第89話 船内からの脱出と甲板からの救出

「女の子は見つけたけど……この後、どうすればいいんだ?」


 男っぽい黒髪の女の子の身体から手を離して、船から脱出する方法を考える。

 沈没するまでの残り時間は三分か、五分か分からないけど、時間はないと思った方が良い。


「まずは甲板を目指すしかない」


 考えるな、今すぐに脱出しろ。

 部屋は腰の高さまで海水に浸かっている。こんな緊急事態に名案は浮かばない。

 当たり前の事を当たり前にやるのが、一番助かる確率が高い。


 海中を泳いで脱出したら、二人は海水飲みまくりで、俺もまともに泳げない。

 だったら、普通に階段の穴を通って、甲板に出た方が良い。

 エイミーを右脇に、船員の女の子を左脇に抱き抱えると、甲板を目指した。


「ヤバイ。計画を変更しないと」


 最初の関門は、積荷部屋の中央に爆発で開いた穴だ。

 喰い千切られたような穴から海水が、ゆっくりと不気味に入って来ている。

 一人なら助走を付けて飛び上がれば、地下一階の廊下に着地出来ると思う。


 でも、水浸しの船内を助走して、しかも、両脇に二人を抱えていたら無理だ。

 さっきは水位が低かったし、エイミーだけだったから、抱えて穴を飛び越えられた。


(やっぱり危険だけど、水中を進んだ方が良さそうだ)


 考えている間にも、船が傾いて斜めから垂直になって沈もうとしている。

 木箱を積み上げて、階段を作っている時間はない。

 海賊達も沈んでいく船にいつまでも乗っていない。

 必ず海賊船に避難するはずだ。というか絶対にもう避難している。


 しかも、この船から既に遠くに離れている可能性もある。

 そうなったら、海賊船に乗り込むのも難しくなる。

 全員が助かる方法は海賊船を奪うしかないのに、寝ている人間に陸地まで泳げと言うのは無理だ。


「とりあえず、浮きやすい樽の中に押し込もう。足りないなら木箱を使うしかない」


 考えている暇はない。即行動だ。木箱の上に女の子二人を乗せた。

 まずは無事な木樽を探して中身を出して、人数分用意した。

 取り出した中身の代わりに、男船員九人と女の子二人を押し込んで、蓋を閉めていく。


 一応、木樽を探しながら、ゼルドと見つかっていない二人の船員も探してみた。

 でも、見つからなかった。海底に沈んだか、海面に浮いていると思うしかない。

 

「あとは外に出荷するだけだ」


 成功するか分からない木樽脱出作戦を、いきなりエイミーに試す訳にはいかない。

 密閉度の高い木樽ならば、必ず浮いてくれると信じて、壁穴の外に木樽を押し出していく。

 喰い千切られた船の船体に出来た海水の壁に向かって、抵抗されながらも出荷を繰り返す。

 今のところは全部、海面に向かって浮かんで行くから大丈夫そうだ。


「ふぅー、あとは俺達だけだ」


 積荷部屋は胸の高さまで水に浸かっている。残りの木樽は二つだけだ。

 エイミーと女船員の木樽には、他の木樽と間違わないように、細く切った白布を巻いている。

 布ベッドはもう使う予定もないだろうから、破いても問題ないはずだ。


 ついでに船員達の持ち物も探してみたけど、それは海賊達が回収したようだ。

 持ち物は見つからなかった。


「はぁ……次は海賊船を奪わないといけないのか」


 エイミーと女船員の木樽も船外に出荷した。最後は俺が脱出するだけだ。

 でも、その後は負傷した身体で、雑魚海賊達から海賊船を奪わなければならない。


 それに奪った海賊船を動かせる人間も必要だ。海賊全員を皆殺しにしたらいけない。

 船を動かせる程度に怪我させないといけない。

 どう考えても一人でやるのは大変過ぎる。頼れる仲間がいれば、乗客も救えたはずだ。


(生きて帰れたら、大至急仲間を探さないと)

 

 水壁に頭から飛び込んで、十五メートル程上に見える海面を目指して浮上していく。

 思い返せば、エイミーが戦闘で頼りになったのは最初に会った時だけだ。

 それ以外は生活面でしか頼りになってない。


 強くて可愛い女の子の仲間が欲しい。

 特に巨乳で料理上手でお金持ちで、俺の事がめちゃくちゃ好きなら最高だ。


 でも、そんな完璧な女の子が簡単に見つかるはずがない。

 だから、妥協して、巨乳な女の子、料理上手な女の子、お金持ちの女の子の三人を仲間にしよう。

 これなら、行けそうな気がする。むしろ、一人よりも三人の方が良い。


(いや、待てよ)


 料理は練習すれば誰でも上手くなれる。

 巨乳になれるかは才能だ。エイミーはお母さんの才能を受け継いでいる可能性がある。

 あとは俺が手取り足取り、戦闘面で鍛えれば問題なく強くなれる。

 ついでにおっぱいも揉んで鍛えて上げよう。揉めば大きくなるらしい。


「ぷはぁッ! はぁ、はぁ、ヤバイ! エイミーが強くなって巨乳に成長すれば二人分だ!」


 海面に顔を出して、大きく息を繰り返す。

 とりあえず今は揉んでいる時間はないし、くだらない事を考えている余裕もない。

 今必要なのは、海面にプカプカ楽に浮かべる大きなおっぱいじゃない。人手だ。


 海面に浮いている木樽が沈まないか気になるけど、まずは甲板の船員と乗客を助けよう。

 縄を切ってやれば、自力で泳げるし、木樽の救助と船内の乗客も任せられる。


 ♢


「おい! アイツが海の中にいるぞ!」

「何⁉︎ 船長はどこにいるんだよ!」

「くっ、見つかった!」


 当たり前と言えば、当たり前だ。

 船に向かって泳いでいると、海賊達に気づかれてしまった。

 沈没していく船から、十四メートル離れた海面に海賊船が浮かんでいる。

 先に海賊船を襲ってから、海賊達を海に落として救助活動を手伝わせれば良かった。

 

