第6話 囲い込み
ロイドがツェランに示した第1案は、単純にドンルとゴレフスの名を連名にすると言うことだった。つまりドンルゴレフスもしくはドンル=ゴレフスを姓とすると言う案である。しかしこれは2つの難点があった。第1に、余りにもなじみがなく冗長に聞こえると言うのが1つ。第2に連名姓は過剰に貴族的に聞こえすぎると言うのが1つ。特に第2の理由は意外と深刻である。
ツェランが孤児であると言う背景を踏まえれば、ことさら貴族的な姓は、孤児ゆえのコンプレックスゆえと敵対者から攻撃される口実を与え得るし、貴族からの怒りを買いかねないからである。
第2案は、ニエンニム辺境伯爵に丸投げすると言うことだった。つまり、姓をニエンニム辺境伯爵につけてもらえば、姓においてツェランはニエンニム辺境伯爵の名付け子同然と言うことになる。それで増長しては論外だが、すべてをあなたに委ねますという姿勢は辺境伯爵からすれば可愛いものであろうし、自分が名付けた姓ならば、今後も多少は気にかけてくれるだろう。
ニエンニム辺境伯爵家は何と言ってもコク高52万コクの大大貴族である。他者にはその後ろ盾を誇示することが出来るのだ。
しかし実際に与えられた名を聞いた時、果たしてこの選択が良かったのかどうか、ロイドは考え込むことになった。
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「
「おまえはいつも私が党利政略で動いていると思っているな。私があの少年を誇りとしているのは事実だぞ?」
「しかしそれにしてもニエンニムシュトルツとは。ニエンニム辺境伯爵家の紐付きであるのを誇示したも同然」
総執事のアトリーは、紅茶を淹れながら、主人にそう言う。アトリーは、家政においては総執事であり、領政においては首席秘書官である。辺境伯爵のヴィルヘルムとは同年齢で、共に歩いて既に58年。ヴィルヘルムの側近中の側近だった。
「紐付きにする気はないぞ。ギフテッドを強権的に囲い込むことは王法で禁じられている。ただの11歳の子があれだけの商会を築けるものか。ツェランがギフテッドなのは自明だ」
「それも極めて有用な。他領にとられれば暗殺も考慮しなければならないくらいには、ですな」
「そうはしたくはない。苦労の末に成功を掴んだ子だ。おまえはすぐに私を人でなしであるかのように言うが、あれほど苦労したのにあれほど真っすぐな少年だ。いとおしいではないか。あれの幸福を心から願っている。それは嘘ではない」
「しかし
「…そうだな。心理的な枷を与えたのは事実だ。辺境伯爵などと言う恐ろし気な怪物からかくも優しくされて、最大の名誉を与えられた。私はあれの最大の理解者になった。ツェラン・ニエンニムシュトルツが私の見立て通りなら、死んでも私を裏切れんだろうよ」
「それが彼個人の不幸の種にならなければよろしいのですがね」
アトリーは飲み干されたカップに、おかわりの紅茶を注いだ。
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ツェラン・ニエンニムシュトルツは姓持ちになったわけだが、少なくともそれで目に見えて変わったわけではない。商会の名前は変わらずゴレフス商会のままだったし、ツェランはツェランと呼ばれ、ゴレフス商会と家の大きさも変わらなかった。
金額で言えば、ニエンニムに限定してもツェランはかなりの大商いをしていたのだが人参売りは、言ってみれば卸売りがメインである。
町の人の目から見える小売部門は相変わらず細々とした物を売っているに過ぎなかったし、薪売りから薪も買い取っては売ってをしていた。
「おはよう」
朝起きて、顔を洗っていた時、奴隷3人が起きて来て、顔面蒼白な感じだった。
「何かあった?」
「実はツェラン様」
口を開いたのはティルスだった。ティルスは一番商人向きと言うか、ややこしいことを説明するのは、基本、ティルスの担当である。
獣人は多胎であることが多い。この3人も3つ子で生まれたのだが、女児のファラーナも含まれていることからも明らかであるように、多卵姓の3つ子で、普通の兄弟程度にしか似ていないし、性格も違う。
基本的にはガキ大将タイプのキンバがリーダーシップをとっているが、面倒事を考えられるのはティルスだ。
逆に言えばティルスが返答したことから、あ、これは面倒なことだな、とツェランには分かった。
「
「えっ!?」
「
大事なことだから2度言いましたみたいな感じで、ティルスが淡々と言った。
「…誰に?」
「僕たち3人、全員に、それぞれひとつずつです」
「ええーっ!」
とりあえず、ファラーナに食事の用意をしてもらい、キンバに開店準備をさせる。その間に、ツェランはティルスと話す。
「いや、おかしいよ!それはいくらなんでもおかしいよ!」
ツェランは言う。15歳での
「ツェラン様はダブルギフテッドですよね?」
「そうだけど」
「たぶんツェラン様は15歳の時にトリプルになりますよ。ツェラン様の影響としか考えられません」
3人兄弟が全員、ギフテッドになるなんて絶対と言い切っていいほどあり得ない。しかし実際になったとすれば他の要因が考えられる。ツェラン自身がものすごく運よくダブルギフテッドなのだから、ツェランの奴隷のこの3人がその余慶を被っていると考えるのが妥当だろう。
これはすごいことなのではないだろうか。
14歳の奴隷を買えば、1年でギフテッド奴隷になるわけだ。
「他の奴隷を買ってもこうなるかも知れません。僕たちだけかも知れません。けれどもやたらに14歳以下の奴隷は買わない方がいいんじゃないでしょうか?世界征服をお望みならばそれもいいかも知れませんが」
このことが知られれば、ツェランはどれだけ危険視されるだろう。
それに ― 。奴隷だからと言って別に服従の魔法などがあるわけではないのだ。従うか従わないかは最終的には当人次第。ギフテッドなんて統御しがたい能力を持たれると、最悪、反逆される恐れもある。
「ううう、そうだね」
「僕たちはツェラン様のことが好きですし、何があろうと出て行くつもりはありません。しかし世の奴隷が全員が全員そうとは限りません。忠誠心の低い奴隷に
「ううう、考えるよ」
混乱しながらもツェランはそう答えた。
「僕たちの
ティルスは言いよどむようにそこで一度、言葉を切った。
「ファラーナの
ツェランは先を促す。
「
「!」
「ツェラン様。これはあくまで想像ですが、僕たちがツェラン様のお役に立ちたい、これがあればいいのになあと常日頃思っている能力が
キンバはあんな感じなんで、護衛として完璧にツェラン様を守りたい、そのための力を欲して、剣豪になったんだと思われます。
そしてファラーナは、自分の命に代えても、ツェラン様を守りたいと」
「…」
「ファラーナは喜んでいましたよ」
「…そんな…私は、どうすればいいんだ」
「お体を大事にしてください。そうすれば、ご自分か、ファラーナかの二者択一を迫られることもありません。それでご相談なんですが…」
ティルスは話を続けた。
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