第2話 ニエンニムでの日々

「二点転移門設置か…」


 ツェランが、新たに授かった恩恵グレイスは、二点転移門設置だった。ツェランだけが設置できる、見える、転移門を通って二点間を移動できると言う恩恵グレイスだ。

 ニエンニムに定住するツェランには当面、使い道は無い。


 ゴレフスには子も身寄りも無かった。だからこそ商人ギルドに預けられていた遺言で、ツェランに財産を遺してくれたのだろうが、そんなものよりも、ツェランはゴレフスに生きていて欲しかった。

 また1人になってしまった。

 大切な人を失うたびに、恩恵グレイスが発現しているので、ツェランは恩恵グレイスが呪いではないかと思わずにはいられなかった。


 ただ、今度は、父親のドンルが死んだ時と違って、何をしたらいいか分からない、と言うことは無かった。


(ゴレフスが面倒を見てくれなかったら、俺はどうなっていたんだろう)


 ツェランはそう思う。なにしろ5歳だったのだ。しかも読み書きも知らず、社会のことも何も知らなかった。

 今回は、ゴレフスが残してくれた店、ゴレフス商会がある。ツェランが沈んでいようがいまいが、客や薪売りはやって来るので、その応対をしていれば日々が潰れて行った。

 ツェランが店番をやるのはかなり前から当たり前になっていたので、客の中にはゴレフスが死んだことに気づかない者たちも大勢いた。ゴレフスが残してくれた客たちだ。ゴレフスが死んだからと言って違和感を持たせるような接客をすれば、ゴレフス商会の名折れになると思って、ツェランは自分なりに一生懸命に店の経営にあたった。


 そのおかげか、ツェランはゴレフス商会を潰さなかったばかりが、次第次第に売り上げを伸ばしていった。

 3ヶ月ほど過ぎた頃、新しい試みを行うことにした。栽培が難しいため市場には出回っていない野菜の販売を始めたのだ。

 特に人参である。

 人参は野菜と言うよりは生薬扱いで、小売値が1本が2500エキュとかなり高価でしかも市場には滅多に出回らない。北部から稀に輸入されているが、少なくともそれを作って売っても、北東部のこの辺りの農家たちとは競合しない。


 ツェランには無限収納の環境設定があるから、試行錯誤はあっても、一度成功すれば、どんな野菜でも短時間での大量生産が可能である。

 小売値で1500エキュでなおかつ大量の販売を開始したところ、100本200本単位で購入する交易商人が複数現れて、初月の売上が人参だけで420万エキュになった。

 他の商人たちからは、いったいどうやっているのか、と聞かれたが、契約農家に特別な栽培方法を試して貰っていると言えばそこから先は商売上の機密になるので、商人ギルドからの保護が入る。商人ギルドには毎月帳簿の提出義務があり、利益に応じた税金の支払い義務があるのだが、人参小売値1500エキュのうち、原価は、買い取り価格や経費を含めて1350エキュに設定して、150エキュを利益として報告した。そのため、会計上の利益は42万エキュだったが、実際には原価ゼロなので、420万エキュの売上がまるごと利益である。


 この人参商売は、毎月毎月拡大して、やがて実利益で毎月安定して2000万エキュをツェランにもたらすようになったので、ツェランもかなり忙しくなって、人を雇うことにした。


 あらかじめ客たちには報せたうえで、店を1週間休むことにしたツェランは、まず初日に奴隷商人のヒブロンの処に行った。

 ニエンニムは辺境交易の拠点でもあることから、各地から奴隷が送られてくる。辺境で一発当てようして夢破れて破産して、借金奴隷になる者も少なからずいるので、奴隷の種類、人数が多く、比較的安価である。

 ヒブロンは「誠実な人買い」を自称している奴隷商人で、その阿漕な職業にもかかわらず、商道徳的にはきちんとしている商人だった。ゴレフスの旧友であり、商人ギルドの会合などでは、ツェランの後ろ盾になってくれることが多い。


「商売がうまくいっているようだな、ツェランの小僧。そろそろ言って来るんじゃないかと思って、適当なのを3人ばかり見繕っておいたぜ」


 ヒブロンは、商売の厳しさを知っている。ゴレフスに叩き込まれたツェランなら、ゴレフス商会を早々に潰すことはないだろが、そのゴレフスにしたところで、せいぜいが中堅の下の下くらいまでしか商いを拡げられなかったのだ。

