第95話 実力主義と洞窟実験場

「アリスさん、そろそろ仕事を始めましょう。ここで話をしていても材料は集まりません」


 お喋りをやめて、俺は仕事を始めようと言った。

 俺達の仕事は口ではなく、身体を動かす事だ。


「ん? さん付けはいいよ。じゃあ、まずは10級ぐらいの簡単な素材から集めてもらおうかな?」

「その前に鑑定水晶で俺達を調べた方がいいと思います。メリッサは冒険者じゃなくて船員だったので、まったく戦闘経験がないです」


 いきなり仕事に行くつもりはない。

 女の子二人に格の違いを今すぐに教えたいだけだ。


「えっ? 二日も二人っきりで特訓したじゃない!」


 一日目十五分、二日目二十五分。

 あれは特訓ではない。お遊びだ。


「メリッサ。俺は練習の時に、実力の一パーセントも出していなかったんだよ」

「そんなの嘘だよ! 何回も倒れてたじゃん!」

「あれは弱過ぎて可哀想だったからだよ」

「ぐっぬぬぬぬ!」


 メリッサは怒っているようだけど、魔物に袋叩きに遭う前に現実を教えてあげた。

 これも優しさだけ理解してほしい。


「そうね。いきなり魔物と実戦は早いね。修練場があるから、私が実力を見てあげるね」

「よろしくお願いします。3級の俺と違って、二人とも戦闘面では少し不安がありますから」


 男の俺だと、やっぱり女の子相手だと手加減してしまう。

 ここはアリスに二人をボコボコにしてもらいたい。

 でも、研究員とか言っていたから、俺よりも弱いかもしれない。

 まだまだ身体は本調子じゃないけど、女の子相手なら、ちょうどいいハンデだろう。


「えっ? ルディは7級でしょう? 嘘吐いたら駄目だよ」

「エイミーが寝ている間に強くなり過ぎてしまったんだよ。3級海賊を撃退してしまうぐらいにね」

「むぅ~~!」


 頬を膨らませて、エイミーがちょっと怒っているけど事実だから仕方ない。

 鑑定水晶で調べれば、風魔法、爆裂魔法、強化魔法、炎魔法のどれか一つぐらいは覚えているはずだ。


「喧嘩するなんて仲が良いんだね。じゃあ、修練場に移動するよ」


 鉄扉を閉めると、また長い廊下を今度は四人で歩いていく。


「三人とも昼ご飯は食べた? よかったら、用意するよ?」

「タダですか?」

「もちろんタダよ。寝れる場所もあるから自由に使っていいからね」

「やったぁ! 宿付き飯付きね! あっ、お給料とかいくらぐらいなの?」

「それは仕事量と結果で決まるかな?」


 先頭をメリッサと歩くアリスは、さっきの顔だけ美少年と違って友好的だ。

 そして、そんな美少年がいる丸部屋が見えて来た。

 先輩の一人の時間を邪魔しないように、さっさと部屋の中を通りたい。


「あっ、エリアス発見! ねぇ、エリアス。暇なら修練場でこの子達の実力を見てあげてよ! ルディなんて、3級の実力があるんだよ。久し振りに本気を出せちゃうかもよ!」

「……」


 丸部屋に到着したアリスが、椅子に座っている顔だけ美少年に話しかけまくっている。

 なのに、エリアスと呼ばれた美少年は、一切会話する意思がないようだ。

 ピクリとも反応しない。同僚に対しても、冷たい態度は変わらないようだ。

 

「あっははは。ちょっと忙しかったみたいだね。修練場はこっちだよ」


 どう見ても机に両足を乗せて、メチャクチャ暇そうにしか見えない。

 アリスに本気でそう思っているのか聞きたいけど、そう思っているなら、それが真実なんだろう。

 でも、俺達は別の通路に入る事をエリアスに禁止されている。

 一歩でも入ると殺すらしいから、入っていいのか聞かないといけない。


「えーっと、エリアスさん? 俺達も通路に入っていいですか?」

「さっさと消え失せろ。殺すぞ」

「はい! すぐに消えます!」


 良かった。入っていいみたいだ。

 アリスに続いて、急いで通路の中に飛び込んだ。

 俺は無視されなかったから、ちょっと気に入られているのかもしれない。


「もぉー、アイツ、超最悪! 生意気なガキは殴らないと駄目よ!」

「もしかすると、女性が苦手なだけかもしれないよ? ルディとは普通に話してたし、恥ずかしがっているだけかも」


 通路に入るとすぐに、メリッサとエイミーがエリアスの悪口を言い始めた。

 もしも悪口が聞こえたら、皆んなの意見じゃなくて、二人の個人的な意見だと思ってほしい。


「あっ、それ有り得るわね。好きな女の子に意地悪するタイプなのよ。三人全員に意地悪するんだから、女なら誰でもいいんじゃないの? クッフフ。試しに付き合ってあげたらどう?」

「えっー、顔は良いけど、あれは嫌だなぁー」

「私も性格が良くならないと嫌ね。でも、お金は結構持ってそうな感じね」


(これってもしかして? 俺の事を話しているんじゃないのか?)


 二人の個人的な意見を聞いていると、ある事に気づいてしまった。

 さっき俺も二人を怒らせたばかりだ。二人に気があると勘違いされている可能性がある。

 つまり、優しくしてくれないと付き合えないと、遠回しに俺に伝えているんじゃないだろうか?


