第4話 王都ヴィエナ

 エリューシオン王国は、分権封建制の国であり、貴族諸侯の領地内の施政には、王家は関与しない。それどころか、諸侯同士の内紛についても自力救済フェーデの原則が重視されるので、隣接する貴族同士に関しては内戦がしばしば起きている。

 そう言う中、王家がどうやって覇権を維持しているかと言えば、ひとつは単純に諸侯の中の1家として規模が大きいこと。

 その土地の総生産高を麦単位のコクに置き換えて算出するコク高制で言えば、全国2000万コクのうち王家宗家が500万コクを掌握し、国姓貴族(王家と同じく姓スフォルツァを名乗る王家と同じ家門の貴族)の所領を加えれば1000万コクに達する。もちろん断トツの規模だ。

 もう1つは参勤交代制である。1年交代ですべての領地貴族は王都に参内しなければならない。国元で怪しい動きがあれば、王都に参内された時に詰問されるので、そうそう怪しい動きは起こせない。

 また、貴族の認知された子弟は13歳年次から18歳年次までの間、王都にある教育施設、貴族院で学ぶ義務があり、王家への忠誠と王家に対する序列を叩き込まれる。彼らは事実上の人質でもある。


 そう言う訳で、すべての領地貴族は王都に屋敷を維持しているわけで、莫大な雇用と経済効果を生んでいて、王都ヴィエナの人口は100万人を数える。統一神教世界でも最大の都市だ。


「わー」

「ツェラン様、きょろきょろしないでください。おのぼりさん丸出しだとスリに狙われますよ」


 王都ヴィエナの殷賑ぶりに驚愕するしかないツェランだったが、王都育ちのキンバから注意されてからは気を引き締めた。ちなみにツェランを「ツェラン様」と呼ぶのは、そう言う取り決めだからである。

 通常は旦那様なのだが、ツェランはまだ10歳の子供なので、他人に旦那様と呼ばれているのを聞かれれば悪目立ちしすぎる。

 キンバは奴隷だが、月1度は、社会見学と言うことで引率されて王都を歩く機会があって、王都のことはかなり知っている。オイゲンシュタット商会は王都の商会だったので、キンバも王都で売られて生きていく可能性が高かったので、王都のあれこれについては知識として叩き込まれていた。


 無限収納を恩恵グレイスとして持っているツェランは、スリに狙われても貴重品は全部、恩恵グレイスの中に入れてあるので、被害には遭いようがないのだが、キンバからは地縁の無いおのぼりさんは別目的でも狙われかねないと注意を受けていた。

 つまり顔立ちが良い子は性奴隷目的で攫われる可能性があるのだ。

 ツェランは結構、ハンサムな少年である。稚児として欲しがる貴族や大商人はいないとは限らない。


「王都は怖いなあ…」

「ニエンニムとは勝手が違うかも知れませんが、慣れればなんとでもなりますよ。まずはやることを済ませましょう」


 やることとは、王都商人ギルドでの登録である。


 商人ギルドで登録できる商人資格には4種ある。


 1種商人は、その商人ギルドが管轄する地域内に、住所のある商会を構える商人であり、年100万エキュの上納、毎月の帳簿提出義務、帳簿利益の3割の上納義務を負う。帳簿記載の不備や実態調査との齟齬があれば、商人ギルドから指導が入る。これらの条件は王都商人ギルドのものであり、条件は各地商人ギルドで若干の違いがある。

 ニエンニムでは固定上納金額は25万エキュであり、利益上納は2割である。1種商人は、その管轄地域の領民になる。ツェランは、ニエンニム商人ギルドの1種商人であり、ニエンニム辺境伯爵領の領民である。

 もしツェランが王都にも店を開くのであれば、王都商人ギルドで1種商人にならなければならず、王都店舗に関しては、王都商人ギルドの規定に従って納税などを行わなければならない。

 王都とニエンニムのどちらの領民になるかはツェランの選択次第になる。そして固定上納金はその選択した先の商人ギルドの規定に従うことになる。


 2種商人は、場所に関係なく、固定上納金100万エキュを商人ギルドに支払う。どこの領民にもならず、商人ギルドの領民扱いになる。帳簿提出義務もなく、利益上納義務も無いが、取引相手は商人ギルドに限られる。何らかの商品を広く売りたいが、卸売りも小売りも面倒だからしたくない、と言う者はこの2種商人になることが多い。他のギルドと重複して加盟することも可能である。ただし、物を売る相手は商人ギルドに限られる。相場よりも若干安く買いたたかれることが多い。違反した場合は、資格停止になる他、ギルド諸侯として公爵格を持つ商人ギルドから自力救済フェーデの名において報復される。


