第91話 女船員から女戦員に転職
「うぅぅ……ごほぉ、ごほぉ、何って野朗だ。ロクな育ち方してない」
「ぐぅぅ、痛たたた……親の顔が見てみたい」
「ぐっ、きっと親もロクデナシだ」
一人一発ずつ軽く殴って蹴っただけなのに酷い言われようだ。
被害者面の口の悪い乗客八人が、フラつく身体で逃げていった。
(やれやれ、これでゆっくり寝られる)
目的地は同じだけど、どうせ二度と会わないような連中だ。殴っても問題ない。
騎士団調査部という国家権力を手に入れれば、なんとでもなる相手だ。
乗客達の見る目が一段と冷たいものになったけど、気にせずに寝てやる。
「ちょっといい?」
「ん?」
そう思って寝ていたのに、次の苦情者がもうやって来た。
まぁ、別に今度の人はいいかもしれない。
上から目線の男っぽい強い口調だけど、男っぽいだけだ。
「あんたが私を助けてくれたんでしょ?」
「ま、まあねぇ。木樽に詰め込んでちょっと大変だったけどね」
ホッと一安心した。女船員は苦情じゃなくてお礼を言いに来たようだ。
だけど、お礼を言うなら笑顔で言った方がいい。
今の顔だと不機嫌そうな顔に見えてしまう。
「ふぅーん、一応助けてくれてありがとう。でも、あんたの所為で仲間と仕事を失ってしまったわ。責任取ってちょうだい」
「は、はい?」
女船員が右手の手の平を俺の目の前に差し出して、何かを要求している。
多分、金品が欲しいんだとは思うけど、人にあげるようなお金は持ってない。
そもそも、助けたお礼を貰いたいぐらいだ。
「ちょっと待って。君が俺にお礼をあげるんじゃなくて、俺が君にお礼をあげないといけないの?」
「当たり前でしょ。船を壊して、私の仕事場を奪ったんだから責任を取るのは当然じゃない」
「えーっと……」
船なら代わりに海賊船をあげるから、それで問題ないと思う。
積荷は海賊達に奪われていたんだし、俺が船員達に船以外に弁償する必要がある物はない。
「でも、命の恩人だよ。俺が助けなかったら海賊の男達二十人以上に、色々なエッチな事をされまくったんだよ。その命と身体の恩人に金品を要求するの?」
「うわぁー、恩着せがましい男。あんた絶対にモテないでしょ?」
「うぐぐっ!」
生意気で理不尽な要求だけど、冷静な話し合いを頑張って続けてみた。
そんなに何か欲しいなら、俺の強烈な右拳を腹に一発くれてやってもいい。
でも、どんなにムカついても女の子は流石に殴ったら駄目だ。
乗客だけじゃなく、監禁されていた女性三人もエイミーも見ている。
(どうする? 何かやるまで帰りそうにないぞ。穴の開いた靴でもやるか?)
一万ギルぐらいなら渡してもいいけど、そんな事をしたら、他の奴らも貰いにやって来る。
全員平等にお金を配るなら、俺の所持金だと一人千ギルが限界だ。
そんな金額を渡されて喜ぶのは子供だけだ。
「ほら、早くお金ちょうだい。このままだとあんたの所為で海賊じゃなくて、他の男にエッチな事されて、お金を貰う事になるんだから」
じゃあ、それをやればいいんじゃない? と言ったらいけないのは分かっている。
そして、女船員にお金や物をタダであげたいと思う気持ちもない。
(エッチな事でお金を稼ぐつもりなら、俺がお金を払ってエッチな事をすれば問題解決だな)
当然、そんな事をするつもりも、今ここでそれを言うつもりもない。
女性全員を完全に敵に回してしまうのは分かっている。
時と場所はとっても重要だ。被害女性がいる近くで冗談でも言ったらいけない。
でも、考え方は悪くないと思う。
女船員に個人的な仕事をしてもらって、その報酬にお金を渡せばいいんだ。
ここは女船員から女戦員になってもらって、合法的に鍛えるという名目で殴ればいいんだ。
ついでにおっぱいやお尻も触ってやる。
「じゃあ、新しい仕事を紹介するよ。実力次第でメチャクチャ稼げるし、エッチな事は一切ない仕事だから、どうかな?」
「ふぅーん、でも、実力が無いと全然稼げない仕事なんでしょ?」
即決で断られると思ったけど、ちょっと考えているし、仕事内容に興味があるようだ。
だったら問題ない。多少鍛えた後に騎士団でも冒険者でもいい、とにかく適当な仕事場に出荷しよう。
使いものになるようなら、手元に置いておけばいいんだし、鍛えるのはタダだ。
「そこは問題ないよ。必要なのは戦闘能力だから、俺が軽く鍛えれば簡単に強くなれるから。ほら、ちょっと実力を見るから、好きなように殴り掛かって来ていいよ」
ゆっくりと甲板から立ち上がると、女船員に掛かって来いと、指先をクイックイッと折り曲げる。
身体の傷は全然治ってないけど、回復薬を染み込ませた包帯を傷口に巻いている。
軽く動く程度には問題ないはずだ。
それに身長百六十センチ以下の小柄な女の子に、俺がこれ以上怪我させられるとは思えない。
「女だと思って舐めているでしょ? 男達と一緒に力仕事してたから、力には自信があるんだから。怪我しても知らないよ」
「はいはい。いいから掛かって来なよ。口を動かすだけじゃ誰も倒せないよ」
「じゃあ行くよ! やあああっ、やぁっ! やぁっ! やぁっ!」
