孤児ツェランの成り上がり

本坊ゆう

第1話 ギフテッド

 神から与えられた特別なスキルを恩恵グレイスと呼び、恩恵グレイス持ちをギフテッドと呼ぶ。

 人は3度、恩恵グレイスを得られる機会がある。5歳になった時、10歳になった時、そして15歳になった時である。

 5歳の時は、恩恵グレイスが得られる確率は1%。

 10歳の時は、0.1%、15歳の時は0.01%である。つまり圧倒的多数の人々、98.89%の人々は、何の恩恵グレイスも得られない。

 もっとも、恩恵グレイスのほとんどはあっても無くても大して違いが無いようなものばかりだ。例えば小さな火を指先に灯せるとか、1日にコップ5杯程度の水を出せるとか。

 しかしどんなつまらない恩恵グレイスであっても、恩恵グレイスが得られるのは「神に愛された正しき者の印」と見なされているので、あらゆる場面で厚遇されやすい。

 ギフテッドに親切にすれば、それはすなわち神の御心に適うことと考えられているからである。


 しかし必ずしも世の中は心の正しい者ばかりではない。真に有用なギフテッドの場合は、その者を利用せんとして蠢く者も多くなる。素晴らしい恩恵グレイスを与えられた者が必ずしも幸福な人生を送れるとは限らない、いや、むしろ不幸になりやすいゆえんである。


 5歳の時の選別の際に神の御心に適い、ギフテッドとなり、更に10歳の時にも何らかの恩恵グレイスを得る者が稀にいる。そうした者をダブルギフテッドと呼ぶ。エリューシオン王国の人口は2000万人であるから、ギフテッドの総数は22万2000人と言うことになる。うちダブルギフテッドは200人だ。

 恩恵グレイスを3つ持つ者、トリプルギフテッドは2人である。


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 ツェランは母親を知らない。ツェランも人間であるから、母がいたはずだが、ツェランを産んで直ぐに死んだと言う。母乳を与えることもなく、死んだので、ツェランは山羊の乳で育てられた。

 その乳を提供してくれた山羊も、ツェランが3歳の時の冬を乗り越えるために、絞められた。


 ツェランの父は名をドンルと言う。木こりと言うか、薪拾いを生業にしていた。町からやや離れた山奥、然したる魔物も出ない辺りに賤ヶ家を編んで、薪を拾っては乾燥させて、それを麓の町に売りに行くことで自分とツェランを食わせていた。

 何が原因で死んだのかははっきりとは分からない。

 おそらくは、酒でも飲んだのであろう。おのが小屋にたどり着く前に、冬の屋外で眠ってしまい、おそらくはそのまま凍死した。

 朝になって、ツェランが見つけて、穴を掘り、ツェランが家の隣に埋葬した。


 ちょうどその日はツェランの5歳の誕生日だった。いちいち自分が何歳だと数えている庶民は滅多にいないのだが、世界の方は数え漏れは無いようであり、その日、ツェランはギフテッドになり、自分の恩恵グレイスについて使い方の情報が頭に叩き込まれたのであった。


 翌日、ツェランは薪を町に運び、父のドンルが卸していた商人のゴレフスのもとに運び、父が死んだので、これからは自分が薪を持ってくると告げた。

 ゴレフスは、そうか、と言っただけであり、代金の銀貨8枚(8万エキュ)を支払った。ゴレフスは、当然ながらツェランが孤児になったことを知ったわけだが、別にどうともしなかった。町の子が孤児になれば孤児院に入れられるが、ツェランは町の子ではない。後は生きるか死ぬかは当人の運次第である。


 ツェランは翌日も薪を運んできた。薪を念入りに調べて、問題なしと判断したゴレフスは、やはり銀貨8枚を支払った。


 次の日もツェランが薪を持ってきた時には、ゴレフスもさすがにおかしいと勘づいた。


「おまえ、なにか恩恵グレイスを得ただろう?」


 ゴレフスがそう言うと、ツェランが緊張したのが分かった。

 ツェランは、ドンルから、もし何か恩恵グレイスを得たとしても絶対に他人に言ってはならないと口うるさく注意されていた。自分たちのような虫けらのような人間は、恩恵グレイスを得ても他人に利用されて使い捨てられるだけだと。


「ああ、言わんでいい。おとうから何か言われておるんだな?いいか、薪と言う物はだな、切って直ぐに使えるもんじゃない。おまえもよう知ってるだろう?乾かさんといかんのだ。それでな、薪売りはおまえだけじゃない。俺はまんべんなく、いろんな薪売りから買わんといかんのだ。だからおまえのところがどれだけ薪を持ってきても買える数は決まっとる。ドンルはそれが分かってるから、売れる分以上は薪は作らん。

 俺はドンルが残した薪をおまえが持ってきたのかと思っていたが、3日続けてだ。もう薪はなかろうが、こうしておまえは持ってきた。つまりこれはおまえがこしらえた薪だ。にもかかわらずきちんと乾かしてある。

