第3話 奴隷3人

「ご購入いただき、ありがとうございます」


 3人の獣人の中では、リーダー格なのだろう、キンバを名乗る少年が、ツェランに言った。

 あの値段ならば、どのみちツェランは3人とも買うつもりだったのだが、ツェランが買うと言う前に、このキンバと言う少年が、思い切って、


「私たち3人は兄弟なんです。どうか一緒にまとめて買ってください!」


 と訴えたのだった。これは奴隷としては明らかに越権であり、奴隷主であるヒブロンの顔を潰す行為である。ヒブロンは激怒して、大急ぎでツェランが、この3人を買うと明言して所有権を移転させなければ、場合によってはキンバは制裁を受けていたかも知れない。


「お礼は受け取っておくけどね。不問にはふせないよ」


 3人を伴って、ヒブロン商会を出たところで、ツェランは4歳年長の奴隷たちをじろりと睨んだ。


「ヒブロンが怒るのももっともだよ、商品が勝手に売り込みを始めるなんて。俺はおまえたちを買った。ヒブロンは俺の後ろ盾だ。関係がぎくしゃくするかも知れないね」


 ツェランは溜息を吐く。


 キンバのみならず、その弟のティルス、妹のファラーナもぶるぶると震えて、キンバと一緒に謝罪し、赦しを懇願した。


「先に言っておくけど、別にキンバが言わなくてもおまえたち3人は買っていた。人数はいずれ必要になるし、予算内だったからね。むしろ、キンバがしゃしゃりでたせいで、ヒブロンの顔をたてるために、おまえたち3人ではない奴隷にしようかと思ったくらいだ」


 キンバは顔色が真っ青になっている。


「俺は奴隷じゃないし、奴隷と関わったこともないから良く分からない。兄弟がずっと一緒にいられる奴隷はたぶん珍しいんだと思う。オイゲンシュタット商会が倒産してもなお離れ離れにならずに済んだのなら、奇跡的と言っていいのかも知れない。兄弟なら、できればこの先も一緒に、と思うのかも知れないね。俺には兄弟もいないからそこもよく分からないけど、父親や父親同然の人はいた。その人たちと死に別れたのは辛かったから ― キンバの気持ちは少しは分かる。だから、ヒブロンの顔をたてるため、それだけのためにこの兄弟を離れ離れにさせるのもちょっと違うんじゃないかと思った。

 でもね、商人にとっては信用は命だ。商品が勝手に、主人を無視して客に売り込みをはかるなんて、ヒブロンの信用を傷つけたも同然だ。キンバには、自分がやったことがとんでもないことだったって自覚して貰わないとね」

「ごめんなさい…私はよく考えないで…ヒブロン様に謝ってきます!」

「待て待て。いずれ機会を見てそうしてもらうけど、今はまだ駄目だ。まあ、ヒブロンも悪い人じゃないから数日たてば、許してくれるよ。俺と一緒に挨拶に行こう。ただね、今後、うちで働くに際して、今度みたいなことがあったら困るんだよ」


 ツェランは歩きながら懇々と説いた。

 ツェランは10歳だが、舐めて貰っては困ると言うこと。要求水準に達しないなら容赦なく売り払うつもりだと言うこと。商売やツェランに関することは秘密厳守を徹底して貰うこと、などなどだ。


 帰りに衣服を数着買った。それ以外の諸々は、ゴレフス商会が扱っている雑貨類で事足りる。

 元のゴレフスの家、ツェランが今使っている家には、ツェランが使っている部屋以外に、大部屋があって、そこには荷物が置かれていたが、あらかじめ掃除をして部屋を空けてある。そこがこれからこの3人の生活空間だ。


 まあ、最初はツェランも気負いがあった。10歳の子供だし、係累もいない孤児だ。そのせいで軽侮されることも度々あったから、「舐められてたまるか」と言う気持ちが先に出ていたのは否めない。

