第72話 危険な仕事場の紹介と喧嘩中の二人

「あのぉ……俺だけ別行動でいいですか?」


 無事に森の外に出て、キールの追跡もないので聞いてみた。

 このまま騎士団の建物に続く砂利道を進んで行けば、パロ村まで連れて行かれる。

 その前に自分の道は自分で決めたい。


「駄目だ。奴らを追いかけようとしているなら、やめておけ。捕まるだけだ」


 聞いただけなのに、クラトスは理由も聞かずに即答で却下した。

 こっちも「はい、分かりました」と引き下がるつもりはないので、続きを話していく。


「力の差は十分に分かっているから追いませんよ。ただ、隠れているだけじゃ見つかった時に逃げられないですよね? だから、多少は鍛えて強くなろうと思っただけです」

「なるほど、確かにその通りだ。それに一ヶ所に隠れるよりは、バラバラの方が捕まる危険は分散できる。万が一にも敵の仲間が兵士に潜り込んでいた場合も、潜伏場所は分からないだろうからな」

「えぇ、その通りです」


 お父さんは俺の考えに理解してくれると、ついでに他の利点も話してくれた。

 そこまで深くは考えてなかったけど、つまりはそういう事だ。

 でも、反対している人は簡単には賛成してくれないみたいだ。


「あぁ、確かにバラバラになるな。戦力的な意味でもな」

「そこは問題ない。俺の従魔が二匹加わるから、戦力は上がる」

「別に戦力低下を心配している訳じゃない。鍛えると言っても方法は一つだけだ。どこの街の冒険者ギルドでクエストを受けるつもりなんだ?」


 鍛える方法は魔物を倒すしかない。そして、魔物を倒せる仕事は冒険者だけだ。

 当然、ハルシュタットの街の冒険者ギルドは駄目なのは分かっている。

 だとしたら、近場の冒険者ギルドのある街になるけど、その街の名前も行き方も知らない。

 だけど、お金を払って馬車に乗れば問題ないと思う。


「それはまだ分かりませんけど、お金は多少あるので大丈夫です」

「全然大丈夫じゃない。やめておけ。本名でクエストを受けても、偽名で受けても、級が上がれば嫌でも目立つ。それに冒険者の中に敵の仲間がいるのに、ここに居るぞと自分から宣伝してどうする」

「そ、そうですね」


 確かにその通りです。そこまで考えていませんでした。

 でも、無断でダンジョンに潜伏すれば問題ないはずだ。

 ダンジョンの中なら強くなれるし、隠れられる。

 これで完璧な計画になった。


 あとは近場のダンジョンで、誰にも見つからないように鍛えるだけだ。

 とりあえず、お父さんと行った事のある骸骨達が住む遺跡でいいと思う。

 ちょうど家もあるから、家具を用意すればすぐに住める。


 それに分散した方が危険を回避できるなら、エイミーを連れていきたい。

 骸骨を何体か従魔にしてくれたら、色々な雑用をやらせる事も出来る。

 これで更に完璧な計画になってしまった……。


(よし、現実に戻ろう。エイミーはまず付いて来ない。俺もそんな過酷な生活は望んでいない)


 夢のような計画を正気に戻って諦めると、ちょうどお父さんが別の方法を提案してくれた。


「それなら、ルディを騎士団に所属させれば問題ないはずだ。戦力的には5級相当の力はある。常に守るよりも、同僚として一緒に働く方が楽だと思うぞ」

「ハッハッ。笑わせてくれる。何故、冒険者ギルドと騎士団があると思う? 冒険者は腕力があれば出来る仕事だが、兵士は頭脳もないと出来ない。コイツの頭は良いのか?」

「……」


 お父さん? お父さん、聞かれてますよ? 黙っていたら駄目です。

 もっとグイグイお勧めしないと、誰も雇ってくれないです。


「やる気はあります!」


 お父さんが何故だか応援するのをやめたので、自分で答えた。

 もしかすると、馬鹿だと思っているのかもしれない。

 人並み程度は賢いはずだし、身体と同じで鍛えれば賢くなれるはずだ。

 

