第二章 騎士団入団編

第71話 逃亡先の選択

「はぁ、はぁ、はぁっ……簡単に逃げろと言われても、騎士団には囚人もいるんだぞ。凶悪犯を釈放するつもりはないぞ」


 森の中、隣を走る騎士団隊長クラトスがお父さんに文句を言っている。

 俺がお父さんを抱えて走っているので、何故だか、俺も文句を言われている気分になる。


 騎士団とはキールから逃げ出して、すぐに森の中で合流する事が出来た。

 兵士の人数は四十六人と多いけど、その実力はほとんどが8級冒険者程度らしい。

 マイクを助けに行っても、すぐに助けてくれにされてしまう。

 今は森の中を走りながら、街に逃げるか、騎士団に逃げるかで、お父さんとクラトスが揉めている。


 お父さんは街に逃げて、冒険者ギルドに報告して、家族と合流して、身を隠すと言っている。

 クラトスは兵士三百人以上に守られた、鉄壁の騎士団の建物に逃げるべきだと言っている。

 

「可能性の話をしている。場合によっては、騎士団の建物が襲撃されるかもしれない。敵の実力は1級以上だ。その気になれば、騎士団一つぐらいは壊滅できるだろう」

「ハァッ。冒険者七不思議の一つか。冒険者ギルドのクエスト掲示板には、3級までの依頼しか貼られていないからな。樹木を倒すぐらいなら、6級でも出来る。本当に1級なのか?」


 幻の1級冒険者がいるか、いないか、決めるよりも、早く逃げる場所を決めてほしい。

 とりあえず森を南に走っているけど、出口は必ずやって来る。


「少なくとも、さっきの風竜よりも強いのが暴れると言えば分かるだろう。無傷で済むと思うのか?」

「フン。だったら尚更、逃げるのは騎士団だ。街にそんな怪物を連れて行くつもりはない」

「分からない奴だな。あれだけの力を持っている人間が、わざわざ街の外にルディを誘い出したんだ。街を破壊するつもりがない証拠だ」


 個人的にはどちらでもいいけど、話を聞くかぎり、お父さんの言っている事の方が説得力がある。

 マイクを路地裏で誘拐する時も俺がいなかったら、誰にも気づかれずに誘拐できたと思う。


「悪いが騎士団としては、危険は回避しなければならない。お前達二人を街に行かせる事は出来ない。狙われているのは、お前達二人だけだからな。暴れさせる場所ぐらいはこっちが決める」

「ぐっ……分かった。だが、家族、特にエイミーは狙われるかもしれない。街に逃げるように言ったから、見つけて保護してくれ」

「言われなくてもやるに決まっている。おい! 森を出たらその辺の五人で、俺の髪と同じ十五歳ぐらいの女の子を保護しに行け。母親も忘れるんじゃないぞ!」


 クラトスに指差された兵士達が「了解です」と返事している。

 お父さんは悔しそうな顔をしているけど、この足だと戦力外だ。

 行くだけ邪魔にしかならない。

 それに確かに襲われないかもという可能性だけで、街を戦場には出来ない。


「もしかして、クラトスさんはお父さんの親戚なんですか? その髪の色はエイミーとお母さんの色と一緒ですよね」


 二人が初対面とは思えないぐらいに、最初から親しく話しているので気になっていた。

 この際だから聞く事にした。


「はぁっ? この男とは今日初めて会った。知り合いでも親戚でもない。それにこの髪はカツラ偽髪だ」

「あっ、本当だ」


 俺の質問にクラトスは少し嫌な顔をした後に薄紫色の髪を触って、その髪を取って答えた。

 薄紫色の偽髪の下からは金色の髪が現れた。


「この男に頼まれて、娘の振りをしていただけだ。途中で居なくなると怪しまれるからな」

「あぁ、お陰で助かった。だが、もうしばらくエイミーの振りを続けてくれ」


 いやいや、バレバレだよ。

 エイミーはもっと小柄だし、眼鏡かけてないし、騎士団の制服は着てない。

 そもそも性別が違う。遠くから薄紫色の髪が見えたからって、エイミーにはなれない。


「分かっている。悪いがお前達が狙われている以上、騎士団に長く置く事は出来ない。どこか身を隠せる安全な場所はあるか?」

 

