ここってアロリーロのお家なんだけど?
いま私とアキラちゃんは、ちょうど玄関の扉から入ったところに立っていて。
その二人が寄り添っている足もとだけが、薔薇に侵されていなかった。
しかし、二歩、三歩と進めば、自ずと薔薇の園に足を踏み入れることになるだろう。
これが一本であれば、純粋に綺麗だと思ったかもしれない。
だが、何百、もしかしたら何千もの薔薇が敷き詰められている光景は、恐怖でしかなかった。
しかも、薔薇と薔薇のすき間から見える蔓には、毒々しい棘が無数に存在している。
実際に毒の状態異常を受けるかどうかはともかくとして、視覚的な怖さは抜群だ。
「アキラちゃん、なんか嫌な予感がしない……?」
「ほんと、不気味だね……」
私がアキラちゃんを見上げると、不安そうな顔と声が返ってくる。
一度撤退して情報なりなんなりを集めてから再度挑戦するのがいいではないだろうか。
そんな弱気な考えが浮かんだ次の瞬間、私たちの背後でガサガサと物音が聞こえた。
慌てて振り返ると、幾本もまとまった大量の薔薇が、入り口の大きな扉を這うように急激に蔓を伸ばしていた。
蛇を思わせるようなその動きは不吉な印象を与え、私の心をぞわりと逆立てる。
うねうねと蔓をくねらせながら、やがて薔薇は扉を覆い尽くした。
「――アキラちゃんっ!」
「うんっ、ウインドスラッシュ!」
名前を呼ぶだけで、私の意図が伝わって。
アキラちゃんは、扉に向かって大きく剣を振り上げた。
放たれた風の刃が薔薇も蔓もまとめて切り裂いて突き進む。
しかし、薔薇が伸びる速度は凄まじく、一瞬で何事もなかったかのように修復されてしまう。
「キャロちゃん、これって……」
「うん、逃げられないやつ、かもね」
こういう場合、漫画やアニメだと、この薔薇たちを操っている主を倒さないと外に出ることはできないものだ。
きっと、それは『テイルズ・オンライン』というゲームでも同じだろう。
私たちは当たりを引いたのか、それとも、ハズレに首を突っ込んだのか。
『ちょっとぉ、せっかく遊びに来たんだからぁ』
私の思考を中断するように、頭上から甲高い声が降り注ぐ。
耳障りな音域のはずなのに、なぜかもっと聴いていたくなる不思議な声。
それにつられたのか、私とアキラちゃんは顔を上げる。
『すぐ帰ろうとしないでぇ? もっとゆっくりしてってよぉ』
薔薇で埋め尽くされた、エントランスホールの天井。
その中央に、なにかが吊り下げられていた。
いや、“なにか”というのは正体不明による呼称ではなく、意味不明によるものだ。
豪奢なシャンデリアと見まごう薔薇の塊、それが天井から垂れている。
その先端で、薔薇のシャンデリアに
『私の可愛い薔薇ちゃんたちもぉ、遊びたい遊びたい遊びたい遊びたい遊びたい遊びたい遊びたい遊びたい遊びたい遊びたい遊びたい遊びたい遊びたいってぇ楽しみにしてるんだからぁ』
けらけらけらけら、声の主は大きく口を開けて笑う。
姿形は、人間の女の子と変わらない。
見た目だけで言えば、私よりも年下のようにも見えるけど。
しかし、薔薇が身体中に巻き付いて蔓の棘が無数に食い込んでいても平然としている。
その姿は、この子が人間であるという考えを否定していた。
「……あなたが薔薇を操っているの?」
いちおう言葉を喋っているのだから、意思疎通ができるかもしれない。
私は、天井の女の子――のようななにか――に向かって問いかけた。
『操るぅって、ひどくなぁい? 違うよぉ、みぃんな私のお友だちだよぉ』
そう答えながら、薔薇のシャンデリアが女の子とともにゆっくりと降りてくる。
だんだんと近づくその顔は、とても可愛らしいもので。
もし身体の大事なところを隠すように巻き付く薔薇がなければ、違う意味でドキドキしてしまうところだっただろう。
服を着ていないとしか思えない女の子は、煽情的が過ぎるのだ。
『よいしょぉ、っと』
薔薇の絨毯が敷き詰められた床に、女の子が降り立った。
しゅるしゅると、シャンデリアは天井に戻っていく。
足に薔薇の棘が刺さっているのだけれど、痛くないのかな?
『私、アロリーロっていうのよぉ。ねぇ、あなたたちのお名前はぁ?』
当たり前だが、女の子の足を心配する私の思いは杞憂だったようだ。
薔薇の女の子、アロリーロはなんともない顔のまま、私たちの名前を尋ねてきた。
「……キャロ」
「アキラだ」
『えへへぇ、キャロちゃんにぃ、アキラちゃん。うふっ、なんだかぁ久しぶりだなぁ』
ゆらりゆらり、ゆっくりとアロリーロが私たちに近づいてくる。
楽しそうな口調と裏腹に無表情なのが、なんとも不気味で。
彼女が踏み出すたびに、足下の薔薇が愛おしさを感じているかのように蠢くのだ。
後衛の私を庇うため、一歩前に進んだアキラちゃんがソードを構える。
「……なにが、久しぶりなの?」
私も絵筆を取り出して戦う準備をしつつ、アロリーロに声をかけた。
彼女は立ち止まり、無表情だったのをくしゃっと笑顔に変える。
可愛さの度合いで表すならば、天使のような笑みであった。
しかし、その笑みは私の心臓をぎゅっと握って、いたずらに鼓動を速めていく。
『それはね……――っお友だちがぁっ、増えることぉおおぉおぉっ――ぇっひゃ、ぇひゃひゃひゃぁひゃっえひひひぇっ!』
耳をつんざくような金切り声で、狂ったように哄笑し続けるアロリーロ。
その声に呼応するように、彼女の背後から湧き上がった薔薇の奔流が、私たちを呑み込まんと押し寄せる。
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