第69話 雷魔法の蘇生術とマイクの復活?

 地面に落ちている銀色のケースを、キールを警戒しながら左手で拾った。

 偽物かもしれないので、ケースの蓋をスライドさせて中身を確認する。

 確かに本物のようだ。二センチ程の赤白の楕円形カプセルが入っている。

 前にフレデリックが持っていたのと同じ薬だ。


「どうした? 嘘じゃないんだろう。だったら早く試せ」


 赤白カプセルを指でつまんで見ていると、キールが薬を試せと急かしてきた。

 そんな事は言われなくても分かっている。


「当たり前だ。本物なのか確認していただけだ」

「見ただけで本物だと分かるのか? クックッ。他にも色々と教えてもらう必要がありそうだ」

「チッ……」


 余計な事を言ってしまったようだ。

 知っている事を全部喋るまで逃してくれそうにない。

 まぁ、最初から逃してくれるとは思ってない。


 それに今は自分の心配よりも、マイクの心配をする方が先だ。

 キールの言う通り、薬を使えば死ぬかもしれない。

 でも、使わなければ死ぬだけだ。

 迷っている時間もないし、やるしかない。


(俺は一錠だけだったけど、この大きさなら何錠いるんだ?)


 風竜の大きな身体を見て考える。

 俺の大きさから計算すると、四十錠近くは必要だと思う。

 銀色ケースの大きさとカプセルの大きさから、ケース一箱に入っているのは十錠ぐらいだと思う。

 どう考えても薬の量が足りないと思う。追加の薬を貰えなければヤバイ。


(頼むぞ、マイク。お前だけが頼りなんだ)


 とりあえず迷っている暇はない。

 傷口に一錠ずつ入れていって、変化が起き始めたらやめればいい。

 奇跡が起きるように、マイクの傷口に赤白カプセルを一錠入れた。


「ハッハッ。本当にやるとは思わなかった。二十秒以内に取り出さないと薬が溶け出すぞ」

「問題ない。これで助かるんだから」

「それは楽しみだ。だが、くだらない時間稼ぎはやめた方がいい。俺をイラつかせるだけだ」


 キールは持っている黒鉄棒の先端を風竜の身体に押し当てている。

 分かっていないようだけど、マイクが人間に戻れば、力が数十倍に上昇する可能性がある。

 上手くいけば、マイクは助かり、お前はマイクにボコボコにされて、俺達は助かるんだ。


(マイクが助かった瞬間、お前は終わりだ。覚悟しろよ)


 予想通り、一錠だけでは変化は起きない。二錠、四錠、八錠と次々に入れていく。

 でも、変化は起きない。心の中で頼むと祈りながら、最後の十錠目を傷口に入れた。

 もう銀色ケースの中には赤白カプセルは無い。


「薬が足りないみたいだ。もっと薬をくれ」


 十錠目を入れて三十秒待った。風竜の身体に変化は起きなかった。

 なので、追加の薬をキールに要求した。けれども、やっぱり無理なようだ。


「……もういい。芝居はもうたくさんだ。この大きさなら十錠あれば十分に足りる。変化が起きない場合に考えられる原因は二つだ。薬が足りないか、死んでいるか、そのどちらかだ」


 銀色ケースの二箱目の追加要求をキールはイラつきながら断った。

 もしかすると、もう持ってないのかもしれない。


「マイクは死んでいない。薬が足りないだけだ。もう一箱渡せば、それで分かる」

「おいおい、お前が今使った分だけで、三百万ギルもするんだ。死体にもう三百万ギル使えと言うのか? こっちは慈善活動をしに来たんじゃないんだぜ!」

「やめろ‼︎」


 キールが黒鉄棒を振り上げた瞬間に叫んだけど、遅かった。

 風竜の右前足に黒鉄棒が振り落され、骨の折れるような鈍い音が聞こえてきた。


「ほら、死んでいる。呻き声の一つも上げなかった。さてと、薬には死体を生き返らせる効果はない。お前が嘘吐きなのか、コイツが死体だった所為か……どっちだと思う?」


 黒鉄棒の丸い先端を俺に向けて、キールは質問してきた。

 マイクが死んでいるから、と答えるべきだけど、それを言ったところで何の意味もない。

 

「俺は嘘は吐いていない」

「ハァッ。そうか。それは悪かったな。だが、嘘吐きを確かめる方法ならあるんだぜ。お前は運が良い。いや、悪いのか。〝ブリッツ〟 俺なら一時的に生き返らせる事が出来るからな」


