紅薔薇に誓って、あなたを守ります
「なんか手応えを感じない……これって、たぶん逃げられたよね?」
「そうですね。魔物を倒したときって、光がしゅわわしゅわ~ってなりますもんね」
私との同調を解いたスラリアが、すっぽんぽんのまま両手をワカメのようにゆらゆらと動かす。
ぜんぜんそうは見えないのだが、魔物を討伐したときの演出を再現しているつもりのようだ。
身体を揺らしても胸が揺れないのは、ゲームの倫理的な問題か、それとも現実の私の問題か。
というか、同調する範囲の設定にスラリアが着ている服が入らないのを修正してほしいのだけれど。
そんなままならない思いを持って、スラリアの身体――主に平坦な部分を中心に――を睨む。
すると、スラリアは慌てたように、そこら辺に落ちていた服をいそいそと着始めた。
うん、“裸でいたらダメだからね”という約束をちゃんと覚えていたようだ。
私があなたを睨んでいた理由は違うものなんだけどね。
「さて、二人とも、大丈夫?」
森の地面にへたり込んでいる、おかっぱとボーイッシュの女の子に声をかける。
ボーイッシュちゃんことアキラちゃんは、やっぱり薔薇の卵の中にいたみたいだ。
いくつかの赤いダメージエフェクトがまだ残っているが、死んでしまうほどではなさそう。
「……リリア様、ごめんなさいっ!」
ビシッと立ち上がったアキラちゃんが、こちらに向かって綺麗に頭を下げる。
なんかイメージ通り、体育会系って感じね。
「どうして謝るの?」
「あのっ、危ないとわかっていたのに、
私が首を傾げると、アキラちゃんは頭を下げたまま言葉を続ける。
うーむ、転移してもいいか申請したのは私の方だし、けっきょくアロリーロちゃんは倒せたからいいんじゃない? とも思うけど。
それを言っても、この子は納得しなそうだ。
そう考えて、私はとことこと歩き、おかっぱの女の子に寄り添う。
心配そうにアキラちゃんを見つめる、その子の肩に手を置いた。
「私はその場にいなかったからわかんないけど――ねえ、あなた、名前は?」
「えっ、私ですか? えっと、キャロ、です」
きょとんと驚いたような顔で私を振り向いたおかっぱちゃん。
そのままの顔で、可愛い名前を可愛く教えてくれる。
切りそろえられた前髪の下から、くりっとした瞳が覗いてきてドキドキさせられてしまう。
「アキラちゃんは、キャロちゃんを助けようとしたんでしょ?」
私の問いかけに、「えっと、あの……その、ごにょごにょ」などと口ごもりながら恥ずかしそうに頬を赤らめているアキラちゃん。
うん、もう胸がいっぱい……青春だね!
私も勉強ばっかりじゃなくて、甘酸っぱい体験がしたかったな!
「よかったね、この子が無事で」
キャロちゃんの背中をトンと押す。
とてとてと歩を進めたキャロちゃんは、慌てて受け止めたアキラちゃんの腕の中に収まった。
女の子同士ではあるけど、二人が揃っている光景はすごく絵になる。
「あの……リリア様、ありがとうございました」
アキラちゃんの腕の中から、キャロちゃんがぺこりと頭を下げてくる。
小動物感があるから守ってあげたくなるというか、なかなか罪な女の子ね、キャロちゃんは。
「ううん、ほんとに気にしないで」
私の返事を聞いて、くしゃっと嬉しそうに笑うキャロちゃん。
あーあ、私も抱きしめたいけどなぁ。
「アキラちゃんも、ありがとう」
「っ! いや、私が洋館に誘ったのに、けっきょくなにもできなく――」
感謝を受け取る資格なんてない、そんな様子でアキラちゃんは首を振る。
しかし、黙っていてと言わんばかりに、キャロちゃんがアキラちゃんにぎゅっと腕を回す。
それでも、なにか言おうと口を開くアキラちゃんだったが、自分を見上げるキャロちゃんの顔を見て、けっきょく口を閉じるのだった。
あらあら、私とスラリアもいるんだけど、お熱いことね……って、あれ?