「やる気があっても出来ない奴は出来ない。調査、相談、聞き込み、計算、書類作成とやる事も多く、不特定多数の人間と接触する機会も多い。やめておけ」


 計算と書類作成はよく分からないけど、それ以外は出来そうな気がする。

 でも、クラトスが言いたい事のは、そういう事じゃないと思う。


「敵に見つかる可能性がある仕事はやらせられない、それじゃあ、一生何も出来ませんよね? 死ぬまで引き籠らないといけないなら、もう死んでいるのと一緒じゃないですか」

「あぁ、そういう事だ。通常勤務では人目に付き過ぎる……だが、待てよ? 調査部の特殊部隊ならば問題ないかもしれない。年間死亡率四割だと聞いた事があるから、人手は常に不足しているはずだ」


 お父さんに代わって、グイグイ自分をお勧めしていたら、採用率高めの危険な仕事場を教えてくれた。

 そんな危険な所には行きたくないし、潜伏する目的は殺されないようにする為だ。

 仕事中に死んだら意味がないでしょう。

 

「分かった。では、そこに紹介してくれ」

「えっ⁉︎」


 沈黙していたお父さんが急に喋り出した。

 でも、お父さん。今はグイグイ応援したら駄目な時です。


「いいのか? 死ぬぞ?」


 ほら。その所為で俺がやる気があると、クラトスが勘違いしてしまった。


「構わない。殺されるのを待つか、殺されに行くか。結果は同じかもしれないが、ルディは立ち向かう方を選んだんだ。やらせてやってくれ」

「……分かった。紹介だけはしてやる。採用されるかは、そいつの実力次第だ」

「大丈夫だ。実力は間違いない」


 頭を下げているお父さんには悪いけど、この話は断った方がいい。

 他にも色々と強くなれる方法はあるはずなのに、危険な仕事に手を出したら駄目だ。

 でも、お父さんの所為でもう無理そうだ。この流れは、ほぼ採用される流れだ。


「隊長! 前方で二人の男が争っています!」

「まさか、敵じゃないだろうな……」


 兵士の一人が突然声を上げた。

 騎士団の建物まで、あと少しの距離なのに敵が待ち伏せしていたようだ。

 危険な仕事先を心配するよりも、まずは目の前の危険を心配した方がよさそうだ。


「全員戦闘準備! 相手が二人でも一級冒険者ならば数の有利は関係ない。死ぬ気でかかれ!」

 

 クラトスの号令で兵士達は剣を抜いて、殴り合いをしている二人の男に向かっていく。

 俺もお父さんを抱き抱えて急いだ。この中で戦闘能力が高いのは、隊長と俺ぐらいだ。


 ♢


(何だよ、驚かせやがって。お前達かよ……)


 敵だと警戒していたけど、ただの知り合い二人の殴り合いだった。

 まぁ、一人は敵ではあるけど、あの程度を敵というのは、敵に失礼だ。


「うぐぐぐっ~~! ぺぇっ、馬鹿なんですか? このまま騎士団に自首しても、あなたは牢獄生活、私は悪くて死刑です。マイクも死んだ、ルディも死んだ、今度は私ですか? 何人仲間を殺せば満足できるんでしょうね、この馬鹿は!」


 ヒビ割れた眼鏡をかけた眼鏡のローワンが、口から血を流し、顔面を腫らして、フラフラ立っている。

 まだまだ口だけは元気そうだけど、マイクも俺も死んでいない。

 

