第94話 桃色髪と桃色着物と女子力

 五百メートル近い長い一本道の廊下を進み続けると、階段ではなく鉄扉に辿り着いた。

 鉄扉の隙間から、薬屋の匂いと魔物の匂いが混じり合った独特の異臭がする。

 匂いは嫌だけど、この扉の先に美女がいると思えば我慢できる。


「失礼しまぁーす……」


 いきなり扉を叩かれたら、俺なら音で驚いてしまう。

 ゆっくりと扉を押して、小声で挨拶しながら中を覗いてみた。

 廊下が続くかもしれないと、ちょっと思ったけど、真っ白な壁を持つ四角い部屋が見えた。

 そして、その部屋には誰もいなかった。


「あれ? また誰もいないよ」

「もぉ、また? 全然仕事が出来ないよ」

「橋で釣りしてれば、誰か来るんじゃないの?」


 扉を大きく開いて、三人で部屋の中にズカズカと入っていく。

 さっきの机だけの丸部屋よりは、生活感がある。

 四つもある机の上には、散らばった書類と広げられた本が何冊も置かれている。

 

「あっ! この本、知ってる。私も同じ魔物図鑑持ってるよ」

「うわぁー、何か色々な名前が沢山書いてあるわよ。一日中、文字を書くのが仕事なの? 考えただけで頭が痛くなるわね」


 小島の家と同じように、二人は机の上の本や書類を普通に手に取って調べている。

 こういうのは勝手に動かすと怒られるし、中身を読んだら駄目なのは常識だ。

 二人だって、日記帳や恋文を読まれるのは嫌なはずだ。


(はぁ……他人の振りをしよう)


 常識知らずの恥ずかしい二人は放っておいて、部屋にあるもう一つの鉄扉を開ける事にした。

 四つも机があるんだから、四人の美女の一人ぐらいは、この先にいるはずだ。


「失礼しまぁ……いない」


 今度の部屋も誰もいなかった。

 でも、さっきの部屋と違って、本棚が壁に沿って隙間なく置かれている。

 調査部と言われるぐらいだから、こういう大量の本から情報を探すんだろう。

 仕切りが五段もある本棚には、ビッシリと本が入れられている。


 まぁ、こういうのは頭脳労働担当の人に任せるから、俺は次の扉に行ってみよう。

 本部屋にも鉄扉がもう一つあった。難しい本を読むよりも、男は身体を動かしたいのだ。


「うわぁっ!」

「んっ? 君、誰?」


 何も言わずに扉を普通に開けると、部屋の中に人がいたから驚いてしまった。

 当然と言えば当然だけど、この流れだと誰もいないと思ってしまう。

 慌ててピンクの髪と薄緑色の瞳の二十歳ぐらいの、凛々しい顔立ちの女性に挨拶した。


「こ、こんにちは! 今日からお世話になる。ルディです。シルビアさんの紹介で来ました」

「あぁー、確か一週間前に、そんな手紙を伝書鳥が持って来てたね。遅いから忘れてたよ。私はアリス。調査部『アレス』の研究員だよ。あっはは、まぁ、私とカルナの二人しかいないんだけどね」


 さっきの顔だけ美少年と違って、今度は顔も心も美しい美女で間違いない。

 心の中で、のんびりした口調のアリスさんとの出会いに感謝した。

 それに女の子がもう一人いるなら、俺の分の机が無いけど最高の仕事場だ。


(可愛い服だけど、見た事がない服だ。ここは服装は自由なのか?)