 キールが短い言葉を唱えると、バチバチと黒鉄棒が青白い雷の光を激しく上げ始めた。

 路地裏で見た時と同じ光だ。問題はその雷を放つ黒鉄棒の先端を風竜に向けている事だ。


「マイクに何をするつもりなんだ?」

「嘘吐きを見つけるんだよ。俺が気になって眠れないだろ?」


 風竜のブレス攻撃と同じように、黒鉄棒の先端に青白い雷が集まり球体になっていく。

 これからキールが何をするのか分かったけど、死体で遊ぶような男じゃないはずだ。

 生き返らせる事が出来るなら、邪魔しない方がいい。


「〝ライトニング〟」

「ぐっ……!」


 言葉を唱えると同時に黒鉄棒の先端が激しく光り、青白い雷の球体が発射された。

 少しだけ目を閉じてしまったけど、雷の球体が風竜の腹の下、ちょうど人間の左胸の辺りに直撃するのが見えた。


「ヴゥゥゥ~~……」

「マイク?」


 雷の球体が直撃すると、すぐに風竜が呻き声を上げて、身体を激しく痙攣させ始めた。

 でも、三秒間ほど痙攣してから何も起こらずに止まってしまった。


「一発じゃ足りないか。五発で無理なら仕方がない。俺の判断で嘘吐きを決めてやる。〝ライトニング〟」


 風竜の身体に何も変化が起きなかったので、キールはもう一度、雷の球体を同じ場所に発射した。

 雷の球体が直撃すると、また風竜は三秒間ほど激しく痙攣して止まってしまった。

 また何も起こらないと思っていたけど、今度は違った。


「グゥガ、ガガガ、グゥルルルラァッ!」

「マ、マイク?」


 止まっていた痙攣が始まると、今度は風竜が苦しみ始めた。

 身体の表面からピンク色の肉が膨れ上がり、全身を隠していく。

 薬が使われた動物と同じように変化が起こり始めた。


「良かったな。三分もあれば嘘吐きが分かる。それにちょうど邪魔な騎士団も五十人ほど、こっちに向かって来ているようだ。まとめて全員始末できる」


 黒鉄棒の放電を消すと、キールが笑みを浮かべて話してきた。

 離れた場所の相手の位置が分かるようだ。

 確かに口だけ騎士団の雑魚が何十人来ても、虫を足で踏み潰す程度の力で始末できると思う。


「約束が違うぞ。その竜が人間に戻ったら見逃してくれるんじゃなかったのか?」

「ハッハッ。まさか、本気で信じてくれたのか? 本当に人間に戻れたら、死体でも貴重な実験サンプルだ。理由と原因を調べるに決まっている」


 やっぱり見逃すつもりはなかったようだ。得意顔で本心を話してくれる。

 でも、お前は油断し過ぎている。冥土の土産に話しているつもりなら、俺達は死ぬつもりはない。

 

「一つ聞いてもいいか? どうせ殺すんだから教えてくれてもいいだろう」

「ん? ああ、そうだな。教えられる事なら教えてやるよ」


 お父さんもキールに聞きたい事があるようだ。

 一つと言わずに、三つぐらいは教えてくれそうだ。


「お前達の目的は何だ? 面倒な薬を使わなくても、それだけの実力があれば、人殺しぐらいは簡単に出来るだろう」

「くだらない質問だな。何か勘違いしてないか? 人殺しがしたいのは俺達じゃない。依頼人達だ。需要があるから供給している。それにこの世界は約三十秒に一人の人間が死ぬそうだ——」


 お父さんの質問にキールは答えているけど、やっぱり目的を話すつもりはないようだ。

 口に出している言葉は人殺しを正当化するような事ばかりだ。

 悪い事をしている自覚はなく。むしろ、人殺しを楽しんでいるようにしか聞こえない。


「こうやってダラダラ話している間に四人も死んでいる。ちょっとだけ早く殺しても世界は変わらないままだ。むしろ、殺意を覚える人間を殺してやっているんだ。感謝してほしいね」

「……なるほど。聞きたい事は何も答えていないが、お前達が屑野朗の集まりだという事はよく分かったよ。ありがとうよ、クソ野郎」

「ハッハッ。どういたしまして」


 お父さんは上半身だけを起こして、キールの話を最後まで聞いていた。

 そのムカつく話のお礼に頭を下げずに、右手の中指を立てて、感謝の言葉を言った。

 それだと、あまりにも上品過ぎる。

 俺が代わりに、アイツの尻の穴に爪を突っ込んで、背中まで尻の割れ目を広げてやる。


「お前を苦しめるのに三十秒は短過ぎる。何十年も牢獄の中で苦しませてやるよ」

「ハッ、ハハ。お前も早死にしたいらしいな」

「いいや、お前の相手は俺達じゃない。マイクだ! お父さん、契約の鎖でマイクを操ってください!」

「何を言っている? 恐怖で頭がイカれたのか?」


 キールは気づいていないようだ。とっくに肉塊の成長は止まっている。

 肉塊の停止は、肉塊の中身の肉体の変化が終わっている事を意味している。

 あとは肉塊を突き破って、マイクが自力で外に出るだけど、ゆっくり待つつもりはない。

 お父さんに契約の鎖を使ってもらって、すぐに出て来て戦ってもらう。


「〝コントラクト〟 マイク! 与えられた名に従い、その力を貸せ!」


 両手を肉塊に向けて、お父さんは呪文を唱えると、マイクに出て来いと命令している。

 なかなか出て来ないけど、お願いだから早く出て来てほしい。


「ヴオオオオッ‼︎」

「うっ……あっはは、やっぱり生き返った」


 俺の願いがマイクに届いたのか、肉塊から天を衝くような大きな雄叫びが上がった。

 そして、ブチブチと肉が引き千切られる音が聞こえてきた。

 やっぱり俺の予想通り、薬を使えば、人間に戻れたんだ。


「ヴオオオオッ‼︎」

「っ……! 何だ、この声は? 何故、死んでない? 有り得ない事だぞ」


 キールは肉塊から聞こえる雄叫びが信じられないようだ。

 動揺している今が攻撃チャンスかもしれないけど、ここはマイクに譲るしかない。

 でも、人間に戻れたはずなのに、何で魔物のような雄叫びを上げているんだ?

 

「ぐっぐぐ、くっ、何という凄まじい力だ! 抑え切れない!」


 お父さん、それ絶対に言ったら駄目な言葉です。


 ♢

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