第90話 海上の捜索活動と正当防衛

「おっと! 危ない危ない……」


 海賊達を追って、海賊船から海に飛び込もうとしたけど、その前にやる事がある。

 飛び込むのは一旦待って、海賊船の縁の近くに置いてある縄梯子を海に投げ落としていく。

 これで船員と乗客が海賊船に乗り込む事が出来る。船体の壁登りは普通の人には難しい。


「よし、これでいいな」


 四つも縄梯子を下ろせば足りるはずだ。

 眠っている乗客の救助を優先したいけど、海賊達を野放しにすると別の被害者が出てしまう。

 救助は乗客に任せて、俺は海賊抹殺に力を振るう。

 ついでに海賊に奪われた手荷物を取り返す事が出来れば、船員も乗客も喜んでくれるはずだ。


「何だ、あれは? あれで逃げているつもりか?」


 甲板の縁に立って、逃げる海賊達を見回していく。どいつもこいつも泳ぐのが遅い。

 あれで本気だとしたら、逃げるのは諦めた方がいい。あの五倍は速く泳げる。


「よっと」


 縁から軽く飛んで足から海に飛び込んだ。

 手から飛び込んでも、足から飛び込んでも、どっちも負傷しているから痛いのは一緒だ。


「はぁ、はぷっ! はぁ、はぁ……くそぉ! 何で、俺なんだよ!」

 

 両腕を振り回し、両足で激しく海面を蹴って、水飛沫を上げて逃げる海賊の背中を追っていく。

 死に物狂いで泳いでいるみたいだけど、はい、足を捕まえました。


「ぎゃああッ! ぎゃあ、助けて!」

「ハァハァ、お前、甲板の上で俺に靴を舐めろと言ったよな?」


 俺は約束を守る男だ。決して根に持つ男じゃない。

 暴れる海賊の男の右足を右手で掴むと、左手の爪を伸ばして、足首から切断した。


「痛っ、ぎゃあああああッッ‼︎」

「ほら、自分で舐めろ!」


 海賊の男が絶叫を上げながら、海に汚い血を撒き散らしていく。

 まったく最後まで海に迷惑をかける男だ。そんな男の口に足付きの靴をねじ込んだ。


「ぐぼぉっ‼︎ ごべぇッ‼︎」


 そして、立ち泳ぎしている男のこめかみに、右拳を叩き込んで永遠に黙らせた。

 まだ二十人近くいるから、もう一人を狙わずに手当たり次第に倒す事にしよう。

 結局、全員倒すんだから順番なんてどうでもいい。


「どこにアイテムポーチがあるんだよ?」


 予定通りに男の身体から盗んだ物を探しているのに、全然見つからない。

 流石にズボンのポケットまで探す時間はないので、探すのを諦めた。

 あとで浮いている死体を回収した方が良さそうだ。


 それに一番欲しいのはゼルドのアイテムポーチだ。

 あれには結構な金目の物が入っている予感がする。


 ♢


「二十、二十一、二十二と四人か。やっぱり二人足りないな」


 海賊船の甲板の上に並べた海賊の死体は二十二人しかない。

 海上の鬼ごっこで捕まえた海賊は容赦なく処刑した。

 見逃した奴と引き揚げ忘れた奴はいないはずだ。


 それに船内に女性達と隠れていた四人の海賊も、半殺しにして縄で縛った。

 海賊は全員で二十八人いるから、二人の海賊を見逃しているのは間違いない。

 海賊船の船内は隅々まで探したので、残る場所は瓦礫が浮かぶ海だけだ。

 必ず海のどこかに隠れているはずだ。


(絶対に見つけて甲板に並べてやる。全員見つけないと気分がスッキリしない)


