俺と私は元家族

ブリル・バーナード

第1話 どんな関係かって? それは――


「――5時間目の授業って何だっけ?」


 夏風なつかぜ星空よぞらは机に腰掛けている友人に問いかけた。

 現在は昼休み。教室はとても賑やかだ。2週間ほど前に高校生となった彼らはやっと緊張感が解れ、新たな親友たちと笑顔でお喋りしている。すっかりと打ち解けたようだ。

 入学式に意気投合して仲良くなった白雲しらぐも真香まどかは友人の問いかけに対し、う~ん、と時間割を思い出し、


「古典じゃない?」


 小首をかしげながら答えた。教室の壁に小さく貼られている時間割表を確認し、うんやっぱり古典だ、と頷いた。


「ありがとー。コテンコテンー」


 星空はカバンに手を入れ教科書やノートを引っ張り出す。

 昼休みが終わって次の授業が始まるまであと15分ほど。それまでに授業の準備を終わらせようと思ったのだ。

 古語辞典をロッカーから持ってきて彼女は気付く。


「あれ? これ現代文じゃん」


 机の上に出されていたのは現代文の教科書だった。古典の教科書ではない。


「あはは! 星空って意外とおっちょこちょい。可愛い」

「こんなの可愛くないですよーだ! 古典の教科書はっと……」


 間違って出した教科書をカバンに戻し、正しい教科書を探る。が、


「あれ? あれれ? 教科書がない? あれれー?」


 いくら探しても何度探しても目的の古典の教科書が見つからない。カバンの中身を全部出しても古典の教科書は存在しなかった。


「嘘……家に忘れてきたかも……」

「たぶんそうだよねー。今日、現代文ないし。古典と間違って持って来たんでしょ」

「マジか……どーしよ。古典のセンセーは――」

「――GTO」

「鬼塚センセーか……うわぁ。めんどくさ」


 古典の担当教師鬼塚は生徒の間では恐れられている先生だった。暴力団の組員かと噂されるくらい厳つい強面の男性教諭。忘れ物をした生徒にはペナルティとして授業中に問題の解答や音読を科される。