 クラトスはまた偽髪を被って、偽エイミーになると、お父さんに避難場所があるかと聞いている。

 多分、この場合はお父さんを抱えている、俺も含まれると思う。

 安全な場所ではないけど、身を隠せる場所は【パロ村】ぐらいしか思い浮かばない。

 あそこなら、俺の両親もいるし、家もある。

 事情を話せば、エイミー達の家や生活道具くらいは用意してくれるはずだ。


「俺の生まれ故郷の村なんかどうですか?」

「村か……確かに他所者が入り込んだら一発で分かりそうだな。ここから近いのか?」


 物は試しと言ってみた。返ってきたクラトスの反応はなかなか良さそうだ。

 でも、近いと聞かれたら、結構遠い場所だった。


「えっーと、馬車で八日間ぐらいはかかります。遠いですよね」

「いや、この場合は遠い方が良い。捜索範囲が広い方が見つかりにくいからな。問題はどのぐらいの人間が、お前がその村の人間だと知っているかだ。逃げる場所が分かっているなら、追いかける方は楽だからな」


 一回目の冒険者登録の時に緊急連絡先として、パロ村の住所は書いたけど、あのルディは死んでいる。

 俺の生まれ故郷はローワンにも、レーガンにも話してないから大丈夫なはずだ。


「あぁー、それなら問題ないと思います。知っている人はいないと思います」

「そうか。では、そこにするとしよう。何という名前の村で、村に一番近い町の名前を知っているか?」

「えっーと、大丈夫なんですか? 兵士の中に敵の仲間とかいないですよね?」


 俺の村に決定したのは素直に嬉しいけど、周りの兵士達の中に敵の仲間がいるかもしれない。

 警戒し過ぎだと思うけど、冒険者の中にもいたんだから仕方ない。

 善良な兵士の人には悪いけど、少しは疑わせてもらう。


「問題ない。どうせ一時凌ぎだ。それに村が襲われた場合は、ここにいる兵士全員を殺すつもりだ。裏切り者には拷問と死だ。一人でも喋れば連帯責任で綺麗にこの世から消えてもらう」

「そこまでしなくていいですよ」


 多分、本気でやるつもりだから止めないといけない。

 兵士が誰も喋らなくても、調べれば、バレる時はバレる。

 何となく言った言葉で、無実の兵士を皆殺しにされるのは困る。


「村の名前はパロ村で、一番近い町はコッツウォルズです」


 なので、村の名前を教える事にした。

 兵士達が動揺して顔色を悪くしているので、ここは隊長も含めた兵士全員を信用するしかない。


「パロ村だと? お前、あのド変態村の人間か。何でも、毎年春先に開かれる裸隠れん坊とかいう変態祭りをしているそうだな? 確か優勝商品は牛三頭だったな」

「えぇ、まぁ……でも、作物の収穫を神様にお祈りする為の祭事で神聖なものです。変態祭りじゃないですよ」


 意外にもパロ村の知名度は高いようだけど、あれは神聖な儀式なので変態祭りではない。

 ここは村の人間として、間違った情報はキチンと正さないといけない。


 それに情報が古い。最近は有料の一般参加者を募集した事で、優勝商品は牛五頭に増えている。

 特に近隣の町や村の若い女性に、お金を払って裸になって隠れてもらう事で、有料男性参加者が爆発的に増えている。

 他にも見つけた男性と見つかった女性が結婚した事で、『あなたも運命の相手、見つけてみませんか?』と祭りを切っ掛けに、結婚する男女も増えているぐらいだ。

 地域の発展に貢献している重要な祭りなので、変態祭りではないと、家を新築した村長も断言している。


「聞けば聞くほどに犯罪性の高い祭りだな。廃止するか、祭りの時は、監視する人間を騎士団から派遣した方が良さそうだな」

「そうですね。おそらく、出来ちゃった婚で仕方なく結婚しているのでしょう」

「その村長なら参加者の名簿を隠し持っているはずです。提出させましょう。金持ちの名前が大勢出て来るはずです」


 おかしい。キチンと説明したのに全然分かっていない。

 それどころか祭りを廃止させようとか言っている。

 兵士達も何だか集まって、好き勝手な事を言っている。


「ちょうどいい。変態村の村長に犯罪を見逃す代わりに協力を頼むとするか。残る問題は一生保護する事は出来ないという事だ。そっちの対策も必要そうだな」

「それは問題ない。足が治ったら、それぐらいは自分で何とかする。そこまで面倒を見てもらうつもりはない」

「それは助かった。優秀な兵士を何十人も変態村で休ませる訳にはいかないからな」


 どうやらパロ村に行く事は決定のようだ。

 クラトスはかなり失礼だけど、お父さんと二人で村に行った後の話をしている。

 俺も村に戻って一生引き籠るつもりはないから、予定を考えないといけない。


(マイクを救出したいとは思うけど、力不足なのは分かっている。何か別の事で協力できないだろうか?)


 ただ村に戻りたくないという気持ちもあるけど、協力したい気持ちがあるのも確かだ。

 それに隠れるだけなら、パロ村じゃなくても出来るし、村に隠れているだけじゃ強くはなれない。

 追っ手が来た時に確実に逃げられるように、今より少しは強くならないとヤバイでしょう。


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