 何かの恩恵グレイスがなければ、今のツェランのように事業を急拡大させられるはずがない。ツェランはまだ10歳の子供なのだ。

 しかし商人が手の内を見せないのは当たり前の話。

 ツェランの恩恵グレイスを知りたがる者は多いが、マナーとして直で聞く商人はいない。

 ツェランも隠したいだろうから、人を雇うなら、守秘義務がある程度は期待できる奴隷を買うだろうとヒブロンは予想しておいた。

 売れる奴隷をわざわざツェランのためにとっておくことまでのことはしないが、売るとすればこれだな、と毎時毎時、あたりはつけておいた。


「ヒブロン、こんにちは。これお土産の人参。3人はさすがにいちどきには買えないかな、値段しだいだけど」

「ああ、土産ありがとうな。こっちもいきなり3人を買うだろうとは思っちゃいないさ。あくまで候補を選んでおいたってことだ」

「読み書き計算ができること、接客を任せて不安がないこと、盗みとかをしないこと、条件はこれくらいかな」

「その読み書き計算、となると値段が跳ね上がるんだが、最低でも2000万エキュになるぞ。大丈夫か?」

「大丈夫」


 ツェランの手持ち資金は今、1億2000万エキュある。

 紹介されたのは獣人ばかりだった。


「獣人なの?」

「獣人は強いからな。その分、頭が悪いと思われている。別にそんなことはないのだがな。力頼りで勉強を疎かにしている獣人が多いというだけのことだ」

「彼らは違うの?」


 3人は14歳の獣人、男、男、女だった。


「連中は生得奴隷でな。例のオイゲンシュタット商会育ちだ。オイゲンシュタット商会、知ってるだろう?」

「知らない」


 ツェランがそう言うと、ヒブロンはずっこけた。


「俺はゴレフスが教えてくれたことしか知らないよ。薪売りの小屋とニエンニム以外行ったこともないんだから」

「あれ?人参の栽培農家のところには行ったことがあるんだろう?」

「うぐぅ」


 にやにやしながら、ヒブロンがかまをかけてきたら、ツェランは言葉を失った。


「まあいいさ。俺は詮索する気はねえ。だがな気を付けな、ツェラン」

「…注意するよ…」

「まあ、オイゲンシュタット商会ってのは王都にあった業界じゃ超有名な奴隷商会だ。ここはセルフメイドの奴隷しか扱わなかった。つまりな、奴隷にもいろいろあるが、奴隷の母親から生まれた子は奴隷だ。これが生得奴隷だ。オイゲンシュタット商会は自分のところで生得奴隷を生産していたんだな。で、子供の時から躾けて、教育をして、能力が高い奴隷を生産していたわけだ。7代続いた立派な商会だったんだが、7代目がとんでもない浪費家でな。資産を食いつぶしてオイゲンシュタット商会は倒産、抱えていた奴隷たちはあちこちに売られて、こいつらははるか北東部まで流れて来たと言う訳だ」


 獣人奴隷と言えば一般的には戦闘奴隷だ。


「俺が欲しいのは、商売の手伝いになる奴隷だよ」

「分かってるって。こいつらは読み書き計算もできるし、接客もひととおり叩き込まれている。こいつらは1人2200万エキュだが、獣人じゃなくて人族だったら、価格は5倍はするぜ」

「人族の方が高く売れるなら、どうしてオイゲンシュタット商会はわざわざ獣人の商会向け奴隷を作ったんだろう?」

「それはな、獣人にも商売をやっている者がいるからだ。連中はきおくれするから人族奴隷は使えない」

「なるほどー」


 獣人の場合は、実際に仕事が出来るかどうか以前に信用の問題がある。つまり、獣人を店員として使っていれば、この店は安い獣人しか使えない店だと言うマイナスの宣伝になるのだ。

 それがあるから、獣人たちも、戦闘能力の方を高めようとするし、読み書きが疎かになる。そうなると、ホワイトカラー労働者としては、獣人は使えないと言う評判がますます強まって、の悪循環になっている。


「でもおまえのところは、そう言う評判はどうでもいいっちゃあ言わんが、まあ、どうでもいいだろ?」


 むかしながらの客は、そもそも店員が獣人かどうかを気にする層ではないし、新しい顧客に対しては、圧倒的に売り主であるゴレフス商会の立場が強い。ぐちゃぐちゃ言う相手には売らなければいいのだ。人参の買い手はいくらでもいる。


「まあ…そうかなあ…」

「それにな、こいつらは獣人だからひととおりの戦闘技術も仕込んである。まあ、なにぶん年若なんでな、本職の獣人戦闘奴隷として売れるほどではないが、その辺の冒険者よりはよっぽど強いぜ。おまえもそれなりの商売人になったんだ。これからは護衛も必要だろう」


 彼らの価格は1人あたり2200万エキュだった。

 ツェランは3人まとめてまとめがいをした。


 

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