第9話 生きている

サイレンが鳴り響く。

救急車の音。

パトカーの音。

混じって混じって混じり合った音。

その音は女には響いて聞こえる。

聞こえる。聴こえる。

生きているから……


男は女を衰弱死させようと思っていた。


だけど女の運がいいのか。

それとも男の運が悪いのか。


女は助かったのか助かっていないのか。


女にはなにもわからない。


なにもわからない。


わからないまま。

空を見上げる。


場所は人気ひとけのない山の中。


たまたま通りかかった登山客の通報で見つかった。

大輔とりのあは、すぐに現場に向かった。


「あー」


女は大輔を見て笑った。


「あははははははは」


「……え?」


大将は戸惑う。


「死にたくない死にたくない死にたくない」


女がそういって大輔に向かって走ってきた。


トスン。


女が大輔の体を拳で殴った。


「え?なに?」


「死にたくない死にたくない死にたくない」


ポスン。ポスン。ポスン。


何度も何度も殴った。


「えー痛い痛いって」


「死にたくない」


女がまっすぐと大輔の方を見た。


「大丈夫」


「あー?」


女が首を傾げる。


「死なないよ」


「死ない?」


「うん、死なない」


「あははははははははー」


女は笑った。


可笑しくないのに笑った。


ただ女の笑い声だけがその場に響いた。


「僕ついていってもいい?」


大輔がりのあに尋ねる。


「君がいても変わらないよ?」


「それでもいいよ」


「そっか」


りのあは、優しく微笑んだ。


「え?」


「行って来い大輔!」


「ありがとう」


大輔は優しく笑う。

小さく優しく暖かい笑みだ。

大輔の中に何かが産まれる気がした。

だけど、何かが邪魔をする。


 バケモノ


その言葉が心をえぐる。

でも、大輔は笑顔を続けた。

それがこの女の心を救う気がしたから。


女の身元はわからない。

身元を証明するものがなかったからだ。


「……さてと。

 私はどうしようかな?」


りのあは、そういって周りを見た。

捜査員が情報を集めている。

今、りのあができることはなにもない。


「私は署にもどろうかな」


りのあはそうつぶやいたあとパトカーに乗った。


警察官の男の運転手に運転を任せて……


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