 まぁ、協力してくれるか分からない連中を頼るのはやめた方がいい。

 水面から甲板の縁までは、高さ九十センチぐらいしかなかった。

 海面から腕を伸ばして飛び上がって、縁の端にしがみ付くと、甲板の上に乗り込んだ。


「おお、あんたか! 生きてたんだな。早く助けてくれ!」

「こっちも早く縄を解いてください! このままだと溺れ死ぬ!」

「慌てるな。すぐに切ってやる」


 甲板の上には海賊達はいなかった。

 甲板の上には寝転がった人質達が縛られた手で、お互いの縄を必死に解こうとしていた。

 両手首を縛られているだけだから、時間があれば自力でも解けそうだ。

 だけど、待っている時間はないので、右手の短い爪を伸ばして縄を切っていく。


「「「ありがとうございます!」」」


 縄を切った乗客達が海に逃げようとしていたので、素早く止めた。

 自分達が助かればいいなんて、最低の考えだ。


「まだ逃げるなよ! 俺が床板を壊すから、あんた達は他の奴の縄を解いてくれ。大部屋の乗客も助ける」

「わ、分かりました! 俺は階段から助けられるか見てきます!」


 助けた乗客三人に残りの縄を任せる事にした。残りは十四人で、そのうち六人が死んでいる。

 俺が切った方が早いけど、今は甲板を打ち壊して引き剥がす方が最優先だ。

 気が利く男が階段から大部屋に行くつもりのようだけど、大部屋までの通路は破壊されている。

 おそらく無駄だ。


「駄目だ! 階段が壊れて、大穴が開いているから、階段からは大部屋に行けない!」

「聞こえましたか? 本気で助けるんですか? 乗客は二十人以上もいるんですよ!」

「無理でもやるんだ! 大部屋には乗客じゃなくて、お姫様がいると思って助けるんだよ!」


 甲板を破壊していると、助けた乗客が報告してきた。

 やっぱり甲板を打ち壊すしか方法はなさそうだ。


「オラッッ! ガアアッ!」


 この甲板の下には寝ている乗客達がいる大部屋がある。

 乗客達のか弱い腕では床板は打ち抜けない。

 俺がやるしかない。俺しか助けられない。


 硬い甲板を一撃で打ち抜き、へし折るように板を引き剥がしていく。

 予想通りの二重床板構造だけど、それはもう知っている。

 甲板の板と甲板下の床板を最速で打ち壊し、引き剥がし、大部屋との直通路を開けた。


「はぁ、はぁ、縄を繋げて下に降りて救出するんだ。眠らないようにマスクを被れば大丈夫なはずだ。それと海面に浮かんでいる樽の中に、人が入っているから回収してくれ。俺は船を貰ってくる」


 俺の仕事はここまでだ。あとは船員と乗客合わせて十一人に任せる。

 アイテムポーチから、海賊から奪った黒布マスク四枚を取り出して渡した。

 俺は大至急、海賊船を奪い取りに行かないといけない。

 

「くぅぅ、傷口に海水がしみるっ!」


 甲板から海に飛び込んで、海賊船に向かって全力で泳いでいく。

 アイツら自分達の船長を見捨てて逃げようとしている。

 もう本当に疲れた。今度からは遠くても陸路を絶対に使う。


「大砲だぁ! 大砲で撃ち殺せぇ!」

「駄目だ。全然間に合わねぇ!」

「ヤベェ! 船体をよじ登って来やがったぞぉ!」


(俺は未知の化け物か)


 あっという間に海賊船まで泳ぎ切ると、両手足の爪を伸ばして、船体の高い壁をよじ登っていく。

 慌てふためく海賊達の恐怖の声が聞こえてくる。

 でも、船を動かさないといけないから殺しはしない。ちょっと痛め付けるだけだ。


「よっと。ん?」

「オラッッ! がふぅッッ! がぁっ、はぐっッ!」


 甲板に着地すると早速、海賊の一人が剣を振り上げて切り掛かってきた。

 なので、普通に振り下ろされた剣を左腕で受け止めて、腹に右拳を打ち込んで殴り飛ばした。

 甲板の上を海賊の男が十メートル以上も転がっていく。


「慌てるな。お前達のボスは殺してきた。香辛料と小麦粉をタップリと振り掛けてな」


 甲板の上で剣を構えた海賊達二十人程に、ゼルドを殺したと教えた。

 死体は見つからなかったけど、多分海底への旅に出掛けたのだろう。


 だから、もう俺達が戦う理由はない。

 武器を捨てて大人しく抵抗しなければ、牢獄暮らしが待っている。

 そう伝えようとしたのに、ちょっと遅かったようだ。


「ひぃっ! コイツ、やっぱり人間の皮を被った魔物だ!」

「船長が食われたぞ! 俺達も食い殺される!」

「海に逃げろ! 目玉を抉り食われるぞ!」

「「「いやぁー! 助けてぇー!」」」

「えっ? ちょっ⁉︎」


 一人の海賊が叫ぶと同時に、海賊達が海に一斉に飛び込み始めた。

 陸地まで泳いで逃げるみたいだけど、逃す訳がない。

 協力しないなら、皆殺しにしてやる。悪党を生きて陸地には帰さない。


 ♢

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