 3種商人は、露天商が対象であり、期間限定の特定場所への出店権をギルドから買う形になる。価格は期間の長さや場所、扱う商品次第であり、概ね5万エキュから50万エキュを都度都度支払うことになる。これは商人ギルド構成員の資格を得ず、領民扱いもされない。正式の3種商人手続きをしていないもぐりの露天商に関しては最悪、商人ギルドの自力救済フェーデ権行使によって見せしめに殺されることもある。


 ニエンニムから王都にたどり着くまで40日かかったわけだが、ツェランはただぼーっと歩いていたわけではない。

 その間、無限収納での椎茸栽培を試み、試行錯誤してついには椎茸栽培に成功していた。すでに椎茸がおおよそ1万本、無限収納の中にある。

 王都では、ツェランはこの椎茸を売るつもりである。


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 会議室に通されたツェランは、担当者となったロイドと言う男が見ている前で、用意されていた台のうえに1万本の椎茸を出してみせたのだった。

 ロイドは、無限収納にも、1万本と言う椎茸の量にも驚いて声が出ない。


「俺の恩恵グレイスです。守秘義務は期待できるのですよね?」

「は、はい、それはもう。万が一漏れた場合は調査の上、関係者を厳密に処罰したうえで、商人ギルドは慰謝料支払いの義務を負います」

「結構。俺はニエンニムの商人ですから、王都で店舗を構えて王都民になるつもりはありません。2種商人になりたいのですが、既に店舗を構えているニエンニムでは今まで通り1種商人として商売して構わないのですよね?」

「はい。この場合はニエンニムでは1種商人、それ以外の場所では2種商人と言う形になります。2種商人登録にかかる上納金100万エキュは別途に支払っていただくことになりますが」

「それは構いません。今後、それぞれの場所で店舗を構えたい時は、それぞれの商人ギルドで1種商人登録をすればいいんですか?」

「そうなります。利益上納は各店舗ごとでの作業になりますのでご注意を」

「了解しました。では、2種商人登録をしてもらえますか?」

「はい、引き続きこれら椎茸をお売りになりますか?」

「そのつもりです」

「ならば手続き料や上納金は支払額から差し引きにしましょう。椎茸をお売りになるに際して、何かご希望はありますか?」

「そうですね…小売値で、5000エキュになるよう調整して貰えますか?」

「それは…かなり安くなりますね。もっと儲けられますが?」

「高級品のままだと市場が拡がらないでしょう?まあ、5000エキュでも十分高いと思いますが、その程度ならたまの贅沢で買う人も出てくるでしょう。詳細は言えませんが、ゴレフス商会は安定して大量の椎茸を供給することが可能です。一度きりの大儲けを狙っているわけではありません」

「承知しました。ではその価格設定であれば小売の利益は1割、商人ギルドの儲けは3割と言うことで、ツェラン様に支払えるのは1本あたり3000エキュになりますが、それでよろしいですか?」

「商人ギルドの儲けは4割とってください、俺に支払うのは2500エキュで構いません」

「はっ!?それではいくらなんでもそちら様の取分が少なすぎるのでは?」

「充分な利益はそれで出ますから。その代わり、転売屋などが出ないよう、しっかり統制してください」

「分かりました…。まずは今月はこの1万本を捌きましょう。次月以後はもっと納品可能ですか?」

「毎月10万本は可能です。とりあえず、次月は10万本を用意しましょう。必要な分をその中から買い取ってください。更に必要ならば、そう言ってください。ゴレフス商会の者に持たせますので」


 今回の取引で2500万エキュの儲けをツェランは得た。これは2種商人としての利益なので納税義務はない。まるごとの手取りの資金になる。

 ツェランは、大家からの干渉が無い賃貸物件で、今日からでも入居が可能で、事務所として使える物件についてロイドに聞いたところ、ロイドは王都商人ギルドの真後ろにある集合住宅を紹介してくれた。ここは大家が商人ギルドである。今回の儲けはそのまま王都商人ギルドの口座に入れて家賃と1年ごとの上納金支払いは自動引き落としにして貰った。家賃は月15万エキュである。

 鍵を貰ってその部屋に移動して、そこに転移門を設置してから、ツェランとキンバはニエンニムに戻ったのだった。

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