 だとしたら、困った事になる。エイミーとメリッサなら、エイミーを選ぶ。

 エイミーとシルビアとアリスなら、ちょっと悩んでしまう。

 ここは第五の女カルナを見てから、誰と付き合うか決めてあげるしかない。


「二人とも何を言ってるの? エリアスは二十六歳だよ。見た目は十四歳だけどね」

「嘘⁉︎ 全然見えない!」

「本当に二十六歳なんですか? どう見ても子供ですよ」


 アリスが教えてくれた衝撃の事実に、メリッサは驚き、エイミーは疑っている。

 俺は子供にペコペコするよりも、歳上にペコペコする方が気が楽だから、歳上歓迎だ。


「本当だよ。私よりも歳上なんだよ。ついでに2級以上の氷魔法の使い手だから、私は尊敬を込めて、永遠の美少年とかけて、裏で『氷遠ひょうえんの美少年』って呼んでいるよ」

「あっははは。確かに似ているようで、ちょっとだけ違いますよね」

「うんうん。そうだよ。美少年も時が経てば、氷のように醜く溶けるんだよ」


(宿屋でもそうだったけど、女って可愛い顔して、腹の中はドス黒いんだな)


 アリスは本人の前では笑っていたけど、絶対に尊敬の気持ちは欠片もなさそうだ。

 人の性格に文句を言う前に、自分達の性格を直した方が良いと思う。

 でも、結局、男も女も顔が良いのがモテるんだよな。


「はい。到着したよ」

「あのぉ……『実験場』って書かれてますけど」


 悪口を言いながら、通路を進んだ先には鉄扉があった。

 エイミーは鉄扉に張られた紙が気になるようだ。

 扉に張られた白い紙には、実験場と書かれてある。

 確か修練場に行くはずだった。意外と方向音痴なのだろうか?


「多目的用の部屋だから、呼び名は何でもいいんだよ。さあ、入って入って!」


 小さな事は気にしない。

 そんな感じでアリスは鉄扉を開けると、目の前には洞窟が広がっていた。


 洞窟は直径三百メートル、高さ二十メートル以上はありそうだ。

 巨大な濃茶の岩洞窟は、地面も天井もゴツゴツしているし、所々岩が突き出ている。

 でも、天井は星空のようにキラキラと輝いて、洞窟全体を明るく照らしていて綺麗だ。


「随分と荒れ果ててますね? まるでここだけ天然の洞窟ですね」

「最初は小さな白い部屋を作ったんだけど、すぐに壊れるから、修理するのが面倒になったんだ。掃除するのも大変だからね」

「確かに岩や石ころが散らばってますね」


 これだけ広いとエイミーも思いっきり走れそうだ。

 しかも、部屋を壊していいなら、遠慮なく戦える。

 

「地面が乾いているから、テントがあればここに住めそうね」

「それは駄目。ここは毒薬を使った動物を放し飼いにするから住めないよ」

「えっ、動物実験とかするんですか? 可哀想ですよ。やめませんか?」

「駄目。動物を魔物に変えて倒すと、珍しい素材を落とすからやめません」

「「えっー!」」


 多目的用と言ったのに意外と厳しい。テントは置かせないし、動物実験も中止しない。

 ここは俺も空気を読んで、アリスに何かお願いした方がいいけど、何も思いつかない。

 とりあえず無難なお願いでもしてみよう。


「そろそろ始めませんか? 俺がエイミーとメリッサと戦えばいいですよね?」


 もちろん手加減はするけど、動きを押える為に身体を抱き締める必要がある。

 イヤらしい気持ちはまったくないので、変なところを触っても、怒らないでほしい。


「そうだったね。まずは鑑定水晶で皆んなを調べさせてもらうよ。メリッサ、エイミー、ルディの順番で調べるから並んで」

「「はぁーい」」


 そう言って、アリスは俺達を集めると、背中の蝶々結びされたベルトリボンから、台形の台座に乗った透明な水晶を取り出した。

 あのリボンの中にアイテムポーチがあるようだ。


「これに触ればいいんでしょ?」


 最初に水晶に触れたメリッサは予想通り、スキルも魔法も何も持って無かった。

 本人はガッカリしていたけど、伸び代が無限にあるというだけだ。


「う~ん、前に調べた時と同じだよ」


 次のエイミーも『従魔契約』と『テイマー』の青文字しか浮かび上がらなかった。

 まぁ、風竜の時は散歩してただけだし、海賊の時はおっぱい揉まれただけだ。

 当然の結果だ。


「ふぅー、最後は俺ですね」


 最後に本命の俺の出番がやって来た。アリス以外は見ない方がいいかもしれない。

 あまりにも実力差があり過ぎると、ショックで立ち直れなくなるかもしれない。

 しっかりと水晶を右手で握ると、赤文字が浮かび始めた。


「結構たくさんあるね。『超速再生』は上位の魔物がよく持っているよ。魔法は『プロテス』『シェル』だけだね」

「ん? えっ? ちょっと待ってください⁉︎」


 まさかの俺も変化なしだ。この鑑定水晶が壊れているとしか思えない。

 俺はタイタス、風竜、ゼルドの強敵との戦いを三回も繰り返し勝利した。

 その俺が寝ていただけのエイミーと同じ変化なしは有り得ない。

 

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