これから紡ぐのは、あなたの物語
開いた扉の先は木々の生い茂る森ではなく、NPCのリリアがいる真っ白の空間だった。
『チュートリアルのクリア、おめでとうございます!』
しっとりとした金髪をきらめかせながら、リリアは胸の前で手をぱちぱちと打ち鳴らす。
くそぅ、気づいてしまった……よく見たら、私よりはるかに胸が大きい。
そこも似せてくれたらっ! 良かったっ! のにっ!
『どうかなさいました……?』
私の
「ごめんごめん、なんでもない」
「ぷにぷにぃ」
首を振る私の腕の中で、スラリアがぷるぷると震える。
リリアは私たちを交互に見て、天使の微笑みを浮かべた。
いや、天使どころか女神かもしれない。
それぐらい、神々しさで目が眩しい笑みである。
『すでに、なつき度強化のスキルを取得したのですね』
「うん、なんかもらえた」
「ぷにゅぷぅ」
『ふふっ、しかもグレードアップしていますね』
「ん? グレードアップってなに?」
「ぷにゅっぷ?」
ちょっと、スラリアの合いの手がぷにぷにすぎて可愛すぎるのだけれど。
私が首を傾げているのを見て、リリアは黒い画面を出して説明してくれる。
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【スキル】なつき度強化
隠れステータス、魔物のなつき度の上昇値が
中程度だけ増加します。
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『取得段階では、ここの表記が“小程度”だったと思いますが、いまは“中程度”になっていますよね』
そういえば、そうだったかもしれない。
魔物たちとの戦いが楽しくて、あんまり覚えていないけど。
『そこまで重要でない情報の通知は都度行われないので、こまめにステータスを確認することをおすすめします』
「はーい、わかりました」
「ぷにゅにゅー」
私が片手を上に伸ばすのに合わせて、スラリアも上にぷにった。
それを見てなのか、またリリアが微笑む。
なんか恥ずかしい、むずむずしちゃうな。
『では、ゲームを続けますか? それとも、一度終了しますか?』
確か、このゲーム内では現実世界の二倍の速さで時間が進むんだっけ?
仕組みはわからないけれど、夢を見ているようなものらしい。
まあ、そうは言っても夕方ぐらいにゲームを始めたから、そろそろ晩ご飯の時間かもしれない。
「じゃあ、一度終了しようかな」
『かしこまりました』
リリアは恭しく、私に向かって一礼する。
スラリアは、私の腕の中でぷにょんとひと揺れする。
「ぷにゅにゅー」
「えっ、またね? なによ、もっと寂しがってくれてもいいんじゃない?」
意外とドライなのね、このスライムは。
『終了フェイズに移行します――』
「あっ、ちょっと待って」
手を挙げて、リリアに声をかける。
聞きたかったことがあったのを思い出した。
『――はい、いかがなさいましたか?』
宙を見上げようとしていたリリアは、こちらを向いて首を傾げた。
「このゲームって、なにをするゲームなの?」
弟から半ば無理やり押しつけられて、私は、この『テイルズ・オンライン』を始めた。
むせび泣きながらゲームの設定をする弟に聞くのも忍びなかったのだ。
いや、それだけ遊びたかったゲームなのだということは、遊んでみてわかったけどね。
だから、ゲームについてもっと詳しく知りたくなったのだ。
『んー、なにをするゲーム……?』
私の問いに、リリアは手を顎に当てながら、なにやら考えている。
あれ? もしかして、失礼なことを聞いちゃった?
そんなことも知らずに遊びはじめたのかよ、とか思われてる……?
「あっ――えと、なんか魔王みたいなラスボスがいたり、囚われたお姫様を救い出したり……みたいな?」
焦った私は、持てる知識の限りでゲームっぽさを連ねていく。
その様子を見てなのか、リリアは私を安心させるように微笑んだ。
『魔王、お姫様……その物語を紡ぎたければ、それも良いでしょう』
静かに優しく、しかし朗々と、リリアは私に語りかけてきた。
言葉を紡ぐリリアの顔から、なぜか目が離せなくなる。
『冒険者として名を馳せるのも、ただ真の強さを求めるのも、のんびりと悠々自適な生活を送るのも――』
ゆっくりと、リリアは、こちらに一歩近づく。
リリアの長い睫毛の一本一本に、吸い込まれそうに深い青の瞳に、私の目は奪われる。
『――こうして、触れ合うだけでも』
そう言いながら、スラリアを抱える私の腕に、リリアは自分の腕を重ねた。
私とリリアの腕が、ぐるっと輪になってスラリアを囲む。
「ぷにゅ?」
リリアの腕の力が加わったためか、スラリアが声を上げた。
『ふふっ、ぷにぷにするのも……選択肢のひとつかもね』
「ぷにゅにゅー」
片手を輪から外して、リリアはスラリアを指で突っつきぷにぷにした。
そして、そのままスラリアの身体を滑らせるように腕を伸ばして、今度は私の胸元に指を突きつける。
『全ては、あなたが紡ぐ物語――』
指先が、私の胸、ちょうど心臓の辺りに当たる。
しかし、不思議と避けようと思えなかった。
触られて恥ずかしいとも、思わなかった。
『――改めて、ようこそ、テイルズ・オンラインの世界へ。私たちに、あなたの物語を楽しませてね』
ふいに、さっき森の小屋で聞いた祈りが、私の頭の中で静かに響いた。
「リリアは、女神様……?」
私がつぶやくのを聞いたリリアは伸ばした腕を引っ込めて、恥ずかしそうに微笑む。
少し頬を赤らめるその姿は、ただの女の子のようにも見えて。
大きくなった心臓の鼓動が、スラリアのぷにぷにから伝わって気づかれてしまうのではないか。
どうしてか、私は気が気でなかった。
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