Spin-off Tales

私を照らす、確かな明かり

 現実ではクリスマスが近づいて、世間がそわそわとし始めている。

 そんな中、私は相も変わらず『テイルズ・オンライン』を遊んでいた。


 PvP闘技大会も終了したばかりだからか、テイルズの運営は特にクリスマスに関連したイベントを行わないようだ。

 おそらく、二期プレイヤー10万人の参入も近いから忙しい、というのも理由かもしれない。


 冒険者ギルドで、なにか依頼を受けようかなぁ。


 そんなことを考えていた私の目の前に、ぱっと黒い画面が現れた。


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プレイヤー:アキラからの転移申請を許可しますか?


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 思わず頬が緩んでしまって、慌てて周りの様子を窺う。

 どうやらNPCしかいないみたいだ。

 いや、この画面は他の人から見えないから焦ることなかったんだけどね。


 私は大通りの端に寄ってから、アキラちゃんの申請を許可する。

 すると、黒い画面が消えた代わりに、そこに女の子が現れた。


「やっほ、キャロちゃん。今日もパーティ組まない?」


「べ、別にいいけど……」


 そう答えると、アキラちゃんは中性的なイケメン顔を可愛い方にだいぶ寄せて微笑んだ。

 その笑顔が眩しすぎて、私は俯かざるを得ない。


 人付き合いがちょっと苦手で自分に自信のない、典型的なモブキャラ女子。

 それが私、キャロだ。

 クラスに仲のいい友だちはいないし、もちろん休日に友だち同士で出かけたりもしない。


 テイルズ・オンラインでも、ソロプレイを楽しむ予定だったのだ。


「どうする? どこ行きたい?」


「えっと、霧の森に行って、スケープシープ狩りたいかな。筆の材料になるらしくて」


 しかし、アキラちゃんは私が引っ込み思案であることなどお構いなしにぐいぐいきて。

 いつからかなし崩し的に、こうして毎日いっしょに遊ぶことが習慣になっていた。


「おっ、いいね! 行こ行こっ」


 私の腕を取って、アキラちゃんは街の外に向けて歩き出す。

 背の低い私が背の高いアキラちゃんに腕を組まれると、拉致されているみたいになるのだけれど。

 ボーイッシュな見た目のわりに大きな胸の感触に、私はなにも言えなくなるのだった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「うーん……ダメだ、逃げられちゃうね」


 アタッカー役のアキラちゃんが、困った顔をしながら戻ってくる。


 私とアキラちゃんが霧の森をしばらく探索していると、お目当てのスケープシープを発見することができた。

 しかし、私たちの存在に気づいたスケープシープは、森に充満する濃い霧に紛れて見えなくなってしまうのだ。


「たぶん、アキラちゃんの攻撃の意志に反応しているんだと思う」


「なるほど。だから、遠くから攻撃しようとしても気づかれたのか」


 私の不確定な憶測に、アキラちゃん納得するように頷いてくれるアキラちゃん。

 けっこう長くいっしょにいるから、あんまり自信のないことでも臆することなく言えるようになってきたな。


「……あれは、どっちにしても無茶だったんじゃない?」


「そうかな? 上手く当たれば倒せたんじゃない?」


 楽しそうに、アキラちゃんは私の口調をマネする。

 アキラちゃんにはちょっと脳筋なきらいがあって、さっきもスケープシープに向かって持っていたソードを投げつけていたのだ。


「んー……」


 さて、どうするか。

 アキラちゃんはナイトのジョブで、近距離じゃないと攻撃できない。

 でも、近づくとスケープシープは消えてしまう。

 じゃあ、私がスケープシープを――。


「……なに?」


 こちらが真剣に対策を考えているのに、アキラちゃんは私の頭をよしよしと撫でている。

 気にしないようにしていたけれど、抱きつかれるまでに至ったので限界だった。


「いやぁ、真剣な表情のキャロちゃんかわええなーって思って」


 頬を膨らませて、私はむくれる。

 そして、私が可愛いなどというふざけたことを言ってからかってくるアキラちゃんを両手でぐいーっと引き剥がす。


 たまに思うけど、アキラちゃんは小児性愛者なのではないだろうか?

 アキラちゃんがリリア様の追っかけなこともあって、私はちょっと疑っている。


「ほら、ふざけてないで行くよ」


「おっ、なにか思いついた?」


 引き剥がされたことなんて意に介さずに、私の後ろをてこてことついてくるアキラちゃん。

 忠犬って感じで、可愛い。


 思いつきはしたけど、私のスキル次第って感じかな。


「いちおうね。でも、上手くいくかはわかんないよ……?」


「いいよいいよっ、私ひとりじゃ絶対倒せないからね!」


 不気味な森に浸る深い霧が晴れるような、アキラちゃんの明るい声が辺りに響く。

 こういうところが、私がアキラちゃんを憎からず思っちゃう理由なのだ。

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