第87話 炎と木箱の戦いと小麦粉と香辛料

「どうせ、殺されるなら一緒だ! そんなに大切なら身体でしっかり受け止めろ!」

「くっ、このぉ……」


 投げられる物は山程ある。左右の壁沿いに木箱が積み重ねられている。

 木箱に続いて、膨らんだ布袋も木樽も投げつけていく。

 ゼルドは受け止めずに避けるので、床や他の木箱に打つかって、木箱と木樽が壊れていく。

 積荷部屋の床には豆、鉱石、骨、皮と色々な物が散らばっていく。

 

「やめろ。〝ファイアボール〟」

「うわぁっ! あ、危ないだろう⁉︎」


 ゼルドは俺に右手を向けると吹き矢も使わずに、直径二十五センチ程の火の塊を飛ばしてきた。

 木箱を持ち上げて投げようとしていたのに、慌てて床の上に飛び込んで、緊急回避する事になった。

 吹き矢を使わずに素手で使えるとは聞いてない。


「何をやっても無駄だ。お前がやっている事は、苦しみを長引かせようとしているだけだ」


 俺の木箱攻撃が気に食わないようだ。

 特に床に散らばった豆を回収するのは時間がかかるだろう。


「ハッ。それがどうした。死ぬのが怖いんだよ。まだまだやりたい事があるんだよ」

「それが無駄なんだ。叶わない夢を見ているだけだ。人は死ぬ。それが全てだ」

「頑張れば夢は叶うんだよ」


 どうもお互いの意見が合わないようだ。俺は死にたくない。あっちは殺したいだ。

 そして、投げつけた木箱が落ちた床に穴は開いてない。

 やっぱり素手でしか壊せそうにない。でも、素手だと時間がかかり過ぎる。

 ゼルドと戦いながらの解体作業はまず無理だ。


(ふぅー、落ち着いて考えろ。誰も俺と死ぬつもりはないはず)


 俺の逃亡計画は船と一緒に死んだと見せかけて、実は船底から海の外に脱出する。

 プロテスとシェルで人が入れる布を強化すれば、海中に長時間潜ったままで泳げるかもしれない。

 布の防水性が高ければ、酸素をたっぷりと詰め込んで、女の子二人ぐらいは連れて行けるはずだ。


 もちろん、無理そうならすぐに諦める。

 その場合、残された手は木樽を頭から被って、海面を全速力で陸を目指して泳ぐ方法だ。

 海賊達に見つかって拾われる可能性もあるけど、大量に海にばら撒けば回収されない可能性もある。


 とりあえず、色々考えるよりもチャンスを作るしかない。

 まずは積荷部屋からゼルドを追い出さないと作業も進まない。

 落ちている鉱石でも投げつければ、泣きながら階段を上ってくれるはずだ。


 計画再開だ。

 床に落ちている拳大の黒色鉄塊を素早く掴むと、ゼルドに胸に向かって投げつけた。


「よっ、オラッ!」

「ぐぅッ……」


 真っ直ぐに飛んでいった鉄塊は避けられると思ったけど、見事に胸の真ん中に命中した。

 ゼルドの唸り声と小さな金属音が聞こえた。白服の下に金属板でも付けているようだ。


「ヘッヘッ。大当たりだ」

「……もういい。望み通りに皆んなで死ねばいい!」

「はい?」


 ちょっと怒らせ過ぎたみたいだ。突然、ゼルドが余裕のある表情から冷酷な表情に切り替えた。

 炎剣を両手に握って、身体の左側に構えて突撃して来ると、木箱なんて関係なく一気に振り抜いた。


「ちょっ⁉︎ ぐっ……!」


 炎剣の必殺の一撃は絶対に喰らったらいけない。

 鉄塊を右手に握ったまま、積荷部屋の真ん中に出来た移動用通路を後ろに飛び退がっていく。

 炎剣が通り過ぎた木箱が黒焦げの切り傷を付けられていく。


「ハァッ、フゥッ! その先は行き止まりだ」

「くっ、ぐっうう、くっ!」


 ゼルドの炎剣は左右に積まれた木箱を容赦なく切って、逃げ場のない連続攻撃で俺を追い詰めていく。

 そんな事は言われなくても分かっている。船前方にある壁まで、残り四メートルだ。

 炎剣を躱して前に逃げたいけど、左右の胸の高さまで積み上げられた積荷が邪魔をする。

 