 そう思って探していると、乗客の一人が俺に話しかけてきた。


「なぁ、兄さん。もういいだろう? たった二人ぐらいいいじゃないか。さっさと港に戻ろう。監禁されていた女性達を早く病院に連れて行った方が良い」

「ん? あぁ、そうだな……」


 チラッと甲板の上で震えている若い女性三人を見た。

 年齢は二十三歳から二十七歳ぐらいで、表情は暗く、身体は痩せている。

 助けた若い女性三人は男が近づくと怯えてしまうので、エイミーと女性船員に任せている。


 監禁されていた女性達は怪我している訳ではないが、海賊達に色々な世話をさせられていたそうだ。

 料理や洗濯は当然として、海賊達の夜の世話まで無理矢理にさせられていたそうだ。


 だから、女性と一緒に隠れていた四人の海賊達の顔と股間を、俺もタップリと拳でお世話してあげた。

 嬉しそうに泣き叫んでいたから、満足してくれたはずだ。

 まだ足りないなら、今度は女性達と一緒にお世話しないといけない。


「くぅぅぅ、リッチ! 何で死んでしまったんだよ!」

「アイツらが殺したんだ! 何で、アイツらが生きてんだよ!」


 甲板の上には海賊の死体だけでなく、船員と乗客の死体も並んでいる。

 乗客や船員が冷たくなった友人や仲間に、悲しみや怒りを打つけている。

 

「船長、出発しよう。もうこれ以上は何も見つからなくていいはずだ」


 海賊達との戦いで船員二人、乗客四人、行方不明十人、合計で十六人が犠牲になってしまった。

 流石に沈んだ船の中まで、行方不明の十人を探しには行けない。

 これ以上の捜索を諦めて、白髪の船長に海賊船を動かすように言った。


 眠らされていた乗客も船員もほとんど起きている。

 海賊船を動かすには十分な人手はあるはずだ。


「……分かった。そうしよう。船員は各自持ち場に着け! 形は違うが同じ船だ。コルトの街を目指して出発する!」

「「「はい、船長!」」」


 白髪の船長は沈んだ船と甲板の上の死体を見た後に、重苦しい表情を浮かべて船員達に命じた。

 行方不明者の中には船員が二人いる。その二人を見つける事を船長も船員も諦めたようだ。


「あのぉ……船長。コルトを目指すよりも港に引き返した方が近いです。港に引き返しましょう」


 そんな苦渋の決断をした船長に一人の船員が近づいていく。

 船を出発させるのに文句はないようだけど、目的地の変更をお願いしている。

 確かに港までは四時間ぐらいあれば、余裕で辿り着けると思う。

 一日ちょっとかかるコルトの街を目指すよりは、確かに近い。


「いや、港には引き返さない。積荷は失ってしまったが、乗客を目的地に送る仕事は残っている。それに港と違って街には騎士団も病院も教会もある。この船の今の状況ならば街を目指した方が良い」

「あぁ、なるほど。分かりました」


 だけど、すぐに決着は付いたようだ。船長の答えに船員達は納得したようだ。

 他の船員と同じように黒い帆を広げ始めた。


 確かに港には宿屋ぐらいしかない。

 大量の死体を運ぶなら、このまま船に積んで街を目指した方が、言い方は悪いけど早く処理できる。


「はぁ……疲れた」


 イカリという船が動かないようにする重りを上げて、帆を広げると海賊船は進み始めた。

 しばらくは海面を警戒していたけど、船の残骸はもう見えなくなってきた。

 もう俺がやる事はない。甲板に座って休憩する事にした。


 女性三人の世話は、寝ていただけのエイミーと女性船員に任せればいい。

 船の操縦は船長と船員に任せればいい。

 俺がやる事は回復薬を飲んで、身体の怪我が治るのをゴロゴロ寝て待つだけだ。


「ちょっといいか?」

「はい?」


 温かい甲板に寝ていると乗客達が八人もやって来た。

 眠くはないけど、休憩中なのが分からないようだ。

 ちょっとも、少しも駄目に決まっている。


「あんたのお陰で助かったが、あんたの所為で殺されそうになった」

「そうだ。積荷を大人しく渡していれば、全員が助かった。あんたの所為で死んだんだ」

「あそこで冷たくなっている、俺の友人のべノンには妻と子供がいるんだ。死んだのはあんたの所為だ」

「この人殺しが。あんたがやった事は海賊と一緒だ」


 やって来た乗客達の顔が怒っていたから、何となく嫌な予感がしていた。

 確かに俺が最初に抵抗したから、こんな結果になってしまった。

 そこは反省している。俺にもっと力があれば犠牲者は一人も出なかった。

 でも、それはそれ、これはこれだ。


(あぁーあ、メチャクチャ気分が悪いなぁ!)