私の近くに、スラリアがいない。
どこに行ったのかしら、と探そうとしたとき。
「お姉様っ、なにか落ちていましたぁ」
森にかかる深い霧の中から、スラリアがひょこっと現れた。
その手には、柄も刃も紅い剣を持っている。
一瞬、血塗れの剣のように見えてぎょっとしたが、そういう装飾みたいだ。
「落ちてたって、あなた、勝手に持ってきたら……」
しかし、スラリアが持っている剣をよく見ると、それは薔薇を思わせるような剣であった。
もしかしたら、アロリーロちゃんを倒した報酬のようなものなのかな。
スラリアから剣を受け取って、近くで眺めてみる。
紅い刃はリリアリア・ダガーよりもはるかに長く、1メートルぐらいはあるだろうか。
柄の部分には薔薇が巻き付く意匠が施されていて、ひじょうに可愛らしい。
「おっ?」
「おっ?」
私とスラリアの反応が、スキルに関係なく同調する。
手に持っていた剣がふいに形を変えて、花のつぼみのように凝縮したのだ。
驚く私たちの目の前で、つぼみはさらに小さくなり、やがて指輪の形状を取る。
それは、小さな薔薇のレリーフがおしゃれな、紅い指輪だった。
手のひらにぽとりと落ちてきた指輪に、私とスラリアが顔を見合わせていると。
「それ、魔法剣ですね」
いつの間にかアキラちゃんが近くに来ていて、そう教えてくれる。
キャロちゃんがぴったり寄り添っているのが、微笑ましい。
「魔法剣って、なに?」
「魔力で形作られる剣のことです。その指輪に魔力を込めると、剣が現れると思います」
私が聞き返すと、アキラちゃんはわかりやすく説明してくれた。
なるほど、持ち運びやすそうなのは便利かな。
「ありがとう。じゃあ、アキラちゃん、これ使う?」
でも、私にはリリアリア・ダガーがあるからなぁ。
それに、テイマーは剣を使用武器に設定することができないから。
対してアキラちゃんはナイトのジョブらしいし、持っていて損はしないだろう。
「えぇっ? そんな、助けていただいた上に、ボスドロップまでもらうわけにはいきませんっ」
まあ、アキラちゃんはそういう反応するだろうとは思ったよ。
そしたら、キャロちゃんもきっと同じかな。
「キャロちゃんは、どう?」
とりあえず指輪を差し出してみるが、静かに首を振られた。
そうだよね、あなたたちは、そういう娘たちだよね。
「うーん……それじゃあ、私がもらおうかな」
「えっ?」
順当な采配かと思った私の発言に対して、隣のスラリアから疑問が呈された。
そちらに視線を向けると、寂しそうな顔をしている。
あぁ、そういうことか……アキラちゃん、キャロちゃんときたら、残ってるのはスラリアだけだもんね。
「ごめんごめん、のけ者にしたわけじゃないのよ?」
少し慌てて、愛しいスラリアの手を取る。
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【使用武器】スライム【名前】スラリアに
ローゼン・ソードを装備させますか?
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すると、私の目の前に黒い画面が表示された。
これが出てくるってことは、ゲームのシステム上でスラリアに装備ができるってことだよね?
まあ、いまは忙しいから、あとでリリアに詳しく聞いてみよう。
「えっ、あの、お姉様……?」
「スラリア、この剣は、あなたが使ってくれる?」
私の問いかけに、スラリアは泣きそうに微笑みながら頷いてくれる。
システムメッセージに“はい”と返事をして、スラリアに指輪をはめた。
スラリアの青みがかった細い指に、薔薇の紅い指輪はよく似合っている。
あとで気づいたのだが、私はスラリアの左手、その薬指に指輪をつけてあげていたらしい。
それが理由だったのか、アキラちゃんとキャロちゃんからなんだか温かい眼差しを向けられていたのは。
くそぅ、こっ恥ずかしいったらありゃしない。
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