「〝プロテス〟〝シェル〟」


 それでも何とかしないと数秒後には死んでしまう。

 炎剣の軌道上にある木箱三個を防御魔法で強化した。

 これで炎剣の剣速か威力が少しでも弱まらなければ終わりだ。

 ついでに鉄塊も顔面目掛けて投げ渡してやる。


「そりゃあー!」

「がああッ……!」


 至近距離だから投石の命中率は抜群だ。ゼルドの額にブチ込んでやった。

 右から左に振り抜こうとした炎剣が一個目の木箱に挟まっている。

 このチャンスを見逃すつもりはない。右拳を顔面目掛けて真っ直ぐに振り抜いた。


「ハアアッ!」

「うぐっ!」


 右拳が顔面に直撃したが、この程度で終わらせない。更に攻撃を続けた。

 左拳を右腹に、右拳を腹の真ん中に叩き込んだ。

 最後に木箱を両手で掴んで、木箱の角で側頭部を激しく殴り付けた。


「フッ、ヤァッ、オラァッ!」

「ぐっ、かはっ、がぁははぁっ……!」


 木箱に殴り飛ばされたゼルドは炎剣を持ったまま、すぐ横の木箱に倒れ込んだ。

 普通の人間なら、このぐらいやれば死ぬはずだ。だけど、殴り付けた木箱の方が壊れている。

 この場合の賢い判断は、追加の一撃よりも緊急回避だ。


「くっ、ハァッ!」

「あ、危ッ……!」


 そして、俺の嫌な予想は的中した。

 船の後方側に飛び退いた瞬間、ゼルドが目を見開いて、右手に持っていた炎剣を突き出した。

 あのまま追加攻撃していたら、腹のド真ん中を炎剣で突き刺されていた。


 やっぱり魔物並みにしぶとく、頑丈だと思った方がいい。

 殺すには頭を潰すか、心臓でも潰すしかない。


「はぁ、はぁ、今のは少し効いた。だが、それだけだ。そして、これで終わりだ」


 ゆっくりと壊れた木箱から立ち上がったゼルドは、多少フラついている程度だった。

 そして、フラついている足取りで、ある方向に向かおうとしている。

 その方向に何があるのか俺は知っている。積み上げた木箱の裏にエイミーを隠している。


「チッ。うおおおおおっ‼︎」


 エイミーにプロテスとシェルをかけ直すと、近場の木箱を抱えて、ゼルドに向かって突撃した。

 何をするか大体分かる。人質にするか、手足を切るか、殺そうとする。

 どれも俺にとっては最悪の結果だ。絶対に阻止する。


「必死だな。そんなに大切な女なのか!」

「ウラァッ!」


 突撃して来た俺に対して、ゼルドは炎剣を腹を狙って真っ直ぐに突き出してきた。

 木箱に炎剣が突き刺さり、その先にいる俺に剣先が届こうとしている。

 急いで木箱を正面から左脇に抱え直して、剣先が突き出る位置を変えた。


(なっ⁉︎ よ、避けれない⁉︎)