 教科書を忘れた星空は必ず指名されるだろう。


「へぇー。勉強ができる美人の優等生星空ちゃんも忘れ物をするんだー」

「普通だし普通。それに美人でも優等生でもない」

「新入生テスト学年2位が何を言ってんの。それに入学してから何人に告られた?」

「……数えてない」

「くっ! 嫌味か? 嫌味なのか!? その胸よこせーっ!」

「ちょっ! 真香やめてぇー!」


 背後から抱きしめられてDカップの胸を鷲掴みされ揉みしだかれる。

 可愛らしい悲鳴にクラスの男子が一斉に振り向き、一斉に目を逸らした。顔や耳、首まで真っ赤になる純情少年たちであった。


「んで? 教科書どうすんの? クラスの誰かから借りる? 星空がお願いすれば男子がすぐさま生贄になってくれるよ?」


 未だ成長中の星空の胸を撫でながら、真香は彼女の耳元で囁いた。


「生贄って。いーよ別に。借りる当てはあるし」

「え? そなの?」


 胸を撫でる友達の腕を振りほどき、椅子から立ち上がった星空はスタスタと教室の外へ出る。真香も興味津々でその後をついて行った。

 星空が向かった先は隣の教室。迷いなく他クラスに突入する。

 教室がざわざわを騒めいた。入学2週間で学年のマドンナ的な存在となっている彼女に当然視線が集まる。一体何をしに来たのかと。


「あ、いたいた」


 同級生の視線を物ともせずに、星空は友達と喋っている一番後ろの席の男子生徒に近づいた。気だるげな雰囲気を纏う平凡な男子生徒である。


「よっすー、瀧斗たきと

「ん? 星空? どしたー?」


 秋月あきつき瀧斗たきとは突然襲来した美人に親しげに応答。

 クラスの興味関心が一斉に平凡な男子生徒に集まった。え、どんな関係? 名前呼び!? とヒソヒソ話が大いに盛り上がる。

 なお、瀧斗と喋っていた男子生徒は口をパクパクと開け閉めして美人に見惚れていた。


「今日、古典の授業ある?」

「ないぞー」

「うわ、マジか……当てが外れた……」


 ガックリと肩を落とす星空を瀧斗は訝しげに見つめ、


「なに? どうした?」

「いや、その、ね? 古典の教科書を持ってないかなぁーって。うん、持ってないよね。授業ないもんね」

「あるぞ」

「あるのっ!?」


 驚きのあまりキスしそうなほど顔を近づけた星空に女子たちがキャーっと黄色い歓声を上げる。


「ふっふっふ。教科書は全て学校に置いている!」

「ドヤ顔して自慢することじゃないと思う。けど、助かった!」


 息が吹きかかるくらい至近距離のまま、若干上目遣いの星空は胸の前で両手を合わせ、


「古典の教科書を貸してー? おねがーい」

「何となくわかってたけどやっぱり忘れたのか」

「うん! タダでとは言わないからさぁー」

「へいへい」


 ロッカーから古典の教科書を取り出した瀧斗は、キラキラおねだりビームを放つ星空に手渡した。


「やった! ありがとー! 愛してるー!」

「そりゃどーも。俺も愛してるぞー」


 棒読み口調の告白に、


「……うわぁ」


 星空は本気でドン引き。二、三歩後退ったほど。


「引くな! 教科書返せ! 貸さないぞ!」


 若干傷ついた瀧斗は貸した教科書を彼女の手から奪い取った。


「うそうそ。ごめんってば。瀧斗が私のことを愛してるのは知ってるからさぁー。貸して貸して貸してぇー!」

「おいコラ! くっつくな! 離れろ!」

「えぇー。なんでー? いつもこんな感じじゃん」

「ここは学校だろうが! 公共の場!」


 椅子に座った瀧斗を背後から抱きしめている星空。彼の首に手を回し、友達とは言えないほどの密着感。少し蕩けた表情でスリスリと頬擦り。

 言葉や慣れた様子などから察するに、二人はよくこうしてくっついているのだろう。

 女子たちは大盛り上がり。男子たちは嫉妬で血の涙を流す。

 これ以上は不味いと悟った瀧斗は教科書を手放す。受け取った星空はホクホク笑顔。

 無事に古典の教科書を手に入れた星空は、再び奪い取られる前に退散することを決めたようだ。


「じゃーね、瀧斗。教科書ありがとー」

「ちゃんと返せよー」


 星空の投げキッスにも瀧斗はおざなりに手を振るだけ。

 教室を出た時、5分前の予鈴が鳴る。


「で、星空? 彼とはどんな関係なの!? 彼氏? 彼氏なの!? くぅー羨ましい! ねね! 彼のどんなところが好きなの? 顔? 性格? やっぱり全部? どこまでいったの? てか、どこまでヤったの? あんなことからこんなとこまで惚気話を詳しく事細かに詳細に教えなさーい!」


 席に戻った瞬間、今までずっと黙っていた真香が興奮気味に問いかけてきた。瞳はキラッキラと輝き、教えろ教えろ教えろ、と威圧感を醸し出している。

 丁度その時、瀧斗のほうでも同じ質問をされていた。


「おい秋月! お前はなんでマドンナ星空ちゃんと仲が良いんだ! 彼女か? 彼女なのか!? あの密着感……チクショー羨ましいぞ! マドンナちゃんの匂いと胸の感触と可愛いところと惚気話を詳しく事細かに詳細に述べてから死にやがれ!」



 質問された二人は困惑げに首をかしげて同時に言う。



「「 全然、全く、これっぽっちも付き合ってないけど 」」



 は? と彼らの友人は一瞬絶句し、



「「 付き合ってないのにあんなラブラブってどんな関係!? 」」





「え? 瀧斗とどんな関係って――」

「そりゃ、オレと星空は――」








「「 ――元家族、だよ 」」





 約3年前に親が再婚し、3カ月前に離婚するまでの間義理の姉弟だった二人は、友人の食い気味の質問に迷うことなく平然と言いきったのだった。







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親が再婚して義理の姉弟になるラブコメは多いですが、再婚して一度家族になったものの離婚してしまい、元義理の姉弟の関係になった二人のラブコメというのは無いなぁと思って書いてみました。

元々は一話完結で投稿もしない予定でした。しかし、続きを思いついたし、せっかくならばと投稿してみました!


ストックは2話あります。

明日(2021/8/2)と明後日(2021/8/3)に更新予定。

その後は不定期。

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