叶う絵描きの福音は

 霧深い森を進むと、遠くにスケープシープを見つけた。

 なるべく音を立てずに、勘付かれる直前ぎりぎりの距離まで近づく。


 私は茂みに隠れたまま、スケープシープの姿を視認した。

 こちらに気づいている様子はなく、のんびりと草を食んでいる。


 アキラちゃんは黙ったまま、私の後ろに控えていた。

 目線を送ると、よくわからないけど任せたよ、といった感じで頷いてくれる。


 その信頼に答えられるように頑張ろう。

 私は、クリエイターの専用武器――カラフル・ブラッシュを取り出した。

 右手には大きな絵筆、左手には色とりどりの絵の具が載せられた扇形のパレットが握られる。


 クリエイターのジョブは、空間に描いた物体を実体化させることができる。

 そして、その出来栄えによって、実体化した作品のステータスや効果が変わるのだ。


 絵筆で絵の具を掬い取り、空中に弧を描く。

 スケープシープを捕らえるため、私は“鉄の檻”の制作を開始した。


 鉄の質感を表現し、頑強な構造を想像。

 なるべくスケープシープが逃げづらくなるように、檻を作っていく。

 このゲーム世界における私のレベルでは、作った物の強度も持続時間も心許ないだろう。

 だから、その先は私の腕にかかっている。


「――できたっ。マテリアライズ!」


 実体化スキルのかけ声とともに、視線の先にいたスケープシープの周囲に檻が発現した。

 シュークリームのような形状で、網目が幾重にもなっている鉄製で格子状のものだ。

 制作可能時間のわりには、ちゃんとした物を作ることができたように思う。


 その中に捕らえたスケープシープが暴れているのだろう、めぇめぇという鳴き声が辺りに響くとともに、鉄の檻が跳ねて動く。


「アキラちゃん! そんなに長くは保たないかもしれないっ」


「おっけ! 任せてっ」


 ハイミスリル・ソードを手にしたアキラちゃんが、スケープシープ入りの檻に向かって駆けていく。


 二度、三度、檻が激しく揺れる。

 おそらく、もう少しで檻は壊されてしまう。


「おとなしくしなさいっ、ウインドスラッシュ!」


 その前に、アキラちゃんの風を纏った刃が、檻ごとスケープシープを切り裂いた。


 やったっ、さすがはアキラちゃん!

 そう思うと同時に、頑強に作ったはずの檻が簡単に分かたれたことに悔しさも覚える。

 やっぱり、クリエイターはなんでも生み出せる代わりに、質では勝てないのかな。

 いまの檻だって、けっこう上手に描けたんだけどな。


「キャロちゃん、ほら、スケープウール取れたよっ」


 そんな私の悔しさは、もこもこの羊毛を手に戻ってきたアキラちゃんの笑顔を見て、一気にどうでもよくなる。


「うん、ありがとう」


 アキラちゃんからもこもこを受け取り、アイテムポーチにしまう。

 そして、なぜかアキラちゃんはそんな私をぎゅっと抱きしめる。

 私は、このような女の子同士の密な触れ合いに慣れていない。

 だから、この流れが自然なのかどうかがわからないのだ。


「すごいね、キャロちゃん! 10秒ぐらいで、あんな大きな檻を作れちゃうなんてっ」


 まあ、別に嫌なわけじゃないからいいんだけど。

 それに、伝えなきゃいけないこともあるし。


「えっと……私ひとりじゃ絶対倒せなかった。だから、アキラちゃんがいてくれてよかった」


 見上げながらそう言うと、アキラちゃんは、きょとんと驚いたような表情を浮かべていた。


「ほら、スケープウール、まだ足りないんだから」


 なんだか恥ずかしくなって、私は両手でぐいっとアキラちゃんを引き剥がす。

 新しい武器の材料にするには、あと数体は狩らなければいけないだろう。


「えへへっ……りょーかいっ、次行こっ」


 なにがそんなに嬉しいのか、ぽわぽわと幸せそうについてくるアキラちゃん。

 私はというと、赤くなっているであろう顔を見られないように、足早に森を進むのだった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 一体目を倒したときの要領で、私とアキラちゃんは数体のスケープシープを狩っていった。


「どう、これで足りる?」


「うん、これだけあれば大丈夫だと思う」


 スケープシープを檻に囲んで捕らえるときに、シープたちはめぇめぇと鳴き声を上げていた。

 それが助けを求める声だったのかはわからないが、警戒されることになるのは間違いない。

 その証拠に、だんだんと新しい獲物を見つけるのが難しくなっていたのだ。

 だから、そろそろシープ狩りは止めどきだろう。


「じゃあ、一度街に戻ろうか?」


 アキラちゃんの問いかけに、私は頷いて答える。

 この森はどちらかといえば初級レベルに対応しているので、レベル上げなどをするとしたら移動した方が効率が良いのだ。


「ねぇねぇ、キャロちゃんってさー……」


 街に向かって歩き出したとき、アキラちゃんがいつもよりおとなしめに喋りだした。

 常に元気が有り余っているような子なのに、珍しい。


 しばらく言葉の続きを待ってみたけれど、なかなか出てこない。

 そんなに言いにくいことなのだろうか、こちらも気になるので促してみる。


「なに、どうしたの?」


「……えっとね、クリスマスのよて――えっ?」


「ん?」


 アキラちゃんの呆けた声。

 それに続けて、私も疑問符の付いた声を発してしまう。


「キャロちゃん、この森に、こんな場所あったっけ?」


 訝しげに聞いてくるアキラちゃん。

 その問いに、私は無言で首を振ることで答える。


 視線の先、私たちが歩いていた獣道が途切れたところ。

 そこに、いつの間にかアンティークな意匠の鉄柵が現れていた。


 何者の侵入も阻むかのような、3メートルほどの高さで先端が尖っている鉄の柵。

 それらが、見渡す限り左右の視界いっぱいに広がっている。


 アキラちゃんも私も、おしなべて押し黙る。


 霧が出て薄暗い鉄柵の向こうに、煉瓦造りの洋館が見えていて。

 もしゲームでなかったとするならば、絶対に近づきたくない。

 そんな不気味さで、そびえ立っているのだった。


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