強いぞ宣言する奴は大抵弱い。
ようやく殴り掛かって来た女船員の拳を、正面から腹と胸に受け続ける。
左右の拳から繰り出される連続攻撃の威力は、子供に泥団子を投げつけられている程度だ。
スライムぐらいなら倒せるけど、人間には通用しない。
(ヤバイな。恐ろしく弱いぞ)
おそらく女船員の実力は、無いけど冒険者12級ぐらいだ。
だが、それを正直に言う事は出来ない。
騎士団は無理でも、何とか冒険者の方には出荷したい。
「良い攻撃だ。なかなかやるな。ほら、もっと本気で打って来ていいぞ!」
「ふふぅーん。だから言ったでしょ。やぁッ! やぁッ!」
褒められてちょっとその気になったようだ。女船員はちょっと喜んでいる。
攻撃力がほんのちょっと上がった気もする。意外と扱いやすい女なのかもしれない。
だけど、本当に良い攻撃なら痛いから、身体で受け続けようとは思わない。
とりあえず、疲れるか、拳が痛くなるまで好きに殴らせてやろう。
「はい、今日はここまで。これ以上殴られたら俺が死んでしまうよ」
「はぁ、はぁ、はぁっ……そうね。この辺で許してあげる」
もちろん大嘘だ。一応両手を上げて降参してあげた。
十五分程度で女船員はバテバテ状態になって、今にも倒れそうだ。
船に揺られているだけだから、体力は無さそうだ。
それでも腕力は男並みにあるから、武器でも持たせれば多少は使えるだろう。
「はい、合格だよ。この剣をあげるから頑張ってね。今日から立派な戦士だよ」
合格の印に海賊達が持っていた直剣片刃の剣を渡した。
これなら戦利品に大量に回収したから、二本ぐらいは分けてあげてもいい。
「はぁ……戦士か。まぁ、今の仕事と似たようなものね。私はメリッサ。よろしくね」
安物の剣を見て、ため息を吐いた後に女船員メリッサは右手を差し出してきた。
女船員から女戦員になってくれるようだ。軽く握手すると俺も名前を言って、軽く自己紹介を済ませた。
メリッサの年齢は十八歳と、俺よりも三歳上のお姉さんだった。お酒も飲める大人の女だ。
「それで給料はいつ貰えるの? 出来ればすぐに貰いたいんだけど」
「えーっと、給料は……」
これで終わりかと思ったけど、流石は大人だ。一番聞かれたくない事を聞いてきた。
船員の給料がどのくらいなのか分からないから、答えに困る。
冒険者ならば日払い、騎士団兵士なら月払いになる。
すぐに欲しいなら、冒険者としての実力が足りなさ過ぎるから、俺が自腹で払わないといけない。
まずは船員の給料を聞いてから、そこから値下げしてもらおう。
「とりあえず船員の給料を教えてよ。そこから考えてみるから」
「八万ギルよ」
「なっ⁉︎ 八万ギル⁉︎」
メリッサは正直に話してくれたようだけど、明らかに最低賃金、最低労働環境だ。
海賊に殺され、拐われる危険がある仕事なのに安過ぎる。
若い女の子が、いや、人間が働いていい環境じゃない。
「そ、それって、一日に何時間、月に何日間働いた金額なの?」
恐る恐る聞いてみた。
これで一日十六時間労働、三十日働いた金額なら、船長は海に沈めた方がいい。
「日払いで五千ギルだから、十六日間働いたわ。一日六時間ぐらい働いて、寝床と食事も付いて、八万ギル丸々手元に入って良い仕事だったわ」
「そ、そうなんだ……」
迷いのない爽やかな笑顔でメリッサは答えた。
宿付き食事付きならば、確かに安くはない気もするけど、やっぱり安いと思う。
世間知らずのお嬢様や田舎者が騙されているような感じがする。
でも、それを教えるつもりはない。
日払いで五千ギルならば、三十日間で十五万ギルも払わされる事になる。
そんな大金を気前良く、使えない女戦士に俺は払いたくない。
「じゃあ、半分の四万ギルだけ先払いするから、それで様子を見て判断するよ。寝る場所と食事は用意するから問題ないよね?」
寝床と食事は騎士団に任せるからタダで済むかもしれない。
無理そうなら、俺かエイミーの部屋にでも泊まらせればいい。
食事は俺が大食いだと言って、ちょっと多めに貰えば分けられる。
それに四万ギルなら持ち逃げされても、性別を調べた時のエッチな慰謝料として払ってもいい金額だ。
これで持ち逃げされても、お互いが気持ち良く別れられる。
「四万ギルか……まぁ、仕方ないからそれで妥協してあげる。でも、様子見は二週間までにお願いね」
ちょっと考えていたけど、たったの四万ギルで交渉成立した。
お試し期間なら二週間あれば十分だ。メリッサは手渡した四万ギルを喜んで受け取った。
「うん、二週間あれば十分だよ。じゃあ、明日も戦闘訓練するから休まないでよ」
「いいわよ。明日はこの剣で切りまくってやるから覚悟しなさい」
「あっははは。切られたら死んじゃうよ」
メリッサは剣を目の前で振り回して、やる気に満ち溢れている。
これで二週間も女の子に、色々なお願いが出来るなんて安い買い物だ。
早速、今日の夜にでも部屋にマッサージに来てもらおう。
♢
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