「テメェー、ローワン‼︎ ブチ殺してやる!」

「うぐっ、ごぉべぇ! フンッ!」


 激情したレーガンが眼鏡の顔面を左拳、右拳と二連続で殴り付けた。

 だけど、眼鏡は倒れそうな身体を強引に持ち上げて、レーガンの腹に右拳をめり込ませた。


「ぐぅはぁー! ごぉほっ、ごぉほっ!」

「ハァ、ハァ、細マッチョという言葉を知ってますか? 私に勝てるとか勘違いしてんじゃねぇよ」

「何勝ったつもりで言ってんだよぉ! このクソ眼鏡! ウオオオッ!」

「ぐふっ……!」


 腹の急所に入ったのだろうか、堪らずにレーガンが地面に四つん這いに倒れて、咳き込んでいる。

 意外と強い眼鏡の男らしい一面にビックリだけど、どっちが勝ってもどうでもいい。

 痛みから回復したレーガンが、眼鏡を体当たりで押し倒すと、馬乗りになって殴り始めた。


(やっぱり眼鏡の方が弱いみたいだ。レーガンが勝ちそうだな)


 二人は兵士達に包囲されているのに、まったく気にしていない。

 捕まると分かっているから、捕まる前に喧嘩の決着をつけたいようだ。


「隊長、どうしますか?」

「おい、あの二人はお前達の知り合いか?」

 

 二人の喧嘩を見ている兵士の一人がクラトスに聞いて、クラトスは俺達に聞いてきた。

 そして、お父さんが二人について簡単に答えている。


「ああ、敵の共犯者と、その共犯者に何も知らずに騙されていた男だ」

「だったら、ちょうどいい手土産になる。おい、初仕事だ。あの凶悪な二人組を捕まえて、調査部に連れて行けば採用されるぞ」


 クラトスが人差し指で一回俺を指差してから、喧嘩中の二人を指差した。

 ご指名のようだけど、あまりやりたくない。でも、知り合いだから仕方ない。


「……分かりました。お父さんを頼みます」

「はい、お任せください。うぐっ、お、重い!」


 凶悪な二人組とは思えないけど、二人の喧嘩をゆっくりと観戦する時間はない。

 近くにいた兵士にお父さんを任せると、眼鏡を倒しに向かった。


「二人共、やめるんだ」

「ル、ルディ⁉︎ お前、生きてのか⁉︎」

「ぐっ……何故、生きているんですか? タイタスから逃げて来たんですか?」


 二人に話しかけると、レーガンは驚き、眼鏡を殴るのをやめてしまった。

 話を聞きながらでも、殴れるから続けていいと思う。


「タイタスは倒した。残っているのはお前だけだ。大人しく付いて来るのと、両腕の肉を少しずつ削ぎ落とされるのと、どっちがいいか一秒以内に答えろ」

「付いて、はぐぅ! うぐっ~~!」

「遅い過ぎる。ちょっと黙っていろ」


 押し倒されている眼鏡を見下ろしながら聞いてみた。

 でも、ちょっと答えるのが遅かった。

 なので、右足の爪先で左頬を軽く蹴り飛ばして、足の裏で口を踏ん付けて黙らせた。

 あとで色々と話を聞かないといけないから、本格的に痛め付けるのは後だ。


「ルディ、良かった。マイクはどうなったんだ? デカイ肉の塊になったみたいだけど……」

「マイクは……」


 眼鏡の馬乗りをやめて、立ち上がったレーガンが聞いてきた。

 正直に話した方がいいのか、話さない方がいいのか分からない。

 二人はあの薬がどういう薬なのか知らないから、適当な嘘を吐いてもバレないとは思う。

 ここはやっぱり……嘘しかないな。

 

「生きているけど、今は治療中で会えない。でも、生きているから安心していいよ」

「そうか、生きてるんだな。だったらいいよ。ふぅ~、これでスッキリした。牢獄でも、どこでも好きに連れて行ってくれ。知らなかったで済まされる事じゃねぇからな」

「そうだね。さあ、行こうか」


 俺の嘘を信じてくれたのか、レーガンはスッキリした顔になった。

 優しく右肩を叩くと、騎士団へと続く道を一緒に歩き始めた。

 何十年も牢獄に入る覚悟をしているみたいだけど、冒険者資格剥奪と罰金払うだけで済むから、今日中に家に帰ってもらう。

 今日の騎士団は襲撃の危険があるから、牢獄には入れられない。

 

 ♢

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