滲み出る、悪魔の香り
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【警告】
この先、ログアウトができないエリアです。
デスペナルティにご注意ください。
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「エリアボス……?」
ふいに現れた警告に、私は思わずつぶやいた。
この警告表示は、それぞれのエリアに設定されたエリアボスがいる空間に足を踏み入れるときに出てくるものだ。
ちなみに、エリアボスとは、ちょっと強かったり珍しかったりするその場所の主のようなモンスターのことである。
しかし、この霧の森のエリアボスは、もっと奥深くにいるマシュマリティック・ジャイアントシープだったはずだ。
「いや、どうだろう、ここに出るやつなんていたかなぁ?」
おそらく同じ思考をなぞったのだろう、アキラちゃんは私のつぶやきに返事をしてくれる。
うーん、そうなんだよね。
準備を整えてから満を持して挑戦するのが、エリアボスというものだ。
あちらから急に現れる、なんていうことは考えづらい。
「でも、じゃあ、これはなんだろう……」
鉄柵に触れてみると、ひんやりと冷たさが伝わり背筋がぞくりとした。
いや、雰囲気に当てられているだけなのかもしれないけど。
「……ねえ、キャロちゃん。もしデスったら、マズいかな?」
「ううん、エスケープウールがもったいないなぁってぐらい――って、ここに入るつもり?」
驚いて、アキラちゃんに視線を向ける。
すると案の定、そこにはとっても愛くるしいわくわく顔があった。
たぶん、私にアキラちゃん要素がちょっとでも混ぜられていたら、もう少しは友だちもいただろうな。
「だって、もし隠しボスみたいなものだとしたら、まだ誰も挑戦していないかもしれないんだよ?」
行くしかないでしょ、とアキラちゃんは少年のように微笑む。
もし私が止めておこうと言ったら、きっと止めてくれるのだろう。
しかし、そんなに楽しそうにされたら、私は――。
「……この洋館が隠しボスの住処だとしたら、負けイベントの可能性もある」
いまの段階では絶対に倒すことができないレベルの敵が現れる、それが負けイベントだ。
そういうものがこのゲームに存在しているのかは疑問だが、用心するに越したことはない。
私の言葉を、アキラちゃんは黙って聞いてくれている。
だから、私は安心して言葉を紡ぐことができた。
「エスケープウールは二人で力を合わせて手に入れたものだから、アキラちゃんが持っててくれる?」
「……わかった、任せて」
アキラちゃんは脳筋ではあるけれど、頭が回らないというわけではない。
もし負けイベントだった場合、強敵から逃げる必要がある。
その際に、クリエイターの私よりも、ナイトのアキラちゃんの方が逃げ切れる確率は高い。
だから、いざとなったら私を置いて、アキラちゃんだけで逃げてもらおうということだ。
「うん、任せたからね」
私はアイテムポーチからエスケープウールを全て取り出して、アキラちゃんに渡す。
所持リラも少ないし、アイテムを整理したばかりでよかった。
「よしっ、キャロちゃん、行こっ」
私の手をぎゅっと握って、引っ張るように歩き出すアキラちゃん。
離さなきゃいけなくなるまではしっかりと掴んでいてほしい、そう思う。
中に入る門扉を探して、私とアキラちゃんは敷地の周囲を探っていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
鉄柵に沿って進んでいくと、やがて中への入り口だと思われる門扉を見つけた。
その鉄製の門扉をくぐり、洋館に入ることのできそうな大きな扉にたどり着く。
お互いに顔を見合わせてから、私が扉に手をかけて、ゆっくりと開いた。
すると、扉の中からは埃っぽさとともに、ツンとするほどの甘い匂いが鼻に飛び込んでくる。
なんだろう……なにかの花の匂い、かな?
「おっけー、キャロちゃん」
敵が飛び出してくることに備えてくれていたアキラちゃん。
私が開けた扉に滑り込むようにして、先に洋館に足を踏み入れる。
そして、アキラちゃんに続けて、私も。
洋館の中は霧の濃い外よりも暗く、ほんの少し先までしか見えない。
「暗いな……」
「ちょっと待ってね、なにか灯り作るから」
アキラちゃんのつぶやきを聞いて、私は絵筆を手に取った。
簡単なものの方が長持ちなので、ささっと描いて発現させることにする。
数秒ほどで完成したのは、小さなランタンだ。
「いいね、ありがと」
そう言って私を振り返るアキラちゃんの手元に、マテリアライズしたランタンが収まる。
ランタンの温かい光が、洋館の中をほんのりと照らしていった。
「サイズ的に、3分は保つと――」
間近にあったアキラちゃんの真剣な表情に目が奪われていたため、気づくのに時間がかかった。
光源が生まれたことによって、広がった私の視界。
ここは洋館のエントランスホールなのだろう、大きな吹き抜けの空間が広がっている。
しかし、どこに次の部屋への扉があるのかとか二階への階段があるのかなどはわからない。
なぜなら、空間の全てを覆い隠すかのように、おびただしいほどの真っ赤な薔薇が埋め尽くしていたから。
「どうしたの? ぅわっ、えっ、怖っ……!」
私が見ている方向を振り返って、同じ光景を視界に入れたアキラちゃん。
思わずといった様子で、その豊満な胸をぎゅっと私に押しつけるのだった。
シリアスな気持ちに不純なものが混ざるから止めてほしい、ほんとに。
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