第68話 従魔契約と現れた薬の男
風竜から目を離していたので、もしかすると逃げられた可能性もあった。
でも、風竜は変わらずに同じ場所にグッタリと倒れていた。
傷口がない左腹を地面に着けて、弱々しい呼吸を繰り返している。
「ヒュー……ヒュー……」
「なるほど。これは酷いな。出血の量も多い。ルディはプロテスだけを風竜にかけてくれ。それ以外は駄目だ。〝スロウ〟」
「分かりました。〝プロテス〟」
風竜の近くまで行くと、お父さんの指示に従って、防御力上昇の魔法を使った。
何の意味があるのか分からないけど、身体が丈夫になれば、毒への抵抗力が上がりそうだ。
「念の為にルディは近くにいてくれ。そして、コイツが暴れ出したら俺を連れて逃げてくれ」
「任せてください。怪我一つさせません」
「あぁ、頼んだぞ」
お父さんは地面に両足を伸ばして座って、風竜の背中に両手で触れている。
コイツが暴れ出したら、お父さんの足を掴んで全力で引き摺って逃げる。
「マイク、始めるぞ。お前は契約の痛みに耐え切れずに死ぬかもしれない。だが、それも運命だ。それが嫌なら根性を見せろ。行くぞ」
「ヒュー……ヒュー……」
お父さんは風竜の中にいるだろう、マイクに語りかけると従魔契約を始めた。
既に風竜は瀕死の状態だから、契約の苦しみはほとんど感じないかもしれない。
「マイク、死ぬんじゃないぞ」
『お前にだけは言われたくない』と思っていると思うけど、一応言わせてほしい。
お前を助ける為に傷つけ、劇薬の壺を入れたんだ。
殺したい気持ちは、ほんのちょっともなかった。
「クゥル、ル……ヒュー、フゥー……」
「これは? ぐっ、そういう事か。悪いがお前の思い通りには行かせない」
お父さんは契約時の痛みに、苦しそうな表情を浮かべながらも、風竜に語りかけている。
二人が会話しているようにも聞こえるけど、会話が出来るなら襲って来ない。
多分、どっちらも好きに喋っているだけだ。
(くっ、俺は見ている事しか出来ないのか!)
今のうちに解毒薬や回復薬の準備をしたいけど、暴れる可能性がある風竜から目を離すのは危険だ。
クラトスが戻って来るのは予想では、早くて十六分ぐらいだと思う。
時間が全然足りない。早く従魔契約して、解毒や回復作業を始めないと時間切れだ。
「ぐぅはあ! ぐぅ、ゔゔ、ぐぅあああ‼︎」
「お父さん⁉︎ 大丈夫ですか!」
時間が足りないと焦っていると、お父さんが風竜の背中から両手を離して、苦しみ始めた。
心臓を押さえて苦しんでいるお父さんの両足を、急いで掴んで聞いてみた。
ヤバイなら、このまま引き摺って逃げないといけない。
「ぐぅ、くぅ……ハァハァ、大丈夫だ! 契約が終わっただけだ。すぐにコイツに解毒薬を使ってくれ」
「本当ですか⁉︎」
従魔契約の儀式を始めて、三分程度しか経っていない。
七、八分はかかると思っていたのに早すぎる。
「あぁ、本当だ。コイツは死ぬ事を受け入れている。まったく抵抗せずに契約を受け入れやがった。思った以上にヤバイようだ。早く助けてやれ」
「は、はい! すぐに始めます!」
本当に契約は終わったようだ。
お父さんの両足から手を離すと、急いでアイテムポーチから回復薬を取り出そうとした。
でも、それはお父さんに止められた。
「ルディ、時間がない。薬を取り出すのは俺がやる。まずは腹の下の傷口が見える場所に俺を運んでくれ」
「はい!」
お父さんを急いで王子様抱っこして、言われた通りに風竜の腹が見える場所に移動した。
アイテムポーチと指示はお父さんに任せると、俺は言われるままに動き回る。
「身体の中に入っている壺の破片を取り出した方が良い。ついでに薬の混ざった血も掻き出してやるんだ」
「はい!」
お父さんは日常的にペットの熊とトカゲ人間を虐待しているから、治療に詳しいようだ。
傷口に手を入れて割れた壺の破片を取り出し、血を掻き出した後に、血の代わりに回復薬を入れていく。
この巨体だと回復薬も足りない。クラトスに解毒薬と一緒に持って来てもらうべきだった。
「ルディ、ここまでだ。これ以上、俺達に出来る事はない」
「えっ、そんなぁ……」
回復薬十八本、解毒薬五本、アイテムポーチに入っていたのは、これだけだった。
俺が突き刺し切り裂いた傷口は塞がっていない。
あとはマイクの頑張り次第だと思いたいけど、マイクは死ぬ事を受け入れている。
このまま見ていても奇跡が起こらないのは分かっている。
俺達が奇跡を起こすしかない。
♢
「困っているようだな?」
「ん? お、お前は……!」
クラトスが来るのを待っていると、右方向から冷たい男の声が聞こえてきた。
ゆっくりと声の方向を見ると、そこには青っぽい黒色の服と帽子を被った男が立っていた。
これで会うのは三回目だけど、前の二回はその時、死にかけた。
「殺すのを目標にすれば喜べたのに、助けるのを目標にするから、無力な自分に落胆する事になる。久し振りだな。生きていると聞いて会いに来たぞ。マイク」
「やっぱり居たんだな、キール!」
最悪だ。奇跡を願ったのに悪夢がやって来た。
薬の男キールは笑みを浮かべて、ゆっくりと近づいてくる。
