上と下しか選択できない囚われのエレベーター

ちびまるフォイ

緊急脱出用エレベーター

目が覚めるとエレベーターにとらわれていた。


周りは壁に囲まれている。

映画でよく見る天井を開けることもできない。


エレーベーターのボタンには開閉がなく、階のボタンもない。


あるのは「上」と「下」しかなかった。


「いったいどうなっているんだ」


いくら叫んでも声が届かないことを悟ってからは、

自分ができることといえばボタンを押すしかないと感じ「上」ボタンを押した。


ぐん、とエレベーターが持ち上がるような感覚がつづいたあと、


チン。


エレベーターの扉が開いた。


「あっ」

「えっ?」


エレベーターの扉の向こうには、別のエレベーターが待っていた。

どこかのフロアに止まるわけではなかった。


「こ、こんにちは……」


いたたまれなくなって思わず頭を下げた。

開いたままの扉の向こうには別の人がエレベーターに乗っている。


「あんた、こっちに乗るかい?」


「へっ?」


「そうかい。じゃあいいや」


扉は自動で閉まって、2つのエレベーターを完全に分断した。

開閉ボタンもないのでもう開かない。


「あの人いったい……なにが言いたかったんだろう」


その後も何回か上や下にボタンを押してどこかにたどり着かないかと試した。

けれど、エレベーターの扉が開くたびに向こう側に広がるのはエレベーターだった。


「ひぃっ!」


中にはエレベーターの中で白骨化しているものと接続したときもあった。

どうせどこにも出られないと思い始めると、上下ボタン押す意味もわからなくなってきた。


「どうせ出られないなら意味ないよなぁ」


それでもなんとなく「上」ボタンを押したとき。



チン。



また不規則にエレベーターが止まって扉が開いた。

例によって雑に挨拶して終わらせようとしたが、そうはできなかった。


接続した向こう側のエレベーターには目を疑うような美人がいた。

先に声をかけたのは美人の方だった。


「あの私、目が覚めたらエレベーターの中にいて、それで……」


彼女の話を聞いていたら、話し終わる前に扉が自動で閉じてしまう。

体はすぐに動いて別のエレベーターへと乗り換えた。


「えっ? あ、あのっ」


「大丈夫です。安心してください。

 俺はエレベーターにとらわれてから何時間も経過している。

 知っていることを話そうと思ってこちらに移ったんですよ」


などと言いながらも、心のなかではこの環境で不安にかられている美人にすりより

あわよくば吊り橋効果で好きになってもらおうと思っている気持ちがあった。


自分の知っているあらんかぎりのことを伝えるのに数分もかからなかった。


「そうなんですね……それじゃ、エレベーターからは出られないんですね」


「希望を捨てちゃだめです。諦めずに頑張りましょう」


「頑張りましょうって何を頑張るんですか」


「それはーー……えっと」


追い詰められた頭がぐるぐると回る。


「そ、そうだ! ずっと「下」のボタンを押し続けましょう。

 エレベーターに止まってもずっと下を押し続けるんです」


「それでどうなるんですか」


「いつか地面に着くはずです。つかなかったとしても降りられる距離には近づける。

 地面に近ければ誰かに気づいてもらえるはずですよ」


「なんて頼りになるの!」


美人の前でかっこいいところを見せて誇らしかった。

エレベーターの「下」ボタンを押して、下へ下がった。


美人と同じエレベーターの中でいられる幸福感。

それも慣れてしまうと、しだい相手の嫌な面ばかり見えてしまう。


「ねぇ本当に地面に近づいているの?

