第88話 船内爆発と船員部屋の男の娘?

「うおおらぁっ!」


 普通に木樽を投げても避けられたら終わりだ。

 でも、木樽の蓋を破壊している時間はない。一つ目の木樽はそのまま投げつけた。


「くだらない手だ!」


 横向きに飛んできた木樽を、ゼルドは右手の炎剣を垂直に振り上げて真っ二つにした。

 切られた木樽から、灰色と黒色が混ざった砂粒大の香辛料が、空中に撒き散らされる。


「うっ! ごほぉ、何だこれは?」


 コショウだと答える時間も惜しい。

 コショウに怯んでいる隙に、二つ目の木樽の蓋を拳で打ち抜いて、両手に持って前方に構えた。

 バケツに入った水をぶっかけるように、コショウをタップリとぶっかけてやる。


「オラァッ! オラァッ! どうだ、何も見えないだろう!」

「くっ、くぅぅぅ~~!」


 勢いよく木樽を前方に振って、ゼルドにコショウを振り掛け続ける。

 炎剣に触れたコショウが赤い火の粉に変わっているけど、全然爆発しない。


 だけど、目に入ったコショウにゼルドは苦しんでいる。

 もう爆発しないなら、拳で打ちのめした方がいいかもしれない。


 でも、ゼルドの周囲どころか部屋がコショウの霧に包まれている。

 ハッキリ言って、炎剣の赤い輝きとゼルドの声がなければ、位置が分からない。

 しかも、俺の方も目にコショウが入ってしまった。痛くて目が開けられない。


「ごほぉ、ぐほぉ、くそぉ」


 目と鼻はまともに使えない。呼吸するだけで、コショウが喉に入り込んで苦しくなる。

 俺の防御魔法はコショウは防いでくれないようだ。


 だとしたら布に使っても、海水を普通に通してしまう。

 やっぱり木樽を頭から被って、海を泳いで逃げるしかない。


「くぅぅ、巫山戯た真似を……」


 ゼルドの動きはコショウの霧の中に見える炎剣を見れば分かる。

 コショウを避けるように後ろに退がっているけど、積荷に打つかっている。

 これでデタラメに炎剣を振り回されていたら、エイミーも壁も切り刻まれていた。


「ぐっ、痛い! あぁー、あぐっ!」


 木樽の蓋を打ち壊して持ち上げると、涙を垂れ流しながら、ゼルドに向かって通路を前に進んでいく。

 このまま逃すつもりはないし、爆発の可能性もまだ残っている。

 木樽の最後の一つまで使わないと結果は分からない。それに階段近くの小麦粉も使いたい。


「ソラァ、ソラァ!」


 出来るだけ声を出さずに、コショウの射程距離まで近づくと、ゼルドに再び振り掛けまくった。


「ぐっ、この馬鹿が、やめろ! 爆発するぞ!」

「知っている。二人死ぬのも、三人死ぬのも、全員死ぬのも一緒だ! お前も死ね!」


 やっぱり爆発するようだ。だったら、もっと振り掛けるに決まっている。

 どうせ、手探りで階段を見つけて、ゼルドは上に逃げるつもりだ。

 絶対にやらせるつもりはないので、使用後の木樽も投げつけてやった。


「ぐはっ! くっ、そういうつもりなら」

「ん? えっ?」


 木樽が打つかった音と呻き声の後に、炎剣の揺らめきが見えた。

 でも、その赤い輝きが突然消えてしまった。炎剣を鞘に仕舞ったようだ。

 確かにそれだと位置は分からないし、香辛料は燃えないと思う。


「ごほぉ、ごほぉ、粉を撒き散らすのは自由だが、火種が無ければ何も燃えないぞ」

「ぐっ、オラァッ!」


 近場にあった木箱を両手で掴んで、声が聞こえた方向に投げつけた。

 デタラメに投げつけた木箱が他の木箱に打つかって、床に落ちる音が聞こえてくる。

 人に当たったような気配はまるで感じない。


(火種の心当たりはあるから、早く小麦粉を追加しないと)


 船の右側にある木箱を掴んで、デタラメに前に向かって投げまくる。

 当たらなくても問題ない。木箱を退けていって、小麦粉までの通路を作れればいい。


「オラァッ! オラァッ!」


 木箱を投げては少しずつ前進する。そして、足裏に硬い物を踏んだら、それを拾った。

 黒色の鉄塊だ。これで火種は確保した。爪で思いっきり引っ掻いたら、火花が飛ぶはずだ。


 あとは小麦粉の布袋を破りまくって、部屋に小麦粉の雨を巻き散らせればいい。

 それで全てが綺麗さっぱり、木っ端微塵に吹き飛んでくれるはずだ。


(フッフフ。お前の敗因は、この俺が乗っている船を襲ってしまった事だ)


 まだ早いとは思うけど、心の中で言わせてもらった。

 手に触れた布袋を爪で破ると、壁に向かって投げつけた。

 柔らかな白い小麦粉が空気中に舞い上がる。


 一袋で足りないのは分かっている。

 破っては投げつけ、破っては投げつけ、船内を白く染め上げていく。

 そして、最後の布袋を破いて、天井に放り投げた。頭の上から小麦粉が降ってくる。


「ごほぉ、ごほぉ、さあ、我慢比べの時間だ」


 ズボンのポケットから鉄塊を取り出した。

 爆発の威力は分からないけど、風竜の爆発を至近距離で耐え抜いた俺なら、平気なはすだ。

 左手に掴んだ鉄塊を右爪で一気に引っ掻いた。これで爆発しなければ終わりだ。


「シャッッ! がはッッ……!」


 余計な心配だった。鉄塊から飛び散った火の粉が小麦粉に触れた瞬間——発生した強烈な光によって、身体と意識を吹き飛ばされた。

 

