デザートには、甘いキスを

お友だちを作りたければ串刺しが一番です

――リリア様、お気をつけて。いってらっしゃい。


 凛とした見送りの声が、まだ耳に心地よく残っているけれど。


 アキラちゃんの所在地への転移を許可してもらって、私とスラリアが転移してきた場所は。

 薔薇、薔薇、ばらばらと薔薇。

 学校の体育館ぐらいの空間を囲うように、びっしりと薔薇が敷き詰められている。

 ちょっと薄暗いし、なんだか不気味だ。


「おー? なんか変なところ……アキラちゃん、いるー?」


 アキラちゃん、こんな場所で遊んでるのかな。

 その姿を探すため、周囲を見渡そうとしたとき。


『あれぇ、もうひとりのお友だちぃ?』


 小さな女の子がはしゃいでいるみたいな、甲高い声がかけられる。

 そちらに顔を向けると、ほぼ全裸の女の子がいた。


 えっ、これって『テイルズ・オンライン』の表現規制的に大丈夫?

 見えてはいけない女の子のいろいろは薔薇の蔓が巻き付いて隠されているが、えっちなことに変わりはない。


「あなた、そんな格好して恥ずかしいと思わないの?」


 あら、私ったら初対面の人に対して、つい思ったことを!


 そんな失礼な物言いにも、薔薇の女の子は微笑みを返してくれた。

 おー、なんか変態な見た目だけど、この娘可愛いぞ?


『ぅにゃあ? アロリーロはどんな格好でもぉ、可愛いでしょぉ?』


「うん、可愛い」


 アロリーロちゃんっていうのか、変な名前だなぁ。

 そう思いつつも、私はアロリーロちゃんの問いかけに即答する。

 だって、可愛いんだもの!

 可愛ければ頭がぽけぽけでもなんでもいい、可愛いは正義!


「ちょっと、お姉様っ! 私以外の魔物に色目使っちゃ嫌ですぅっ」


 嫉妬をしたスラリアが私の腕を引っ張ってくる。

 なんだもう、こっちも可愛いやつだなぁ……って、魔物?


『そこのスライムちゃんはぁ、すこぉし失礼かなぁ?』


 そうだよ、こんな可愛い娘が魔物なわけ……いや、魔物じゃん!

 飛び抜けた可愛さに騙されていたが、アロリーロちゃんの紅い瞳は、人間のわりには蠱惑的に輝いていて。

 さらに、トゲトゲの薔薇を身体に巻き付け、その周囲には薔薇たちがふよふよと漂う。

 これが魔物でなくて、なんだと言うのだろうか。

 

『このアロリーロをぉ、スライム程度の魔物といっしょにしないでよねぇ!』


「スラリアっ!」


 アロリーロちゃんが手を振り上げるのに合わせて、薔薇の塊が私たちに飛びかかってくる。

 咄嗟にスキルを使用してスラリアと同調、そして身体強化も重ねた。

 ぎりぎりで横にスライドして、迫る薔薇たちの突進を躱す。

 身体強化を温存しようなどと考えたら危なかっただろう。


「いきなりなにする――あれっ? おかっぱちゃんがいる!」


 高速で流れる視界の中、アロリーロちゃんの背後におかっぱの可愛い女の子が見えた。

 アキラちゃんの仲良しさん、おかっぱちゃんだ。


 しかし、私が思わず上げてしまった声にも反応せず、なんだか虚ろな表情を浮かべている。

 ただ事ではないなにかがあった、そんな雰囲気。


 そういえば、アキラちゃんの所在地に転移してきたはずなのだった。

 追ってくる薔薇たちから距離を取りながら、辺りを観察する。

 うん、どうだろ……アキラちゃんがいるとしたら、あの薔薇が群集して卵形になっている内部かな。


『うにゅぅ、ちょこまかとぉ……!』


 じゃあ、アロリーロちゃんは敵、なのか。

 うーん、せっかく可愛いのに、もったいない。


 私は、薔薇が蔓延はびこる壁を走るように移動していく。

 その途中、足元で薔薇たちが盛り上がろうと蠢くのを知覚。

 おそらく、アキラちゃんのように私を捕らえようとするのだろう。

 そう考えて、床に向かって飛び退いて避ける。

 避けた先、着地した瞬間にそこの薔薇も動き出した。

 しかし、すでに私はいない。


 追尾してくる薔薇も、床や壁からせり出してくる薔薇も、私を捕らえるには速度が足りなかった。


『もうもうもうもうっ! そんなにお友だちになりたくないならぁ、死んじゃえよぉ!』


 地団駄を踏んでいるアロリーロちゃん、とっても可愛いなぁ。

 そんなのんきなことを考えていると、先ほどまでとは比べものにならない大きさで、薔薇が激流のごとく降り注いでくる。


『うふぇふぇぇ、ローゼンバッシュ! ローゼンバッシュ!』


 繰り返し繰り返し、幾重にも重なる薔薇の波が、この空間の一角を蹂躙し続ける。

 もしあの爆心地にいたら、ひとたまりもないだろう。


『えへぇ、ロォウゼンンバァシュゥゥゥ――!』


 トドメの一撃のつもりなのだろう、アロリーロちゃんは天井に吊り下げられていた薔薇の塊を落とす。

 シャンデリアっぽかった薔薇が床に衝撃を与え、自らはひしゃげて飛び散っていった。


『……あーあぁ、うふふっ、アロリーロはぁ悪い子ぉ? お友だち、ぷふっ、壊しちゃったぁ』


「ごめんね、アロリーロちゃん」


『ぅえっ!?』


 アロリーロちゃんが私を振り返る前に、薔薇にまみれた背中にダガーを突き立てる。

 身体強化スキルの恩恵を受けて、私は壁から天井を伝って走り、薔薇の激流から逃れていたのだ。

 お友だちを壊すのに必死で、気づいていなかったみたいだけどね。


『んっあぅ、これやばいよぉ……あの御方の――』


 なんだか艶やかな声を漏らすアロリーロちゃん。

 それを“ちょっとえっちね”と軽率に思った瞬間。

 ダガーが貫いていたアロリーロちゃんの身体が、霧に変化したかのように空間に溶け込んだ。


「おっとと……」


 急に支えがなくなって、たたらを踏む。


 反撃があるのかもしれない。

 そう警戒して、急いで顔を上げて注意を払う。

 しかし、いつの間にか、空間を覆い尽くしていた薔薇は綺麗に消え去っていて。

 さらに、さっきまで屋内にいたはずなのに、私たちは薄暗くて不気味な森に残されているのだった。

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