 でも、左脇に抱えた木箱から突き出た赤い刃が、何故か俺の方を向いていた。

 ゼルドが木箱から突き出た炎剣を左に振り払えば、腹の半分が切断されてしまう。


 時間的に無傷の回避は無理だ。

 前と後ろ、下方向への回避は身体のどこかが切断されてしまう。

 振り払われるだろう炎剣に切られずに、避ける方法は一つだけだ。

 身体を水平にして飛び上がり、自分から胸の高さまで積まれている木箱の山に突っ込むだけだ。


「うおおおお、ダァッ! ぐはぁッ!」


 死にたくないので即実行した。家の壁に全力で打つかりに行くような馬鹿する事だ。

 振り払われた炎剣が身体の下を通過していくけど、その代償は痛かった。

 走る勢いを殺さずに積み上げられた木箱に背中から激突して、一列、二列と木箱を壊していく。

 そして、ようやく三列に激突してから身体が止まってくれた。


「ぐぅっ! りあああっ!」


 けれども、木箱の間に寝転んでいる暇はない。

 追撃が来る前に四つん這いになって、敵の位置を確認した。

 ゼルドはさっきの位置から移動してなかった。

 追撃よりも冷静にエイミーを選んだようだ。


「はぁ、はぁ、手負いの獣は本当にしぶとい。殺せそうで殺せないとイライラするよ」


 少しは疲れているようだ。ゼルドの顔には蓄積した疲労が見える。


「同意見だ。こっちは命懸けでヤバイ連中から逃げている途中なのに、お前程度に殺されるのだけは勘弁してほしいよ」

「フッ。ヤバイ連中か。あの召喚士連中に比べたらどこも大した事はないだろう。さて、どちらを選ぶ? 殺される方を選べば女は助ける。抵抗を選べば女は死ぬ。どっちらがいい?」

 

 ゼルドは右手に握る炎剣の剣先を俺に向けている。

 左手は木箱の裏に仰向けに寝転んでいるエイミーに向けている。

 今すぐに起きて逃げてくれれば助かるけど、それは無理そうだ。

 これだけ派手に暴れているのに全然起きない。


 エイミーには悪いけど、俺が決めるしかない。

 俺がエイミーなら、変態の玩具にされてから死ぬよりは、ここで死んだ方がマシだと思う。

 つまりは戦闘継続だけど、正直言って、勝つ為の決め手がない。


(積荷の中に武器でもあればいいんだけど、ある訳ないか)


 木箱の上から使えそうな物を探してみた。

 絶対に切れない盾と鎧が欲しいけど、見つかる可能性はゼロだ。

 酒か油でもあれば、火の海ぐらいには出来そうだ。


 でも、手探りで探している時間はない。

 深く深呼吸して、匂いに集中して、それらしい物がないか探してみた。


「すぅーはぁー。すぅーはぁー」


 床に散らばった香ばしい黒い豆の匂いがするけど、あれは使えない。

 木樽の中から刺激的な香辛料の匂いがする。もしかしたら、目潰しに使えるかもしれない。

 布袋の中から小麦粉の匂いがする。これも目潰しに使えそうだ。

 でも、探している酒や油は近くには無さそうだ。


(あれ? 小麦粉? 小麦粉……?)


 小麦粉で何かが思い出せそうな気がする。

 記憶の中から無理矢理に、村の大人達の会話を思い出していく。

 確か俺が十歳ぐらいの時に、倉庫の小麦粉が燃えて爆発したとか変な話をしていた。

 火薬じゃないんだから、小麦粉が爆発する訳ないと馬鹿にしていたけど、爆発するのかもしれない。


 それに狙い通りに爆発しなくても、目潰しになれば問題ない。

 これ以上、考えている時間もないし、やるしかない。


「分かった。俺を殺してくれ。そこから離れずに死ぬまで魔法を撃てばいい。俺は絶対に避けないし、そこからなら安全だろう?」

「……いいだろう。ただし、一発でも避けたら女も殺す」

「あぁ、それで構わない」


 ゆっくりと木箱から下りると、船の前方にある香辛料の木樽を目指しながら話していく。

 小麦粉は階段近くにあるので、ゼルドの横を通らないと取りに行けない。

 両手を上げたまま香辛料の匂いがする木樽の横まで移動した。


 木樽は全部で十個。船の左側、俺から見て右側に二列で並んでいた。

 これだけあれば爆発してくれると信じたい。

 無理なら、小麦粉を追加で取りに行かないといけない。


「防御魔法は解いておいた方が良い。早く死にたいならな」


 ゼルドが左手をエイミーから俺に向けて言ってきた。

 大丈夫だ。エイミーにも俺にも防御魔法はしっかりとかけている。

 

「分かってる。顔面に強烈な一撃を頼むよ。それとその子に『守れなくて、ゴメン』と伝えてくれ」

「フッ。ああ、約束しよう。〝ファイアボール〟」


 ゼルドは笑みを浮かべて約束したけど、どうせ、伝えるのはつもりはないだろう。

 真っ直ぐに向けられた左手の手の平から、直径二十五センチの炎の塊が飛んできた。

 炎の塊が顔面に向かって飛んでくる。俺はそれを素早く横に避けると、木樽を持ち上げた。

 これからお前を美味しく料理してやる。


 ♢

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る