 さっきからだんだんエレベーターと遭遇しなくなってない?」


「……うるさいなぁ。どうせ待つしかないんだからそんなこと言ったってなにか変わるわけじゃないだろう」


「うるさいってなによ!! もとはといえば、あなたが提案したんじゃない!!」


「ああそうかよ。だったら君は何の罪もなく、俺が全部悪いことにすればいい。

 そうしていつまでも学習することなくエレベーターで白骨化でもしてろ」


「私はただ別の方法もあったんじゃないかって話してるだけよ!!」


「なにも提案せずにいっちょ前に批判だけはするんだからいい立場だよな!!」


エレベーターの中の空気は最悪だった。

こんなことになるなら美人に惑わされずにずっと一人でいるほうがよかった。


もうずっとエレベーターは下へ下へと下り続けている。



地上にたどり着けばエレベーターは止まるかと思ったが、

そもそも地下まで通っている可能性は考えなかった。


もし、地下までいっているならますます人の目が届かない場所になってしまう。

ずっと「上」を押していたほうが、上昇できる限界で止まれたかもしれない。


けれどそんなことはもう言えない。


自分の間違いや考えが至らなかったことを打ち明ければ、

これ幸いとばかりにこの女は全責任を俺のせいにして言葉のかぎり非難するだろう。


どれだけ心を痛め覚悟をもって失敗を打ち明けたかも考えず、

ただ自分のストレスを言葉にのせてしゃべるだけのこの女は。



チン。



「えっ? と、止まった!?」


ふいにエレーベーターが止まった。

他のエレベーターに接続するなんて本当に久しぶりだった。


扉が開くとやっぱり向かいにはエレベーターだったが、普段と光景がちがう。

向かいのエレベーターにはたくさんの人が乗っていた。


向かいのエレベーターに乗っているうちの一人が話し始めた。


「やあ、君たちが最後の人になりそうだね」


「最後……?」


「君たちもエレベーターにとらわれているんだろう?

 だったらこのエレベーターがゴール地点さ。

 ボタンが「上」しかないし、明らかに業務用で他のエレベーターとは規格が違う」


これまでのエレベーターはどこにどう乗り移っても、

向かいのエレベーターも自分のエレベーターも同じつくりをしていた。

異なる作りをしているエレベーターなど聞いたこともない。


「間違いなくこのエレベーターは他のと違う行き先に到着するはずだ。

 でも僕はこのエレベーターを見つけてからまだ一度もボタンを押してない」


「それは……」


「このエレベーターで救える人をひとりでも多く拾ってから動かしたいと思ったんだ」


「なんていい人なんだ……!」


「さあ、早く扉が閉まる前にこっちへ移って」


満員電車よりもぎゅうぎゅうになっていたが、

これまでにない希望がこのエレベーターにあると思うと気にならなかった。


自分がのり、女がエレベーターに乗ったときだった。



ブブー。


重量オーバーの音が鳴った。


すでに乗っている人たちの冷やかかな視線が自分に注がれる。

女はやっと掴みかけた希望にすがるように叫んだ。


「お願い!! 私をこのエレベーターに乗せて!! こういうとき、女を優先すべきでしょう!?」


その言葉を聞いたとき、冷たい感情で頭と心がいっぱいになった。

女の腕を引いてまたもとのエレベーターへと引っ張り込むと、馬乗りになってボコボコに殴った。


手足がぴくぴくとけいれんしたまま動かなくなると、

返り血もろくに吹かず、脱出用のエレベーターへと乗り直した。


「出発しましょうか」


俺はにこやかな顔をした。

何をしたのかを見ていた人はこの密室で抵抗する意思を失った。


エレベーターの「上」ボタンが押された。


「うぉっ!?」


明らかにこれまでのエレベーターとは異なる上昇速度に体が地面に引っ張られる。

ぐんぐんと超スピードで上がっていく。


他のエレベーターと接続することもない。

ただ上昇だけを続けている。


しだいに足が地面から離れてエレベーターの中で浮き上がり始める。


「なんだ!? いったいどうなってる!?」


上昇しすぎて重力おかしくなったのかと思ったが、考えられるのはひとつ。


「このエレベーター、宇宙に来てるんじゃないか!?」


それしか考えられなかった。

無重力になったエレベーターの中ではもう上昇していることもわからない。


次にこの扉が開くときには真空の宇宙に吸い出されるのかもしれない。


「ああ神様……」


すでに地球を離れているのだろうが、地球の神に祈るくらいしかできなかった。

虚空の宇宙へ投げ出されないことをただ願った。



チン。


ついにエレベーターが止まる。



「お願いです……お願いです……どうか、どうか……」



エレーベーターの扉が開く。

扉の向こうには宇宙ではなく地上が広がっていた。


「や、やった……エレベーターじゃない! ついに外に出れたんだ!!」


エレベーターから競うように降りて自由を噛み締めた。

あたりは暗く、まだよく見えない。


「どこかに僕たち以外の人がいるはずだ。みんなで探そう!」


そのときふいに明かりがついた。

眩しさに一瞬目を閉じて開けたとき。


みんなを率いていたリーダーは大きなエイリアンに体を飲まれていた。

悲鳴をあげる時間もなかった。


「あ……ああ……」


エレベーターへ振り返るとすでに扉は閉まっていた。

もう戻ることはできない。


エレベーターの上にある階層の表示にはこのフロアの名前が刻まれていた。



『宇宙レストランフロア』

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