 多分な、おまえ薪づくりの恩恵グレイスを得たんだろう?ああ、いい、言わんでいい。いちどきに薪をとるな。いちどきに木を切るな。使える数は限られている。俺がおまえから買えるのは1ヶ月に1回だけだ」

「おとうは死んだ」


 ツェランは言った。


「ああ、それは分かってる。だがひと月に銀貨8枚あれば十分暮らしていけるはずだぞ。おまえはドンルの後を継いで薪売りをやればいい」

「俺、山に1人だけ。1人だけは嫌だ」


 そう聞いて、ゴレフスはしばらく、黙ってツェランを見たまま、何も言わなかった。


「そうか、じゃあ、おまえ、店番やるか」

「やる」


 そうやって、ツェランはゴレフスのもとで店番をやるようになった。雇われているわけではない。ただ、ツェランがいる時は、ゴレフスは食事を作ってやったり、手が空いている時は読み書きや計算を教えてやるようになった。


 ツェランが授かった恩恵グレイスは別に、薪売りの恩恵グレイスではない。5歳の時にツェランが授かった恩恵グレイスは、無限収納の恩恵グレイスだった。

 これは植物・微生物を除く生体と、大地から切り離されていない融合している大地の一部、それら以外は、容量を問わずに異次元に収納できると言う、極めて希少かつ有用な恩恵グレイスである。

 収納系の恩恵グレイスは、保持者はそれなりにいるが、容量無制限となると、おそらくエリューシオン王国では数人程度だろう。


 それだけでも凄いのだが、ツェランの恩恵グレイスは更に機能が付いている。

 まず、目視で収納の出し入れが可能だと言うことだ。

 通常は収納系の恩恵グレイスは、対象に触らなければ収納できないし、出す場合であっても、台や地面、床などに掌を接触させて、そこに収納物を出現させると言う形になる。

 目視で出し入れが可能と言うことは、触れないものも収納できると言うことだ。具体的には雲や水蒸気などの気体や、危険で触れないマグマなども、目に見えれば収納できると言うことだ。更に目視できる範囲で随意で収納物を出現させられるのであれば、ツェランは戦闘力は非力であっても、巨大な岩を魔物の頭上に出現させれば自動的に大抵の魔物は潰されて死ぬので、安全に距離をとって魔物を斃せると言うことでもある。

 おそらくは目視での収納が可能と言うのは、ツェランの恩恵グレイスが初めてと思われる。


 自動解体機能は、収納系の恩恵グレイスであれば付随していることが多く、これは収納されているのが魔物や家畜であれば、そう指示を出せば、部位や素材ごとに自動的に解体してくれる機能である。

 冒険者ギルドや屠畜場では、容量が小さめの収納系恩恵グレイス持ちでも、自動解体機能付ならば、解体要員として雇用されていることが多い。ツェランの恩恵グレイスにも付随機能として付いていた。


 収納された物品は、セルごとに区分されて保管されるのだが、ツェランの恩恵グレイスは、気温・湿度・陽光の有無・大気の有無・進行速度を個別設定することが可能になっていた。

 通常は、気温20度程度、湿度50度程度、陽光と大気は有り、時間停止状態がデフォルトになっていて、いじれないようになっていることが多い。ツェランの無限収納はそれらがすべていじれるようになっていた。

 これはどういうことかと言えば、ツェランは無限収納の中で、料理を行うことも可能であるし、農業も出来ると言うことなのだ。

 例えば鉢植えの中にジャガイモを埋めて、合間合間で取り出して水をやりながら、セル内の時間速度を進めれば、数分かからず生長させて収穫できる、ジャガイモどころか樹木ですらこれが可能なのだ。

 それどころか、海を知らないツェランは思いついてはいないのだが、海産物の養殖すら可能だろう。


 ツェランは、生木を目視で収納し、自動解体で適当な大きさに切断して、セル環境設定で乾燥状態にして、時間を一気に進めることでほぼ一瞬で薪を量産していたのだった。


 この恩恵グレイスさえあれば、ツェランは交易商人、農産物・水産物生産業者、魔物掃討専門の冒険者としてたちどころに大成できるのだが、当人は恩恵グレイスを除けばただの5歳児だった。

 山できのこなどを拾っては、ゴレフスのところに土産として運ぶことだけで満足していた。

 

 結果的にはゴレフスは、ツェランには第2の父とでも言うような存在になり、文字の読み書きや計算(これが出来るだけでもエリューシオン王国では上位5%以内に入る知識人である)、社会常識、彼は意外と物識りだったので、持てる知識を雑談と言う形でツェランに伝え、ツェランが10歳になる頃、流行病で突如として死んだ。

 ゴレフスの店と、商人としての登録株、その町ニエンニムの市民権、わずかばかりの財産は遺産としてツェランに遺されたのだった。


 5歳の時に父を失い、恩恵グレイスを得たツェランは、10歳の時に第2の父を失い、そして再び恩恵グレイスを得たのだった。


 


 


 

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