 ♢


「っ……! 痛ぁーあ!」


 意識を取り戻すと、全身に痛みと重みを感じた。

 それだけで済むのだから感謝した方がいいけど、木箱や木樽が身体の上に乗っている。

 床に倒れている俺の胸の高さまで海水が入り込んでいる。

 ピンチはピンチだ。このままだと溺れ死んでしまう。

 

「ぐわあああっ、邪魔だぁ! ハァハァ、くぅぅぅ、早くエイミーを見つけないと……」


 木箱を痛む身体で力尽くで押し退けると、気合いで立ち上がった。

 風竜の爆発に匹敵する威力だったけど、その程度で殺されるつもりはない。


 でも、どんどん船が海の中に沈んでいる、この状況はヤバイ。

 船体中央の床と壁に大穴が開いていて、そこから海水が入り込んでいる。

 エイミーを助けるだけで精一杯だ。寝ている船員や乗客を救出している時間はない。


「ぐぅっ! ぐぅっ!」


 爆発で吹き飛ばされ、バラバラになった木箱や木樽が邪魔して、なかなか前に進めない。

 エイミーが木箱の下敷きになっているのか、水面に沈んでいるのか分からない。

 このままだと二分もせずに積荷部屋は、海の中に沈んでしまいそうだ。


(鼻も耳も全然使えない。頼れるのは目だけだ)


 色々な匂いが混ざり合って、エイミーの匂いが分からない。耳は爆発の所為で全然聞こえない。

 探す方法は目と手を使って、急いで探すしかない。でも、手掛かりはある。

 エイミーを隠していた位置と爆発で吹き飛ばされる距離を考えれば、大体の位置は分かる。

 

「あっ! エイミーっ!」


 木箱と瓦礫の中に、水面に浮かぶ赤と青の縦縞スカートが見えた。

 急いで駆け寄ると木箱を退かして、ずぶ濡れ状態のエイミーの身体を抱え上げた。


「ふぅ……ふぅ……」

「嘘だろう……まだ寝ている」


 この状況で寝ていられるなんて信じられない。

 だけど、薬で眠らされているだけだから仕方ない。

 今は呆れるよりも無事を喜んであげよう。


「階段は無理か……」


 階段から上に行こうと思ったけど、階段は爆発で壊れていた。

 水中を移動しようにも息を止めないと、水を飲んでしまう。

 寝ているエイミーの鼻と口を塞ぎながら泳ぐのも難しい。

 無傷の木樽か、防水性の高い袋でも頭から被せるしかないけど、そんな時間はない。


「船員の女の子ぐらいは助けたいけど……」


 船の後方に船員部屋の扉が見える。だけど、木箱が扉を塞いでいる。

 木箱を退かして、女の子を探すには時間がかかる。


 それに水面に白色の制服を着ている船員が四人も浮かんでいる。

 若い女の子は助けるのに、若い男の子は助けないのは、人としておかしい。

 明らかに不公平だ。


「あぁーあ! 出来るだけの事をするしかないか!」


 色々と考え過ぎるとイライラしてきた。最初から見殺しにするのは気分が悪い。

 船の前方が少しずつ沈んでいる所為で、船が斜めになっていくけど、やるしかない。


 エイミーを木箱の上に置いてから、浮いている船員も抱き抱えて木箱の上に乗せていく。

 寝ている船員全員を助けても、その上には寝ている乗客達がいる。

 時間的に考えて、船員の女の子とエイミーを助けるだけで精一杯だ。

 それ以上の結果を求める方が贅沢だ。


「はぁ、はぁ、はぁっ……」


 そんな事は頭では分かっているけど、それでも、扉の前の木箱を急いで退けていく。

 そして、扉を開けるとエイミーを抱えて、部屋の中に入った。


「ハァハァ、まずは女の子だ」


 船員部屋は布のベッドが宙吊りになっているだけの、本当に寝る為だけの質素な部屋だった。

 一応、丸いテーブルと三つ足の椅子が四脚あるけど、それぐらいしかない。


「違う……こっちも違う。本当にいるのか?」


 布のベッドに寝ていた三人は男だった。

 甲板の船員を除けば、船内にいる船員は十二人だ。

 今、七人見つけたから、残りは五人いる事になる。


 でも、椅子の近くの床に倒れているのは三人しかいない。

 二人足りない。もしかすると積荷部屋の方にいる可能性がある。

 ゼルドの姿も見つけられなかったし、もう一度、積荷部屋を探した方がいいかもしれない。


「くっ、駄目だ。全員男か」


 床に寝ている三人の顔を見たけど、男だった。

 まぁ、一人だけ少し長い黒髪の可愛い顔した男がいる。

 もしかすると、これを女の子と見間違えたのだろうか?


 確かに中性的な顔立ちで、身長百六十センチ以下で小柄な体型だ。

 でも、年齢が十八歳ぐらいと若いからだろう。肌に張りと潤いがあるから、綺麗に見えるだけだ。

 もう少し歳を取れば、髭ボーボーのワイルドな男に変身する。


「まぁ、胸が小さな女の子もいるからな」


 それでも、念の為に確かめる事にした。

 普段なら匂いですぐに分かるけど、今は嗅覚が使い物にならない。

 それに男にしては、色が白く、手足が細くて美少年過ぎる。


「んっ……あッ、ん、はァッ、あッ!」

「ん? ある……ない。ないないない! うん、間違いない。女の子だ」


 半袖半ズボンの白い制服の上から身体を触って、性別を確かめる。

 上、下、下、下と、特に下の方を念入りに調べた。

 その結果、上は小さいけど確かに有る事が分かった。ついでに声も色っぽい。

 そして、決定的なのは、下の方に男ならあるべきものが見つからなかった。


 ♢

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