ってもローズドールに当たっていただろう。

 しかし、確実な勝利を目指したのか小細工への怒りなのかは定かではないが、結果はこの通りだ。


 光線に潜りこむように駆けて、囮でない本体の私はホワイトドラゴンのふもとに迫っていた。

 近くから見上げると、視界いっぱいにその巨体が広がる。


 怖いか? いや、むしろ奮い立つ。

 大きいやつらは、誰だってなんだって――。


 ホワイトドラゴンは、まだ足もとにいる私に気づいていない。

 その間に、踏みしめた地面の奥深くまで薔薇の根を張る。

 剣を構えた身体をめぐる薔薇の蔓が軋んで、悲鳴のような音を上げていた。


「頭が高くて生意気なのよっ!」


「――っ!?」


 斜め下から斬り上げるように、蓄えていた力を一気に解放する。

 薔薇による加勢、スライム強化と統率のスキル、スラリアとの同調。

 これが、いまの私たちができる、最高の攻撃だ。


「ぅぐっ――!」


 光の障壁による防御は、間に合わなかったようだ。


 遮るものはなく、ローゼン・ソードは斬り進む。

 翼の下から入り、胴体の中心へ。

 そこまで到達したところで、剣先がぴたっと止まった。


「……おぬし、やりおるわ」


 ゆっくりとこちらに顔を向けて、ホワイトドラゴンはそうつぶやいた。

 負け惜しみのような感じはないので、素直な賞賛と受け取ろう。


「魔力解放――ふふっ、ありがとう、わかってくれて嬉しいかな」


 外皮が硬質で防御力が高くても、内部はその限りではないのが自然だろう。

 残った魔力の全てを、ホワイトドラゴンに刺さるローゼン・ソードに注ぎ込む。

 荒れ狂う薔薇の奔流が光を求めて、あらゆる方向に蔓を、根を、伸ばしていく。


 体内に生じた薔薇にあらがう術は、いくら強大なドラゴンでも持ち得ていなかったみたいだ。


 魔力が足りなくなって、私とスラリアの同調が強制的に解除され。

 顔を見合わせる私たちの前には、白銀に輝く大きな花瓶と、そこから咲き乱れる真紅の薔薇。

 趣味が悪いと言わざるをえない、絢爛華麗なオブジェだけが残されていたのだった。

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