テイルズ・オンラインにようこそ!

 いやー、今日も、たくさん遊んだ。

 オージちゃんともミリナちゃんともセッチさんとも、たくさん遊んだ。

 いつも通り、テイルズ・オンラインは楽しかった。


「スラリア、そろそろ帰るね」


 自分で言っておいてなんだが、“帰る”という言葉には違和感がある。


 現実の世界が、私のあるべき世界。

 もちろん、それは揺るぎない事実だ。


 しかし、短い期間とは言っても、この仮想世界で触れ合ってきた人たちは私にとって大切な人になった。

 それこそ、現実との優劣がつけがたいぐらいに。


 ふいに、言いようのない不安に駆られる。


 この世界は『テイルズ・オンライン』という名の、ゲームだ。

 いつかプレイしなくなることになる、ゲームだ。


 私がログインしなくなったら、スラリアはどうなる?

 それに、いつも助けてくれるリリアは?

 この世界の、リリアと同じ姿をしている私は?

 出会ってきた、大好きなみんなは?


『リリア様』


「お姉様」


 いつの間にか、リリアとスラリアがそれぞれ、私の手を握っていた。

 そっと両手で温かく包んで、胸の前に優しく抱いてくれる。


『どのような物語にも、いつか終わりが来ます』


「ハッピーエンドなのかバッドエンドなのか、もしかしたら中途半端な終わりかもしれません」


 リリアは穏やかに朗々と、スラリアは少し泣きそうだが元気に。

 白い空間に反響して、私の耳に届いていく。


『読み手は、どんな終わりなのか、いつ終わるのか、わかりません』


「もしかしたら、紡いでいる人も、わかっていないのでしょう」


 吸い込まれそうに深く、青い瞳たちが私を見つめる。

 私も同じ瞳で、二人を見つめ返す。


『もちろん、まだ終わりでないことを願っておりますが』


「それを決めるのは、お姉様です」


 熱く溢れた涙が、頬を流れると冷たくなる。

 どこまでも、この世界は現実と変わらない。


『私は、最後のその時まで、リリア様の物語を読み続けます』


「私は、最後のその時まで、お姉様とともにあります」


 現実の世界も、ゲームの世界も関係ない。

 そう言ったのは、そう考えたのは、私だ。


 いつか終わりが来るから、会わないのか?

 いつか終わりが来るから、蔑むのか?

 いつか終わりが来るから、逃げるのか?


 いつか来る終わりならば、せめて。


「……スラリア」


 名前を呼ばれて、不安そうに頷くスラリア。

 いつも隣にくっついて、柔らかく包んでくれた。


「わくわくする冒険、まだ足りないんじゃないかな? スラリアは、どう思う?」


 そう問いかけると、スラリアはきょとんとしてから数瞬の後、すごい勢いで頷きを繰り返した。


「はいはいっ、まったくもって足りませんっ! 私、お姉様といっしょにドラゴン倒したいです!」


「ふふっ、それは楽しそうね。スライムがドラゴンを倒すんでしょ? 私でも、絶対無理だって知ってるもの」


「お姉様といっしょだったら、無理なことなんてありませんっ!」


 ふんすふんすと鼻息荒そうに、スラリアはやる気ぷにぷにだ。

 まあ、スライムだから鼻息は出てないんだけどね。


「リリア」


『……はい』


 反対側の、リリアに目を向ける。

 いつも私を支えて、強く信じてくれた。


「私の物語、まだ楽しい? ちゃんと読んでる?」


 スラリアと同じようにきょとんとしてから、ゆっくりと力強く頷いたリリア。


『はい、挙げると切りがないですが、予想外の連続です。この先もどうなるのか、わくわくして仕方がありません』


「ふふっ、物語を紡ぐ私も、この世界は新鮮で、わくわくして仕方がないの」


『では、この物語、まだまだ続くことを期待してよろしいですか?』


 いたずらっ子のような表情で、リリアは私に聞いてくる。

 その表情が、私のイタズラ心をくすぐった。


『――ふぇっ?』


 リリアに掴まれていた手を逆に掴んで引き寄せて、近づいてきたその頬にキスをする。

 なにをされたのか理解するのに、NPCのくせに幾ばくかの時間がかかる。

 そして、ようやく理解できたのだろう、リリアはぼっと顔を赤らめた。

 ふふっ、NPCなのにヘンなの。


 反対側から、羨ましいな私も私も、という視線を感じたので。


「えへへっ」


 リリアと同じように、スラリアにもちゅっとキスをする。

 スライムには口という概念がないはずなのに、口にキスして欲しいとねだって大変だった。


「えっと、中途半端な終わりにはしないっていう……約束、みたいなもの」


 自分でやったのに、なんだか急に恥ずかしくなってきた。

 いや、だって、勉強ばっかしてきたから、こんなの初めてだし。


 急にもじもじとする私を見て、リリアとスラリアは顔を見合わせる。

 そして、二人は、まるで間に鏡が存在するかのように、同時に吹き出しそうになるのだった。

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