 アリスが着ているピンク色の袖無しドレスには、五枚の白い花弁が付いている。

 だけど、膝上までの短い裾が、ズボンのように真っ直ぐ伸びている。

 腰回りには幅が十五センチはありそうな、赤い布のベルトを巻いている。

 赤い布の両端を腰の後ろで蝶々結びして、可愛らしいベルトリボンといった感じだ。


 でも、ドレスと違って、上から下に縦に布の切れ目があるのはおかしい。

 あれだとドレスというよりも、裸にコートを着て、大きなリボンで縛った感じだ。

 ああいう少し変わった服が、この街では普通に売られているのかもしれない。


「じゃあ、早速お仕事の話を始めましょうか? まずは——」

「あっ、ちょっと待ってください! 他にも仲間が二人います。連れて来ますね」

「あぁー、大丈夫。この部屋は危ないから私が行くよ」


 アリスが仕事の説明を始めようとしていたので、連れが二人いる事を教えた。

 確かにこの部屋は、今までの部屋の数十倍は薬草や魔物の匂いが強い。

 棚にも机にも、魔物の素材や透明なガラス瓶に入った、毒々しい色の液体が並んでいる。

 瓶を落とすと、確かに爆発しそうな感じがする。


「本当に助かったよ。人手というよりもお金が足りなくて、実験がストップしそうだったから」

「そうなんですか? じゃあ、お金を稼ぐのが俺達の仕事なんですね?」


 部屋の扉をしっかりと閉めて、エイミー達が物色している部屋に二人で歩いていく。

 俺とアリスの話し声が聞こえたのなら、急いで手に持っている書類や本は置いてほしい。


「うんうん、それでもいいんだけど、魔物の素材を買う為のお金が足りないんだよ。だから、自分達で調達して、タダで済ませたいんだ」

「なるほど。魔物を倒して素材集めをするのが仕事なんですね?」


 宿屋のベッドの下で聞いていた、エイミーとシルビアの話の内容とほぼ同じだ。

 難しい本を読まされるかと思ったけど、俺の知力の出番はまだまだ先のようだ。


「そうそう。騎士団も冒険者ギルドも国営だから、裏で優先的に依頼を回してもらうつもりだよ。実力があれば報酬も独占できるから頑張ってね」

「じゃあ、冒険者の等級とか上げれますか? 結構強敵を倒しまくったから、3級はあると思うですよ。それに新しい魔法を覚えていると思うですよね」


 タイタス、風竜、ゼルドと、強敵との戦闘で何回も死にかけた。

 冒険者ギルドの水晶を使わせてもらえば、新しい魔法が一つぐらいは現れるはずだ。


 ついでに冒険者カードを7級から3級に上げてほしい。

 3級になれば、冒険者ギルドの受付女性を口説く権利が与えられるそうだ。

 頑張ったんだから、それぐらいはしてもらわないと困る。

 

「等級を上げるのは出来るけど、冒険者は3級までしかないけどいいの?」

「はい、それでお願いします」

「じゃあ、三人とも3級冒険者にしておくね。鑑定水晶はここにあるから、あとで調べてあげるよ」

「はい、よろしくお願いします」


 流石は国家権力。言ってみるものだ。全員3級にしてくれるなんて思わなかった。

 仲間二人はか弱いのに、このぐらいのお願いは簡単に聞いてくれるようだ。


「こんにちは。あなた達が入団希望者なの? 可愛い女の子達ね」

「「こんにちはぁ~」」


 アリスが部屋の中に入った途端、二人は机の上を片付けている風に誤魔化して、笑顔で挨拶した。

 これが噂に聞く女子力というものらしい。


「私はアリス。もう一人、カルナという女の子がいるんだけど、今は外出しているから、戻って来たら紹介するわね」

「はい、その人ならシルビアさんに聞きました。私はエイミーです。この街の近くに生息している、可愛い魔物を従魔にしたいと思っています。よろしくお願いします」

「えーっと、私はメリッサよ。船員の仕事をしてたんだけど、船が沈没して住む場所がないの。住む場所と仕事が欲しいから、よろしくお願いします」

「エイミーとメリッサね。はい、こちらこそよろしくお願いします」


 そんな自己紹介でいいのかと、思いたくなるような自己紹介だった。

 明らかに二人とも仕事に対してのやる気が感じられない。

 そんなやる気のない二人に、アリスは仕事の説明を始めた。


「今、私が調べているのは、【タナトス】という名前の動物を魔物に変える薬よ」

「それって、猫を大きな猫に変える薬の事ですよね?」

「ええ、そうよ。薬の材料を調べて集めて、同じ薬を作っているの。三人にはその材料集めをお願いしたいの。簡単なのから難しいのまであるから、無理せず頑張ってね」

「「「はい、頑張ります!」」」


 あんな危険な薬をわざわざ作る意味が分からない。

 小さな魚に食べさせて、三十キロ超えの巨大魚にするぐらいしか役立たない。


「その薬を作って、何かに使うんですか?」


 気になったので聞いてみた。

 考えるよりは聞いた方が早いし、考えても分からない。


「特に使いたい訳じゃないけど、毒薬を作らないと、解毒薬を作っても効果が分からないでしょう?」

「つまり怪我しないと、回復薬を飲んでも効果が分からないという事ですね?」

「そうそう、その通り。まぁ、毒薬の方は完成しているんだけどね」


 アリスの答えに、エイミーは分かりやすく身近な回復薬で例えてくれた。

 確かに無傷で回復薬を飲んでも、何も変化は起きない。

 でも、俺としては毒薬が完成している事の方が気になる情報だ。

 

「毒薬が完成しているなら、解毒薬の材料を集めた方がいいじゃないですか?」

「うん、そうなんだけど、毒薬と言うよりも呪いの薬と言った方がいいかな? あの薬には、調合した魔物の素材に、強力な呪いがかけられていたんだよ——」


 俺の質問にアリスは親切丁寧に長々と話してくれる。

 残念ながら、ここに集まった三人の中に、内容を理解できる人間は誰もいない。

 分かった事は毒薬ではなく、呪いの薬だという事だけだ。


「だから、呪いを解けば薬の効果は消えるんだけど、その呪いが暴走する魔物の力を抑えているんだよね。だから、呪いを解くと薬を飲んだ動物は、爆発して死んじゃうんだよ」


 アリスは握った手をパッと開いて、爆発を表現してくれたけど、俺、その呪いの薬を飲んでいます。

 解毒薬を飲んだら、爆発するなら、それは解毒薬じゃなくて爆薬です。


「……つまり、解毒薬は二つ必要という事ですね?」

「うんうん。そうそう。正解! 考え方が柔軟なのは、若くて頭が良い証拠だよ!」

「そんな事ないですよぉ~!」


(エ、エイミーッ⁉︎ 役立たずの癖に裏切ったなッ‼︎)


 解毒薬を飲んだら、爆発して死ぬなら作る意味がないと思った。

 なのに、エイミーが俺達二人を裏切って、頭が良い人間の方に仲間入りした。


 しかも、アリスに頭を撫でられて褒められている。

 今すぐに水晶を使って、俺の方が優秀な人間だと思い出させてやる。

 そして、撫でられまくってやる。


 ♢

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