 胸の真ん中に黒いムカムカした不快な気持ちが込み上げる。

 相手は男だから、拳で無理矢理に黙らせたい。


 でも、そんな事をしたらどうなるか分かっている。

 完全に俺が悪いみたいになって、船に乗っている全員を敵に回してしまう。

 人間なんだから、冷静に理性的に話し合って、お互いが納得しないといけない。


「全員は助かってないよ。船に乗っていた女の子二人は連れ去られていた。あそこにいる女性三人と同じ目に遭っていた。あんた達は海賊に自分の妻や娘を差し出して助かりたいのか?」

「ぐっ! だが、たったの二人だ。十六人の命と二人の命だ。どちらを選ぶべきか簡単なはずだ!」

「はぁっ? 本気で言っているのか?」

「当たり前だ! それが賢い選択だと言っているんだ!」

 

 いやいや、絶対に嘘だし、それが出来たら海賊以上の屑野朗だ。

 それに犠牲者の計算がキチンと出来ていない。

 海賊達が生きていれば、被害者はずっと増え続ける。

 俺が海賊達を二人以外は皆殺しにしたから、この先の被害者はほぼゼロだ。

 つまり、俺のやった事は全面的に正しいはずだ。間違いない。


「お前達みたいな腰抜けがいるから、被害者が増えるんだよ。お前達こそ海賊と一緒だ!」

「な、何だと⁉︎」

「お前達と女性のどちらを助けるかと聞かれたら、考える必要もない。お前達は選ぶ価値もない人間だ!」

「こ、このクソガキがぁ!」

「死んだ友人の奥さんと子供ぐらい、お前が面倒見ろよ! 友人なんだろう? 美人の奥さんと可愛い娘なら、紹介してくれれば俺が面倒見てやるよ!」

「巫山戯んな! 誰がお前なんかに頼むか!」


 乗客達の理不尽な言葉にムカついたから、ちょっと反論するつもりだった。

 だけど言い始めたら、もう止まらなくなってしまった。

 お互い興奮し熱くなり過ぎて、もう冷静な会話は無理そうだ。


「この野朗ッ! ぐぼぉ、お、おおおおっ……!」


 乗客の一人がブチ切れたのか、右腕を振り上げて殴りかかってきた。

 クソ遅い攻撃なので殴られる前に、腹を軽く殴って甲板に両膝から倒れさせた。

 

「コイツ、殴ったぞぉ⁉︎」

「いや、殴られる前に殴っただけだ。正当防衛だ」

「巫山戯んな! おごおおおっ……!」


 この男も殴りかかろうとしていたから、腹を軽く殴って甲板に両膝から倒れさせた。

 右手がピクリと動いたから絶対に間違いない。


「他に俺に文句がある奴と殴りかかりたい奴はいるか?」

「くそぉ、地獄に落ちろ! このクソ野朗!」


 一応、警告したのに無駄だったようだ。

 いきなり汚い言葉のナイフで俺の心を傷つけてきた。

 だから、逃げるようとする乗客を捕まえて、左膝蹴りを腹に叩き込んでやった。


「はい、オラッ!」

「ごはあァッ‼︎ うご、おおおおっ……!」

「ひぃっ!」


 ヨダレを垂れ流しながら、三人目の男も甲板に倒れていく。

 残り五人の乗客も何だか殴りかかりそうな気がする。寝込みを襲われたら大変だ。

 ここは正当防衛で問題を早期解決しよう。


  ♢

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