第2話 あの人は聖母だ


 ――ゴールデンウィーク前半。

 秋月龍斗の友人の道程みちのり昭凱あきよしは、一人で街をぶらついていた。

 あわよくば逆ナンされて美女とデート、さらにはお泊りもできるかも、という天文学的な確率の可能性に賭けて街を彷徨うこと2日と3時間ほど。

 そろそろ心が挫けそうになっていた丁度その時、彼はあるデート中のカップルを発見した。


「あれは秋月と……マドンナ星空よぞらちゃん、だとっ!?」


 仲睦まじげに手を繋いでデートしている友人を発見して、ドス黒い殺意が沸き起こる。


「許すまじ……秋月許すまじ! 星空ちゃん超可愛い! なんか大人っぽいんですけど! あと、胸デカ!? 隠れ巨乳だったのか……」


 ちくしょう、秋月爆発しろぉー、と血の涙を流しながら往来で叫び、周囲の人たちからドン引きされる。しかし、彼はそんなことには気づかない。


「くっ! こうなったら二人のデートを覗いて学校で言いふらしてやる!」


 こうして、昭凱あきよしによるストーキングが始まった。



 ▼▼▼



 次の日。ゴールデンウィークの中休みというか、今日と明日は前半と後半を分ける平日であった。当然、学校に登校しなければならない。

 教室にたどり着いた瀧斗は、入った瞬間にギュンッと向けられたクラスメイト達の視線にたじろいだ。


「な、なんだ?」


 星空と仲が良いことが判明した日でもこんな視線を向けられることはなかった。

 6割興味、残りの4割が殺意というギラギラした視線に今にも逃げ出したい衝動に駆られる。

 しかし、


「よく来た、秋月君。早く被告人席に座り給え」


 背後からガシッと掴まれ、複数の男子によって無理やり連行される。気分は裁判所ではなく処刑台に連れて行かれる死刑囚だ。


昭凱あきよし? これはどういうことだ?」

「被告人。秋月瀧斗。今すぐ自白しろ」

「は? なんだこの横暴な裁判は。つーか取り調べ? 滅茶苦茶だな。自白の強要は証拠にならないぞ」

「ふんっ! ここでは俺が法律だぁ!」

「暴君だ! 暴君がここにいるぞ!」


 弱者たきとの訴えは暴君の手下クラスメイトには通じなかった。

 情に訴えるのは効果がないと悟った彼は頬杖をつき、不貞腐れた表情で訊く。


「で? 何を話せばいいんだ?」

「昨日のデートの話だ! 俺は昨日見てしまったんだ。お前がラブラブデートをしているところを! ずっと覗いていた俺の心が何度砕け散ったかお前にはわかるかっ!?」

「ストーキングしてたのかよ。キモいぞ」

「う、うるさい!」


 言い返そうになった言葉を何とか飲み込み、咳払いをしていったん心を落ち着ける昭凱あきよし


「コホン……というわけで、あんな面白……羨ま……面白羨ましいことを本人視点で喋ってもらわないとな! これはクラスメイトおれたちの総意だ!」

「「「 うんうん! 」」」


 何人か他クラスの生徒も混ざっている気もするが、この場にいる全員がとても良い笑顔で心待ちにしている。はよ話せ、と威圧感が凄い。

 はぁ、とため息をついた瀧斗は覚悟を決める。


「しゃーない。それならば聞くがいい! 昨日のデートの内容を!」


 ノリノリの瀧斗にクラスメイトは大盛り上がり。

 あれは昨日のことだった、と前置きして、瀧斗は話し始めた。


「待ち合わせは10時だった。待ち合わせ場所は駅。余裕をもって家を出たはずだったんだが、信号が全て赤でなぁ。少し遅れて着いてしまったんだ。でも、彼女は怒ることなく微笑んで汗を拭ってくれたんだ。遅れてごめんって謝ると『全然気にしてないから。来てくれて嬉しい』だってさ。聖女か! いや、あの慈愛の微笑みと優しさは聖母だ聖母! で、デートが始まってすぐに彼女がそっと手を繋いできてさ。マジ恥ずかしかった。でも『嫌、だったかな?』って上目遣いで訊かれたら嫌とは言えないだろ。実際嫌じゃなかったし。そう伝えるとパァッと顔が輝くんだぜ? 『ずっとこうするのが夢だったの』って言われて死ぬかと思った。まあ、俺も密かに夢だったし……俺の話はどうでもいいか。でさぁ、まずは洋服を見に行ったんだけど、彼女のセンスは抜群なんだよね。俺、この年で着せ替え人形になっちゃって。着替えるたびに褒めてくれるんだ。それが恥ずかしくて恥ずかしくて。でも、嬉しかったなぁ。午前中は買い物で終わって、昼ご飯は近くのレストランだった。彼女は対面じゃなくて隣に座って、甲斐甲斐しく世話してくれた。この年にもなってと思ったけど、嬉しそうだったから何も言えなくて……。仕舞いにはア~ンとか、口元を拭われました。一つ一つの仕草が可愛いのなんの。折角だから俺もやり返した。午後はお店を冷かしてゲーセンで遊び倒したかな。二人でプリクラも撮ったぞ。なんかカップル専用のプリクラだったみたいで要求が激しかった。手を繋いだりとか、ハグしたりとか、最後は頬にキスとか。したかどうかは俺たちだけの秘密。で、その日は残念ながら帰ることになったんだけど、家まで送り届けて、彼女、俺が見えなくなるまでずっと家の前で手を振ってくれたんだ。寂しそうな顔が辛かった……」


 くっ、と辛そうに拳を握った瀧斗は、そこでクラスメイト達の異様な様子に気付く。全員が顔を背けて胸を押さえていたのだ。


「ん? どうしたんだ?」

「な、何でもない。気にするな。それで? お前は彼女のことをどう思っているんだ?」

「大好きだぞ。もう結婚したいくらい大好き。超愛してる。あの人は聖母だ。俺の理想の女性だ!」


 臆面もなく言い切った瀧斗に、聞いていたクラスメイト達はグハッと吐血して倒れ込んだ。

 甘い。甘すぎる。想像をはるかに超えた甘さだ。甘すぎて死にそう。


「本当にどうしたんだ? 大丈夫か?」

「だ、大丈夫に見えるか? くっ! 揶揄ってやろうと思ってたのにカウンターを打たれて一発KOの気分だ。想像以上の惚気話過ぎて、独り身の俺の心がナイフでグリグリと抉られた……いや、大剣でぶった切られてモーニングスターでミンチにされた! これ以上は勘弁してくれぇ~! 死んじまうぅ~!」

「おいおい。マジ泣きかよ……って、他の皆も!?」


 怖ぁ、と彼は引いた。

 男子のほとんどが嫉妬も殺意も抱けないくらいの惚気話で自己嫌悪に陥り、女子たちはあまりの尊さにツゥーッと透明な涙が頬を伝い、祈りを捧げた体勢で昇天している。


「まだまだ言いたいことはあるんだけどなぁ」


 瀧斗の呟きに全員が戦慄。

 これ以上は本当に死ぬ、と全員で必死に宥める。

 昨日のデートの惚気話は、聞いている側の心が限界ということで終了するのだった。





 そして、この惚気話が学校中に広まるまで、15分もかからなかった。


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