善悪の陽炎は曖昧だから、よく見定めなさい

 リリアの勧めで、いつもの街とは違う街を訪れてみる。

 確かにリリアが言っていたとおり、街の構造は変わらない。

 しかし、いつものカラフルな煉瓦造りの街並みとは趣が違う。

 こちらは、朱を基調とした和風な印象を受ける街並みだった。

 歩いているだけでも、いつもと気分が違ってけっこう楽しい。


「街の外も、雰囲気がちょっと違うね」


「そうですね、のどかーって感じです!」


 いつもの街には農場が多かったけど、こっちでは畑が多い?

 地面からぴょこっと出ている葉っぱは現実で見覚えのないものだけれど。

 それにしても、街の間で流通があったりするのかな。

 今度リリアに聞いてみよう。


 そんなことを考えながら、いつも通り。

 見せびらかすように、スラリアと腕を組みながら歩いて行く。

 ぷにぷにな感触と、ちょっとの温かさが腕から伝わるのが嬉しい。


「あっ!」


 ふいにスラリアが大きな声を上げて、私の腕を離れて駆けていく。


 あれ? なんだか、ふいに寂しい。

 スラリアが向かう先を見ると、セイシンさんが畑仕事をしていた。

 あっ、セイシンさんは俗に言うおハゲさんのことね。

 “俗に”というのは私とスラリアの間のことだけだったけど。


 それにしても、あの大きな身体はやっぱり目立つな。

 スラリアが駆け寄ってきているのに気付いたのか、セイシンさんはくわを振るうのを止めた。


 セイシンさんに抱きつき、その勢いで大きな背中に登ったスラリア。

 あんなに嬉しそうにしちゃって、まったくもう。


「ん? もしかして、いま負けたってこと?」


 確かに、あの広い背中で肩車してみてほしいなぁとかちょっとだけ思ったりするけど、スラリアのパートナーは私なんだけど?

 なんだか釈然としない思いを抱きながら、イチャイチャ――スラリアが一方的にだけど――している二人に歩み寄る。


「セイシンさん、こんにちは」


 私があいさつすると、うむ、と力強く頷くセイシンさん。

 ちょっと、スラリアをおんぶしているんだよ?

 あなた、もっとでれでれしなさいよ!

 なに、もしかして胸が原因?

 胸がないから、そんなに平然としているの?


 そんなことを思いながらセイシンさんを睨んでいると、遠くの方からチャラ赤髪が走ってきているのが見えた。


「リリアちゃーん、スラリアちゃーんっ!」


 いや、名前で呼ぶことを許可していないのだけれど。

 私は目の前に出てきたハラスメント報告の画面をぽちっと押した。


「うえぇ!? どうしてっ――!」


 突然に現れた黒い画面に驚いたのだろうか、チャラ赤髪は畑の地面に顔を擦りつけながらすっころんだ。


 その間に、運営からの“問題ありませんでした”という報告が返ってくる。

 たぶん、いまのは運営の悪ふざけだな。

 まあ、“報告する”を押したのは私だけど。


「ごめんごめん」


 チャラ赤髪が起きるのに手を貸すと、嬉しさのあまり目を潤ませている。

 うん、気持ち悪い。

 早く手を離すかもしくはピアスを引きちぎるかを選べ。


「リリアちゃん、どうしてここに?」


 もしかして運命なんじゃね、というチャラ赤髪の言葉は無視して返答する。


「ちょっと気分転換に違う街にね。チャラ、あれ、なんだっけ……チャラックくんは?」


 あれ、これで合ってる?

 合ってるか、チャラいし。


「……俺の名前はチャックだよ。まだ覚えてなかったのね」


「そうだった、そうだった。まあ、どうでもいいから」


 そう、名前なんかどうでもいいから、手を離せ。


「シキミくんが奉仕依頼をやるっていうから、その手伝いでね」


「奉仕依頼?」


 PKのペナルティ、罪業ざいごうのスキルを剥奪してもらうための依頼だ。

 てっきり、時間経過を待って解除するのかと思っていたけど。


 私は、畑の奥の方にいるシキミさんに視線を向けた。

 あの人が、私たちに気づいていないはずがない。

 たぶん、呼んでも来ないだろう。


「ねえ、スラリア、ちょっとシキミさんと話してくるからセイシンさんの近くにいてね。チャラチャラに近づいたらダメだからね」


 チャラ赤髪の手を振り払いながら、スラリアに言い聞かせる。

 だから俺の名前、としょんぼりする声が聞こえたような気がしたが、残念ながら私の耳には入ってこなかった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 私が近づいていくと、シキミさんは仕方なさそうに顔を上げる。


「……なんだ、さっそく殺されにきてくれたのか?」


 鍬を持ったまま言われても、なんだか滑稽……いや、逆に怖いかもしれない?


「改心したから、その奉仕依頼をしているんじゃないんですか?」


 罪業のスキル付与から100時間が経過すれば、なにもせずともその罪は消える。

 たぶんだけど、そろそろ時間を迎えていたんだと思うけど。


「……君が、オーリくんのリアル姉だったとはね」


 私の問いには答えずに、シキミさんは言葉を紡ぐ。

 オーリとは、莉央りおがゲームをやるときのハンドルネームだ。

 私の弟は律儀にも、試合の後にシキミさんに謝罪していたのだ。

 自分が情報を流していました、と。


「あーあ、そのことを明かさなければ、これからもシキミさんの情報筒抜けのままだったのに。あいつが謝るって聞かなかったんですよねー」


 私が悪ぶって言うと、おかしそうに笑い出すシキミさん。

 まだちょっと、この人の笑顔は恐いんだよね。


「……なんですか?」


「いや、オーリくんは、姉は悪くないですって言っていたから」


 ああ、そうだったの?

 なんて連絡しているのかまでは聞いてなくて、知らなかったな。


「もうPKはしないよ」


 一頻り笑った後に、シキミさんは言った。

 嘘とか冗談とか、そういう成分の入っていない声音だった。


「あれだけ楽しそうに人を殺してたやつの台詞とは思えないですね。性癖って、抑えつけるとねじ曲がっちゃいそうですけど、大丈夫ですか?」


 私は真剣に心配したんだけど、シキミさんは呆れたような視線を返してくる。


「君は俺をなんだと思っているんだ……?」


「えっ、ドM変態サイコパスですよね」


 聞かれたから答えたのに、シキミさんの呆れ具合が深まる。

 どうして? そんなに間違ってはいないと思うけど。


「人殺しの変態には変態なりに、矜持がある」


 シキミさんは、私の目をまっすぐと見据えて言った。

 笑っちゃいけないところなんだけど、なんだか笑っちゃいそうになる。

 というか、これは笑うところではないだろうか?


「ふふっ、もし我慢できなくなっても、他の女の子をいじめちゃダメですからね」


 あっ、我慢できなくて笑ってしまった。

 やばいぞ、シキミさんのプライドが。


 しかし、シキミさんは大きくため息をくだけで、矜持とやらが傷つけられたようには見えなかった。

 なんだ、つまらないの。


「まあ、いつでもかかってきてくださいよ。また、けちょんけちょんにしてやりますから」


「君は、俺をたしなめに来たのか煽りに来たのか、どっちなんだ……」


 ボクシングをするように拳を繰り出しながら、私が勝者の余裕を見せつけると。

 おでこに手を当ててうなだれながら、シキミさんは呆れるしかないのであった。

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