「フッ。自己紹介した覚えはないが、いつの間にか有名人になっていたようだな。この前と同じように、胸の真ん中にデッカイサインでもしてやろうか? 嬉し過ぎて、今度こそ死ぬかもしれないがな」
「〝ヘイスト〟 ルディ、一人で早く逃げろ。今のお前ならそれぐらいは出来る」
「で、でも……」
お父さんが俺にヘイストをかけると逃げろと言ってきた。
二人を見捨てて逃げるなんて出来る訳がない。
「いいから行け!」
「くっ……!」
逃げようとしない俺に対して、お父さんは更に強い口調で逃げろと言ってきた。
頭の中で逃げたい気持ちと戦いたい気持ちの二つの感情がせめぎ合う。
「お取り込み中のところ悪いが無駄だ。その負傷した身体じゃなくても、一分以内に捕まえられる」
苦悩する俺を馬鹿にするように、キールは逃げても無駄だと言ってきた。
逃げるのも、戦って勝つのも無理なら、俺に出来る事は一つしかない。
両手を上げて、投降する事に決めた。
「……分かった。二人には手を出すな。実験材料の俺を連れて行きたんだろ?」
「クッ、クッハハハハ! 笑わせてくれる。お前は自分が絶世の美女にでもなったつもりか? 俺を誘惑するつもりなら魅力が足りな過ぎる」
実験材料になる覚悟も、殺される覚悟もしていた俺の覚悟をキールは大笑いした。
悔しい気持ちは込み上げずに、諦めの気持ちが込み上げてくる。
キールが何の目的で出て来たのか分からない。
俺を殺したいのか、怪しい組織を調べている人間全員を全て殺したいのか、目的は分からない。
でも、二人を助けてくれるなら、俺は何でもする覚悟は出来ている。
「じゃあ、何をすれば二人を助けてくれるんだ? 俺に出来る事なら何でもする。だから、二人を助けてくれ」
「おい。ください、だろ? 助けてくださいだ。頭を地面につけて、キチンとお願いしろ」
俺の言葉にキールの機嫌は少し悪くなったようだ。
地面を右手の人差し指で指して、もう一度、キチンとお願いしろと言ってきた。
普段なら怒りを感じる場面だけど、この程度で助けてくれるなら安いものだと、笑いたくなる。
「分かった……」
静かに返事をすると地面に座った。
「ルディ、やめろ。この男に助けるつもりはない」
「二人を助けてください。お願いします」
お父さんの止める声が聞こえたけど、構わずに地面に頭をつけて、キールにお願いした。
「クッハハ。嫌だ、と言いたいが考えてやってもいい。コイツを人間を戻す方法を知っているんだろう?」
「うっ!」
キールは軽く笑ってから、助ける条件を言ってきた。
俺が人間に戻す方法を知っている、と話していたのを聞かれてしまったようだ。
「面白そうな話が聞こえたから、ズッーと見ていたが、一向に人間に戻さない。その方法を教えてくれたら、お前達を見逃してやる。言っておくが、さっきの隊長さんが戻るまでの時間稼ぎをするつもりなら、やめた方がいい。死ぬ人間の数が増えるだけだ」
少しは増援を連れて、クラトスが戻って来るのを期待していたけど、やっぱり気づいていた。
元々、コイツが現れると思っていなかったから、戦力不足なのは分かっている。
それに素直に戻る方法を教えても、助けてくれる保証もない。
命が助かる可能性がない時に、やるべき正しい行動なんて正直分からない。
「ルディ、言っても殺されるだけだ」
「クックッ。そうかもしれないな。だが、言わなければ結局殺される。人を信じて裏切られるか、信じて助かるか、運命の分かれ道だな」
お父さんが言っている事が正しいのは分かっている。
でも、キールの言葉が天使にも悪魔にも聞こえてしまう。
そして、クラトスが戻って来るまで、そんなに時間は残されていない。
(このままだと全員死ぬだけだ。一人でも多く助かる道を選ぶのが一番正しい道だと思う)
一人の犠牲者も出さないで助かるのを諦めた。
そして、この三人の中で放っておいてたら確実に死ぬのは一人だけだ。
この薬の男ならば、もしかすると持っているかもしれない。
「動物を魔物に変える薬をその竜に使えば人間に戻る。もしも、薬を持っていて、嘘だと思うなら試せばいい」
「はぁ……くだらない嘘を吐くな。その程度の思いつきは既に何百回も試された後だ。魔物になった人間に【タナトス】を使用しても死ぬだけだ。やれやれ、期待していたが時間の無駄だったらしい」
素直に教えたのに、キールは短い黒い金属棒を服から取り出すと、振り回して黒鉄棒を長く伸ばした。
素早く地面から立ち上がると、両手の爪を伸ばして構えた。
無抵抗で殺されるつもりはない。少しぐらいは抵抗してやる。
「嘘は言ってない。こっちは約束通りに教えたんだから、見逃してもらう。薬を持っていないからって、嘘だと決めつけるな」
「ハァッ。薬なら持っている。試す価値がないと言っているだけだ。そんなに試したいなら自分でやれ」
「っ……!」
キールはまったく俺の言葉を信じていない。
銀色のケースを上着のポケットから取り出すと、俺に向かって放り投げてきた。
♢
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