 研修期間中の1週間の間に、ツェランたちはそれなりにお互いに馴染んだ。

 ツェランが打ち明けた恩恵グレイスのことは、3人とも驚いていたが、これを話さないわけにはいかないので、今後はこれを使って商売をしてゆくつもりだと話せば、秘密厳守である理由をきちんと理解してくれたのだった。

 研修の最終日に、キンバを連れて、ツェランは改めて、ヒブロンに謝罪に行ったのだが、却って大人げなかったとヒブロンから謝罪されたのだった。キンバに向かっては、


「ツェランは俺の友達の、まあ遺児みたいなもんだ。おまえが少しは悪かったと思ってるならしっかりとツェランを守ることで謝罪としてくれ」

「はい!」


 キンバは尻尾を振りながらそう言った。


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 店を再開して、試しにティルスとファラーナだけにやらせてみればそう問題なくやれていたので、ツェランは2つの新しい試みを始めることにした。

 1つは高級食材椎茸の栽培だ。

 椎茸は人工栽培が難しく、天然物しかない。王都では1本1万エキュで取引されていると言う。たまたま見つかったものを採取したものしか流通に乗らないから、椎茸取りで生計をたてている者はいない。

 ツェランは社会的立場の無い孤児なので、他人から恨みを買うことを非常に恐れている。農産物は大量生産して安く売ることは出来るのだが、それをすれば多くの農家が倒産するだろう。その怒りがツェランに向けられた時、守ってくれる人はいない。

 同様に無限収納を活かしての交易商人になるのも難しかった。

 無限収納を使えば輸送コストが限りなくゼロに近づけられるので、膨大な収益が見込めるが、それは市場から通常の商人を駆逐することを招く。

 「やれる」ことと「現実社会の中で出来ること」には違いがあるのだ。事実上、一緒に暮らすうち、ゴレフスはツェランの恩恵グレイスが何であるのかは承知していたので、無限収納で好き放題することの危険性を叩き込んで教えていた。

 ツェランがかなり慎重なのは、ゴレフスの教えがあるからだ。


 もう1つ、やってみることは、ニエンニムと王都ヴィエナとの間に転移門を設置することだ。

 そのためには、まずはツェランが王都に行かないといけない。


 3人の奴隷を買って、これまでやれなかった検証を改めて行ったところ、二点転移門設置の恩恵グレイスは、「ツェランが手をつないでいる人間、すなわち最大2人まで」はツェランと同時に転移門をくぐることが出来ることが分かった。

 王都への道筋は、奴隷3人組は歩かされて王都からニエンニムに来たので、道順は分かっていると言う。

 ツェランは、護衛としてキンバを連れて行くことにした。


「キンバは剣は振るえるの?」

「はい!オイゲンシュタット商会で稽古をしていました。ツェラン様を逃がすために足止めくらいは出来ると思います!」


 キンバは自分用の剣を貰えて嬉しそうだった。

 しかし、と言って、べつだん危険なことはない。

 朝の8時に家を出て、12時まで歩き、道の脇、人目のないところに転移門を設置、ニエンニムに戻って昼食をとる。そして30分ばかり帳簿をつける。13時から転移門で移動して、また歩き続けて、18時にまた道の脇に転移門を設置して、ニエンニムに帰る。

 それを繰り返す。

 二点転移門設置は2点にしか転移門を設置できない。AとBの間に転移門を設置して、Bに移動してそこから歩いてCに行き、Cに転移門を設置しようとすれば、AかBか、どちらかの転移門を廃棄しなければならない。

 

 翌朝は昨日の続きから始めて、日が暮れれば転移門を設置してニエンニムに戻ってを繰り返す。小道に外れたり、夜も移動したり、宿屋で他の者たちに絡まれたりをすれば護衛のキンバが働く余地もあったのかも知れないが、ひたすら治安のいい主要街道を昼間の間だけ歩くだけだ。

 ちょうど40日後に、ツェランとキンバは、王都ヴィエナに到着した。

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